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Ignazzo Interview: 東北大学におけるICT活動への取り組み

2004年発行
掲載内容は、情報誌「Ignazzo(イグナッソ)」発行時点の情報です。

季刊誌IgnazzoではICT活動をされている皆様を取材し、実際の活動内容をお聞きしながら、問題点や解決方法についてご紹介することで、少しでも皆様方のお役に立てる情報を提供していきたいと考えています。シリーズでお届けするICTインタビューの第1回目は、東北大学病院の感染管理室室長、金光敬二先生にお話を伺いました。

組織について

感染管理室という組織についてお聞かせください
感染管理室は、検査部内の組織として2000年7月に立ち上げました。現在は、医師4名、看護師1名、臨床検査技師3名で構成されています。いまのところ病院内の独立した組織にはなっていませんが、業務内容は検査部の組織というより完全に病院全体の感染管理に関わることが主となっています。近い将来独立させて「感染制御部」とすることも考えています。これにより、病院内でのICTの活動がより積極的に行えると期待しています。

ICTとは違うのでしょうか?
もちろん先に述べた感染管理室のメンバーはICTの構成員となっています。しかし、ICTにはその他に看護師、薬剤師、栄養師、事務職員が加わります。感染管理室のメンバーはいわば専任であり、その他のICTメンバーは兼務という形をとっています。つまり、感染管理業務に協力しているものの、それぞれが別の専門の分野をもっているということです。病棟ラウンドなどを実施する際などには、それぞれの専門分野に基づいて役割分担が決められ、スムーズな感染管理が行えるような体制をとっています。また、私ども感染管理室が、さまざまなアクションを起こそうとするとき、ICTのメンバーが情報を収集したり、委員会を通過させる道筋をつけたり、連絡を徹底するなどのさまざまな役目を担っています。これにより、実践的な感染管理活動が展開できるわけです。

感染管理室を立ち上げた際、どのようなご苦労がありましたか?
初めてICTラウンドを行った頃は、改善点などを指摘するとなんとなく気まずいような雰囲気を感じたことはあります。しかし、それは排他的ということではなく病棟ラウンドにまだなじみが薄かったことに起因するものだということがすぐに分かりました。とにかく、今まで病棟内に他の部署の人間が入るということがなかったわけですから、若干のとまどいは当然でしょう。しかし、何回もラウンドしていくうちに、現場の職員が積極的に意見を言ってくれるようになりました。また、いろいろな手技・操作についてマニュアルに書いていないような場合、部署によりその手順や方法が違うという実態がありました。これらを院内で統一するには多くのステップと時間を要しました。

感染対策の徹底に何か工夫されているのでしょうか?
感染管理は、病院全体に関わることであり一つのことを決めても院内で徹底されないと意味がありません。しかし、大きな組織ほど徹底することは難しくなります。東北大学病院も比較的大きな組織であり、徹底するということを得意としていないかもしれません。例えば、感染管理の手法を変更したり新たな取り決めをするときには、まず現場に出向きディスカッションを十分に行うという地道な活動を行ってきました。そのように理解してもらうことが一番の近道です。その他にも、決定事項は極力、委員会に通す、書類を回覧する、学内コンピュータに載せる、医局長あてに徹底をお願いするなど考えられるあらゆる手段を使っています。一つの方法で十分ということはないと考えています。「する」ということの王道はないと思っています。

具体的な活動内容

具体的な感染対策活動についてお聞かせください
今まで一つ一つではありましたがいくつかの取り組みをしてきました。例えば、感染対策上、必要時に手袋の使用を勧めてきました。しかし、置いているところが明確でないとか、使いたいときに身近にないと理由でつい使用せずに作業をしているのが実状でした。そこで対策として各部署に手袋ホルダー(写真)を設置したところ、着用率は格段に向上しました。また、手袋に関しては当時、驚くことにサイズも含めると100種類近い手袋が採用されていました。確かに、滅菌、非滅菌、ラテックスフリー、パウダーフリー等いろいろ必要でしょうが、これは各部署で採用が決定されてきた結果です。この問題も簡単ではありませんでしたが、必要最低限にしました。手洗い用液体石けんも非常に種類が多い上に、使用方法が間違っていました。我々はよく物品の絞り込みをしますが、絞り込むことが目的ではなく、正しい使用方法を浸透させることが目的です。ですから絞り込んだ時には、この物品でこのように使用してもらいたいということを必ず提示します。そのほか、NICUで行われていた無用なスリッパの履き替えやガウンを廃止し、不適切な紫外線照射装置やホルマリンの燻蒸も廃止しました。気管内吸引の方法も、患者の状態によりなかなか一つに絞ることはできませんが、いくつかのパターンを提示しました。現在も、ライン管理の統一、サーベイランス、抗菌薬使用ガイドラインなど、いくつかの課題に取り組んでいます。

薬剤や消毒薬の使用について、どのように関与されていますか?
抗菌薬の使用量と耐性菌出現率にはどうやら関係がありそうだということははっきりしてきました。また、医療評価機構でも抗菌薬の届出制や抗菌薬使用制限が求められています。当院では、今年から抗MRSA薬を届け出制にしました。提出用紙は、チェックボックスに記入してもらう形式になっており、これを記載することで、抗MRSA薬の適応となる症例かどうかを再記載することで、抗MRSA薬の適応となる症例かどうかを再確認できるようになっています。また、TDMの施行を勧めるためその手順が示されています。さらに、投与期間が長い場合には、感染管理室が介入することも現在検討中です。消毒剤については、病棟ラウンドを行った時にあまりにも消毒薬の種類が多いことが分かりました。同じ化学物質でありながら違うメーカーの製品を使用していたり、不必要なものがあったり、使用方法が間違っていたりするなど改善の必要がありました。そこで、病院全体の消毒薬の使用状況を調査し、採用薬品数を従来の3分の1にまで絞り込みました。重要なことは、ただ絞り込むということだけでなく、削除される消毒薬を使用していた病棟に削除の理由と代替え品を提示し、業務に支障がないようにするということです。もちろん、これには多くの労力を費やしました。しかし、結果として年間で約600万円のコスト削減に成功しています。また、気管吸引チューブの消毒法が病棟間で異なっていたのですが、最もリスクが少ないと考えられる方法を具体的に提示し、院内で徹底を図っています。

