1990s

品質と安全の追求 - Seeking Quality and Safety -
1990年代、日本BDが目指したのは、日本の医療従事者の方々とのさらなる関係強化と、医療現場に対するより大きな価値の創造でした。 特に、医療従事者、患者さん双方の安全や医療の質の向上に対して、ユニークな活動を開始しました。折しも、80年代はHIV/AIDSが世界で広まり、注射針に付着した血液を媒介した感染、つまり「針刺し損傷」による感染が、欧米では大きな問題として注目されるようになりました。 BDは、医療従事者と患者さん双方を守るための、「セーフティ」という先進的なコンセプトの認知を広げるため、日本の専門家とともに、安全機構付き医療機器の使用や針刺し損傷のデータ取得の重要性についての啓発活動を積極的に展開しました。 さらに、糖尿病治療に使用する万年筆型注入器用注射針の発売や、糖尿病の診断をサポートするSDM*の啓発活動への取り組みをスタートしたのも、この時代でした。臨床検査においては、インフルエンザ迅速診断キットの導入も果たし、また研究分野においては、FACSブランドで知られるフローサイトメトリーシステムの機器・試薬の輸入販売も全面的に日本BDで継承し、先駆的な新製品を次々と上市しました。 *SDM(Staged Diabetes Management):実地医家、糖尿病療養指導士を対象に作成した糖尿病の臨床病期に応じた実践的な管理マニュアル
BD バキュテイナ ヘモガードプラス写真
BD バキュテイナ ヘモガードプラス
1991 社員数306名
大阪に配送センター開設

基幹業務システムTED導入

BD バキュテイナ™ ヘモガードプラス発売

代表取締役社長 マーク C. スローダール就任

1992
ロッシュ社の微生物検査部門統合

BD FACSVantage™ フローサイトメトリーシステム発売

1993
BD BACTEC™ 9000シリーズ、
BD シャープコレクター
BD マイクロファインプラス™ ペン型注入器注射針発売

福島工場に培地大型製造機グラハムマシン第2号機を導入

本社と事務所間のコンピュータオンライン化

1994 社員数356名
BD FACS™シリーズ/モノクローナル抗体試薬の販売権を藤沢薬品工業より継承

万年筆型インスリン注射器システム発売

BD セーフティロック™シリンジ 針刺し損傷防止機構付き注射筒発売

代表取締役社長 ジャン ルック ビュテル就任
1995
東京赤坂DSビルに本社移転

EPINet™日本語版発行
EPINet:針刺し・切創などの血液・体液曝露を記録し原因を追究するシステム

1996
日本BD創立25周年

BD インサイト™オートガード™針刺し損傷防止機構付き静脈留置カテーテル発売
セーフティロック™インフュージョンセット針刺し損傷防止機構付き翼状針発売



1997 社員数360名
BD100周年

金属針を使用しない閉鎖式輸液システムインターリンク®システム発売
BD マイクロティナ® クイックヒール™ ランセットとBD バクテック™ MGIT™ 960 システム写真
BD バクテック™ MGIT™ 960 システム(左)と
BD マイクロティナ® クイックヒール™ ランセット(右)
1998
オメダ医療用具部門を統合、藤沢薬品に試薬の国内販売権を移管

BD バクテック™ MGIT™ 抗酸菌培養システム、
BD マイクロティナ® クイックヒール™ ランセット発売

BD ファーストピック™末梢穿刺中心静脈カテーテル発売

代表取締役社長 レックス バレンタイン就任

1999 社員数名409名
インフルエンザウイルス迅速診断用キット ディレクティジェン™Flu A発売

新CI導入 BDに名称を統一

世界の90年代


1990 湾岸戦争/東西ドイツ統合/世界初の遺伝子治療


1992 ソ連解体

1993 Jリーグ開幕





1996 体細胞クローンの子羊ドリー誕生

1997  香港、中国に返還

1998  冬季五輪長野大会