1980s

日本に根を下ろした体系づくり - Establishing in Japan -
1980年代は、一部製品においては製薬メーカーを通しての販売を続けながらも、独自のビジネス体系を拡張した時代となりました。すでに取り扱っていた研究用機器・器材および臨床検査システムもさらに充実し、取り扱い製品の種類や品数が格段に増加。 またBDインサイト静脈留置カテーテルといった治療用の医療機器の発売を開始し、製品ラインの幅も広がりました。 1985年には、日本法人として日本ベクトン・ディッキンソン株式会社を設立。続けて、大阪、名古屋、札幌、仙台、広島、福岡と、全国に地方事務所も開設しました。また、1987年には福島市に工場・配送センターが完成し、念願の生培地の国内製造をスタートさせました。このことは、BDが日本の地にしっかりと根を下ろして、ビジネスを展開していく上で、大きな転機となりました。
1981  大阪事務所開設
代表取締役社長 ギャリー C. リンチ就任

1982 社員数100名

1984 パソコン導入

1985 日本法人の日本ベクトン・ディッキンソン株式会社設立
名古屋事務所開設

NCCLS基準のBD センシ・ディスク™薬剤感受性検査システム発売
BD バキュテイナ 滅菌済み真空採血管
BD バキュテイナ 滅菌済み真空採血管
1986
札幌・仙台・福岡に事務所開設

BD バキュテイナ™滅菌済み真空採血管発売

薬剤感受性同定セミオートシステムセプター™発売

BD BACTEC™血液培養自動分析装置発売
福島工場竣工祝賀式典写真
総勢約500名が参加して行われた福島工場竣工祝賀式典
BD インサイト™静脈留置カテーテル写真
BD インサイト™静脈留置カテーテル
1987 社員数184名
福島工場竣工

研修センター・配送センター併設

福島工場製造の生培地初出荷

FACScan™自動細胞解析装置発売


1988
広島事務所開設

BD インサイト™静脈留置カテーテル発売


1989 社員数名246名
切創防止機構のついたBD マイクロテイナ™フロー・ランセット発売

BD Falcon™ピペット/コニカルチューブ発売

BD BBL™MRSAスクリーン寒天培地など生培地新製品8種類発売

世界の80年代


1980 イラン・イラク戦争/天然痘撲滅宣言


1982 東北・上越新幹線開通/HIV(ヒト免疫不全ウイルス)の発見

1983 東京ディズニーランド開園





1986 C型肝炎ウイルスの発見

1987 国鉄分割民営化


1989 ベルリンの壁崩壊