第21回 何もしなくて良かった!! ーお腹のできものー

土曜日午前の外来の時間帯、11時ちょっと前ごろでした。Tさんは、50代の男性。今までに数回、ちょっとした皮膚のトラブルでいらしたことのある患者さんです。問診票には、「約一週間前からお腹にできもの」「腹痛」のみ。

お話を伺うと、1週間ほど前に右の下腹に親指ほどのできものができて、ちょっと痛いなあと思っていたらだんだん大きくなってきて、そっとしておけばあまり痛くないのに触ると痛いというのです。気付かない間にできていた粉瘤が、感染を起こして腫れてきたのかなあ、と思いました。

粉瘤とは、アテロームとも言いますが、皮膚にできた袋のようなもので、本来なら垢となって剥がれていくような皮膚や皮脂が、その袋の中に溜まってしまったものです。全身の皮膚のどこにできてもおかしくないもので、次第に成長し、大きいと直径10センチ近くになることもあります。皮膚と繋がっている部分が、あんパンのへそのようになっていて、周囲を押すと、ちょっとにおいのする脂肪のようなものがにゅにゅ~っと出てくることもあります。普段は、ただコロっとした膨らみがあるだけですが、この皮膚と繋がった「おへそ」やその周囲からばい菌が入って感染すると大きく腫れあがって痛くなり熱を持ちます。その場合は、表面麻酔をして切開して排膿すれば、だいぶ楽になるはずです。

お話だけでは、感染を起こした粉瘤を想定したので、キシロカイン(麻酔薬の1種)を用意して...などと、段取りを考えながら、
「では、横になって見せてください。」とお願いしました。

どれどれ、とお腹をみると… やせて殆ど皮下脂肪の無いTさんの右下腹部にだ円形のふくらみがあります。ずいぶん大きい。12センチ×5センチほど。でも、これは炎症を起こした粉瘤ではない!赤くない。感染を起こした粉瘤は、周囲の皮膚ともどもバラ色ピンクに腫れるものですが、Tさんのお腹の皮膚の色は全く変わっていません。腫瘤をそっと触わると痛みがありますが、細胞や脂肪で充実していると言うより、液体が入っている印象です。周りを優しく押してみても、全く痛みはなし、とのことです。表面の皮膚に手のひらをあてて横方向に動かしてみると、皮膚は手と共に動きましたが、その下の腫瘤は全く動きません。粉瘤であれば、皮膚とのつながりがありますから、皮膚と共に動くものです。

これは、粉瘤では無い。皮膚の下にあるものだ!
「お熱はありませんか?」と訊くと、
「いや、ありません。」— でもありそう…
首を手のひらで触ると、ちょっと熱い。-やっぱりありそう。
「念のために、ちょっと、測ってみましょう。」と体温計をお渡しすると、
「あれ?37度7分だ。」— やっぱり、あるじゃない!!
「これは、皮膚科のものではないですね。この膨らみが、どのくらいの深さにあるのかわからないので、もう少し調べましょう。腹部エコーでどの辺の深さにあるか、中身は何なのか診てもらいましょう。」
と申し上げて、近くの開業医のO先生のところに電話しました。O先生は、消化器の専門医で、腹部エコーや内視鏡の検査でいつも助けていただいています。

もう、11時15分。O先生のところの受付は11時半までです。電話の向こうで事務の人が、
「今からですか~?(明日じゃ駄目ですか?)」という雰囲気…
しかし、うちの看護師さんは、私の意をくんでくれて、
「すぐに行ってもらいますので、何とかお願いします!」と頼んでくれました。O先生ご自身は、快く引き受けて下さったので、Tさんには、すぐに行っていただくことにしました。
「先生、ぼくの病気は、悪いものなんですか?癌なのでしょうか?」
と心配そうにおっしゃるので、
「1週間で親指大からこんなに大きくなる癌はありません。熱もあるし、感染症だと思いますから調べてもらいましょう。でも、どのくらいの深さにあるのかわからないので、腹部エコーで診ていただきましょう。すぐにO先生のところに行ってください。」
お会計は後日でいいから、と押し出すようにして送り出しました。

30分もしないうちに、O先生から電話がありました。
「先生、腹腔内の膿瘍のようです。熱もあるし、入院精査をした方がよさそうです。M病院に紹介ということでいいですか?」というお話。
「はい。お願いします。ありがとうございました!」
と電話を切って、スタッフの皆と、診ていただけて良かったねえと、ほっとしました。

月曜日、O先生からFAXが入りました。M病院へは、O先生からご紹介いただいたので、M病院からの返事はO先生のところに来ます。それを、O先生は私のところに転送してくださったわけです。
M病院からの返事は…
「腹腔内膿瘍、急性壊死性虫垂炎穿孔」

緊急CTを取ったら腹腔内膿瘍があり、緊急手術をしたら、虫垂(盲腸のこと)が穿孔(穴があいてしまうこと)して、膿がたまっていただけでなく、組織が壊死していた(腐っていた)というのです。回腸(小腸の大腸に近い部分)と盲腸を切除したとのことでした。もし、週明けまで待っていたら、来院した時には限局していた炎症が、腹腔内に拡がっていたかもしれません。そうすると生命の危険があります。O先生に頼って良かった!

O先生は、
「医師生活35年、貴重な経験をさせていただきました」とコメントしてくださいました。診察した時点で、腫瘤の中に液体、おそらくは膿が入っているのは想像がつきましたが、もし万が一(麻酔注射のために)穿刺してしまっていたら…と思うと…、何にもしなくて本当に良かったと思います。


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