職業感染対策

職業感染を減らすためにどのような工夫をされていますか?
職業感染を予防するためにはいろいろな方法があります。まず、当院では平成14年にワクチンプログラムを行いました。対象は、医師、看護師、検査技師、事務職員、医学部学生などです。水痘、麻疹、風疹、流行性耳下腺炎の4疾患に対し抗体検査を実施し、抗体値が一定以下のものに対してワクチン接種を行いました。B型肝炎に関しては、以前よりワクチン接種が行われていました。冬期にはインフルエンザのワクチンも感染対策費を用いて実施しました。しかし、接種率は十分なものとはいえず、広報活動が不足していたのかもしれません。その他、結核、HIVなども含めて、多くの病原体が職業感染の原因になります。これらの病原体による職業感染を防ぐには、標準予防策を徹底するとともに、接触感染予防策、飛沫感染予防策、空気感染予防策を適切に行うことが重要となります。そのためには、やはり医療従事者の教育が必要となりますので、継続的に感染管理の講習会などを行うことが重要です。当院では、医学生の授業に感染管理の講義を導入したり、入職時オリエンテション、リンクナース講習会、研修医講習会などで感染管理の教育を実施したりしています。また、病棟ラウンドの機会や感染予防策が必要な感染症患者が報告された際に、隔離方法やPPEの使用方法などについて指導を行っています。

病棟ラウンド

病棟ラウンドはどのように行っていますか?
東北大学病院では平成12年度から病棟ラウンドを開始しました。基本的にICT全員がラウンドに参加しますので、10人を超えることもあります。ラウンドは毎週行い、1週に1病棟から2病棟だけを見てまわります。年度の始めにどの順番でラウンドを行うかを決定し、ICNが事前にその病棟に連絡をしておきます。当初は1回のラウンドに2時間を要しましたが最近はより短い時間で行えるようになりました。当院では、外来なども含め40部署をラウンドしますので、1年に病院全体を2回まわることになります。病棟を訪問した際にどこを見るかといえば、ナースステーション、処置室、点滴台、廃棄物、汚物室、検査室、食堂、薬品保管庫、冷蔵庫、手洗い場、処置台、リネン室、給湯室、洗濯室、風呂場、廊下などあらゆる場所を見ます。例えば、手洗い場の状況が適切か、開封日を記載していない薬品はないか、点滴台の清潔は保たれているか、冷蔵庫の温度は適切か、目に見える血液汚染がないか等、さまざまな点をチェックします。問題があると思われる項目や、改善が必要な項目は、後日、報告書として病棟に提出されます。その報告書は次回のラウンド時の参考資料ともなります。

活動の成果

院内感染対策ではアウトカムが大事だと良く言われます。
我々もアウトカムについては常に明確にしていきたいと思っております。さきほど単純に消毒薬で年間約600万円のコストダウンと言いましたが、これも一つのアウトカムです。手袋については、使いやすくした結果、逆にコストアップしましたが、これで職業感染が低下すればコストダウンになります。とは言うものの、日常的に職業感染で失うコストを明確にすることは非常に難しいと思います。病棟ラウンドでも同様のことが言えると思います。アウトカムを求めることも重要ですが、「院内感染が起こりそうな状況」を直ちに是正していくということが、アウトブレイクを予防するためには重要になります。それを判断する材料は、感染管理の知識であり経験、そしてガイドラインだと考えています。ところが、ガイドラインはアウトカムがあると認められるエビデンスを採用して作られるという側面もあるわけですから、ガイドラインを鵜呑みにせず、自らアウトカムをできるだけ証明していくということが感染管理者には求められます。

ネットワーキング

院内感染対策活動を地域ネットワークの中でも実践されているとのことですが、どのような活動なのでしょうか?
地域には大小さまざまな規模の病院がありますが、そこには感染症や感染管理の専門医師がいないなど、感染管理を行っていく上で不都合な問題を抱えています。しかしながら、そのような問題も感染管理をおろそかにして良いという理由にはなりません。どの施設も一定水準以上の感染管理のレベルを保持しなければなりません。しかも、アウトブレイクを防止するためにも比較的早急に対応する必要がありました。この考えが、地域ネットワークを発足させる最初の理由でした。平成12年、宮城感染コントロール研究会を発足し、地域の施設と連携し、啓蒙活動を行うとともに情報共有を図ることによって地域の感染管理の向上に努めてきました。参加施設も初めは数十施設でしたが、今では100施設を超えるまでになりました。この間、炭疽菌によるバイオテロ、ウエストナイル感染症、重症急性呼吸器症候群(SARS)、鳥インフルエンザなどさまざまな事例が起こっていました。また、平成13年より地域においても病棟ラウンドを開始しました。つまり、我々が地域の病院に伺って参加施設のICTと一緒にラウンドを行うのです。いろいろな問題点を協議し、改善の助言を行ってきましたが、逆にその施設の工夫や努力など教えられることも多く、意外に楽しい経験をしています。この他施設での病棟ラウンドは、すでに30施設以上に及んでいます。