第10回 発熱と痰 「その一言が決め手!」 -オウム病のお話-

「息が苦しいんです」2週間も前から熱が出て、サビ色の痰が出て苦しいと45歳の女性が、アルバイト先の外来にやってきました。2月末のことでした。

まず、今までのお話を聞いてみました。熱が出てから2日後、近所の医院で抗生物質(第二世代セフェム系)を処方されましたが2日間飲んだだけでやめてしまい、連日39度の発熱があったのに「休めないから」と解熱剤を飲みながら電話のオペレータの仕事をしていたそうです。3日前にやっと他の医院に行ったところ胸部X線で「痰が溜まっている」と言われて痰が切れる薬と解熱薬をもらい、それだけ服用していましたが、ますます苦しくなってきたので、こちらの外来に来た、ということでした。

早速、聴診してみたところ、右側の背中の肩甲骨の下のほうでブツブツと音が聞こえました。胸部のX線でも右の下肺野に網の目のような影が見えました。(肺炎球菌による肺炎かなあ…。)

「私の父も、おじもおばもみーんな癌で死んでるんです。タバコも20年も吸っているし、私も癌かしら…。」
「さっき撮影したX線写真では癌があるようには見えませんでしたが、肺炎であることは間違いないです。入院してちゃんと身体を休めて、この機会にきちんと調べましょう。」

だいぶ体力も落ちているようですし、当時所属していた大学病院に電話してベッドを確保し、そのまま入院していただくことにしました。たまたま、その日のアルバイト外来の最後にいらした患者さんだったので、「このまま一緒に病院まで行くのが早いでしょう」と私の車にお乗せして、車で約20分の大学病院へ向かいました。

その途中のことです。

「今年は何だか悪いことばかり続くわ…。」
「何かあったんですか?」
「このあいだ久しぶりに家族で旅行に行けたのに、そのすぐ後に私はこんなになっちゃうし、ずっと欲しかったダルマインコを1月に買ったのに、昨日死んじゃったし…。」
「えっ?インコを飼っていらしたんですか?」
「ええ、とっても可愛がってたのよ。でも具合が悪くなってねえ。一生懸命看病したんだけど、やっぱり死んじゃったの…。」

(もしかして、オウム病?)

病院についてから早速、一連の採血とオウム病クラミジア抗体を提出し、肺炎球菌による肺炎またはオウム病クラミジア肺炎である可能性を考えて、セフェム系の抗生物質とテトラサイクリン系の抗生物質の点滴を開始しました。患者さんは翌日には解熱し、3日後には肺の音もきれいになり、10日後には退院されました。入院当日に、クラミジア抗体が164倍と高値、退院時の抗体価は256倍とさらに上昇していたことから、オウム病クラミジア肺炎であったと確定診断されました。

オウム病は、文字通りオウムやインコやハトの排泄物に含まれるクラミジアシッタシ(Chlamidia psittaci)という病原体を吸入することで発症します。口移しでえさをやるといった、濃厚な接触でも発症すると言われています。通常よく外来で処方されペニシリン系やセフェム系の抗生物質は効きません。しかしテトラサイクリン系の抗生物質(ミノサイクリン)がとても良く効きます。診断は今でこそPCRなどで早期にできるかもしれませんが、まずこの病気を疑わないといけません。ある意味、最も重要なのは病歴を聴取するときに鳥との接触を尋ねることでしょう。

今回は患者さんがたまたま言って下さったので、疑うことができましたが、そうでなければ適切な診断と治療がもう少し遅れていたかもしれません。ペットのことも含めて、患者さん自身だけでなく周囲の状況や環境を聞く大切さを教えられました。また、振り返ってみて良く考えると、オウム病クラミジアはヒトからヒトへの感染は稀ですが、未治療の患者さんの咳や痰からは伝染する可能性もあるわけで、マスクもせずに一緒に車で移動というのは、ちょっと無謀だったかなあと思います。

肺炎球菌に関しては、最近尿中の抗原を調べることで迅速に診断することができるキットも発売になったようです。このような診断薬を使用すると、さらに早く、適切な治療ができるようになるでしょう。

余談ですが、このような市中肺炎(普通に暮らしている人がなる肺炎)は、大学病院で診ることが少ないので、呼吸器科の先生には「学生のためにとても良い症例になります!」とヘンに感謝されました。

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