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Ignazzo Interview: 検査技師として

社会保険中央総合病院におけるICT活動への取り組み
2005年11月発行
掲載内容は、情報誌「Ignazzo(イグナッソ)」発行時点の情報です。

2005年11月
社会保険中央総合病院 臨床検査部・感染制御チーム
北里研究所 抗感染症薬研究センター客員研究員
大塚喜人(おおつか よしひと)先生

認定臨床微生物検査技師
医学博士

略歴
慶応義塾大学病院、大塚東京アッセイ研究所を経て、
平成5年、社会保険中央総合病院臨床検査部に入職
平成17年、岐阜大学大学院 医学研究科 博士課程終了

東京都臨床検査技師会
微生物検査研究班 班長

組織について


リスターの足跡
Q どのような組織・体制で取り組まれていますか?

 院内感染対策委員会の委員長である呼吸器内科部長が中心となり、ICTを組織しています。1999年の発足当初は3名でしたが、現在は7名体制で全員が兼任メンバーです。当院では、ICTとは別に看護局に感染対策委員会という別の組織があり、いわゆるリンクナースとしての役割を担っています。

病棟ラウンドとサーベイランス



Q 具体的にどのような活動をなさっていますか?

 定期的な活動としては、月1回の感染対策委員会、毎週の病棟ラウンド、カテーテル関連サーベイランスのためラウンド、SSIサーベイランスのためのラウンドの4つです。サーベイランスは、従来は看護局の感染対策委員会で行っていたのですが、漏れがあったり統一性がなかったりして、あまり良いデータが得られませんでした。そこで、現在は、判定の指導を兼ねて私が一緒にまわっています。定期的な活動以外に、何か問題が起これば、まず検査室のメンバーがその病棟に行って状況を把握し、感染対策委員会を招集すべきかどうかを判断します。

Q MRSA新規検出患者を対象としたラウンドは、どのように行っていますか?

 毎週、全病棟を回るには人手が限られていますので、なるべく効果的なラウンドができるように、週内にMRSAが新規に発生した病棟に限定して回っています。調査票に記入しながら、カルテやレントゲンなどの検査結果を確認し、医師らとともに総合的に判断していきます。

Q 病棟で特に注意して確認されていることは?

 「埃」を重点的に調べます。当院では、1病棟で1週間のうちに3名以上、新規のMRSAが発生した場合には、アウトブレイクだと判断しています。先月、外科系のある病棟で断続的にSSIが発生したので、早速、調査をしました。すると、床はきれいだったのですが、患者さんのベッドの照明や酸素や笑気ガスなどの中央配管の周囲に埃が積もっていることに気づきました。そこで、拭き取って検査をするとMRSAが多数検出されました。

Q MRSAが環境から感染しているのですか?

 MRSAは、環境からの感染はあまり重要でないと言われてきましたが、それはきちんと清掃されていることが前提であり、現実には環境から鼻腔や口腔にMRSAが定着しているケースが多いと思うのです。患者さんが寝ているベッドは意外と低いですから、人が走ったり、白衣が触れたりすることで床にある埃は舞い上がります。また、布団をバサッと動かせば上からも埃が降ってくる。埃には高い確率でMRSAが存在しています。ですから、掃除を徹底することが一番の感染対策なのだという認識を持っています。

Q 「埃」の中にMRSAがいるのですね?

 MRSAに限らず、グラム陽性菌全般に言えることですが、比較的乾燥に強いのです。通常は球菌の形状で存在するのですが、乾燥すると縮んで小さくなって、非常に軽くなります。それが静電気で埃に付着して環境中に存在していると思われます。それが、人体に入ると菌は再び湿性を帯びて、元の活性を持ったブドウ球菌に戻るのです。

コンサルテーション

Q 感染症の治療には、どのように関与されていますか?

 抗菌薬についてのアドバイスは日々行っています。その際、抗菌薬を投与していれば、選択理由を問いかけ、同時に他の選択肢も示すようにしています。そうすることで、むやみに強い抗菌薬を使わなくなり、全体の使用量も抑制されていくようです。実際、当院では、カルバメネム系抗菌薬の使用率が全体の15%以下と低く、また抗菌薬全体の使用量も非常に少ないのです。患者背景の違いもありますが、多く使っていると言われる同規模の施設より少ないのではないでしょうか。

啓発・教育活動

Q 環境衛生の重要性は院内で認識されていますか?

 認識されていると思います。しかし、毎年4月には病棟の看護師の3-4割が入れ替わり、例え教育が徹底されているとしても、アウトブレイクの経験が共有されていない状態になります。そこで、アウトブレイクが発生すれば、環境調査をしてこれだけ菌が検出されるのだということを見せ、「あっ、そんなにいるんだ」と驚いてもらうことで、掃除の重要性を再認識してもらう、この繰り返しです。環境調査は啓発のためにしています。定期的な環境調査は絶対にしません。

Q 手指衛生はどのように徹底されていますか?

 年に1、2回ですが、アウトブレイクが起こった時などに、私自身が培地を持って病棟へ行き、その場で手指の抜き打ち検査をします。MRSAを対象としますが、それは、単に代表としているだけで、手洗いができていなければ緑膿菌や耐性CNSなどさまざまな菌が検出される可能性があります。ただ、幸いこれまで看護師の手から菌が検出されたことはありません。病棟での消毒液の使用状況などは、判断が難しいので、ICTではなく、リンクナースが確認しています。

Q 培養して視覚的に訴えることで啓発しているのですね?

 カテーテル関連の感染はマキシマルバリアプリコーションを実施すれば確かに挿入時の感染は減少するでしょう。でも、カテーテルの挿入部はドレッシング材で留めますね?看護師も患者さんも消毒後に留めている訳ですから、中はきれいだという認識を持っています。しかし、菌は目に見えないほど小さく、ミクロの目で見れば、皮膚にも凹凸があり、ドレッシング材も完全に密着している訳ではありません。また、常時、汗をかきますから、周囲に菌がいれば、それは容易に侵入するのです。そこで、ドレッシング材を2日後や3日後にはがして、培養してみると、看護師は結果を見て、驚き、納得してくれます。説得力のある資料を見せるということも検査室の役割だと思います。
 汗をかきやすい夏場には感染率が上がる傾向があります。当院では、毎日、挿入部を観察することを推奨した上で、ドレッシング材は週に2回交換することにしています。

活動の成果

Q 活動の結果、どのような成果がありましたか?

 1999年にICTを作ってから、新規のMRSA患者数が3分の2程度まで減っています。現在は横ばいに近い状態であるため、カテーテルやSSIのサーベイランスを実施することで、さらに減らしたいと考えています。

Q 検査の依頼数が減ったそうですね?

 赴任当時(1993年)は1日の検体数が80-120件でしたが、現在は20-60件程度に激減しました。コストを重視した結果ではなく、感染症自体が減り、また適切な材料を取ることで、不要な依頼が減った影響と考えています。
 検体の総数は減りましたが、血液培養については、その重要性を伝えているので、月に30検体程度だったものが、120-180検体に増えています。病棟に積極的に出向くことで院内感染症を減らし、その結果、時間の余裕ができて、必要なときに、いつでも病棟に行って対応できるようになりました。

Q 検査室の役割自体が変化したのですね?

 感染症専門医のいない病院でもICT活動は必要です。そういう場合は、検査技師でも薬剤師でも看護師でも、興味を持ってしっかり勉強した人が中心になって活動すれば良いことです。私は、毎週、症例検討会に参加し、ディスカッションに入れてもらいました。5年程かかりましたが、先生方との良い関係を作り上げることができたと思います。人間関係の問題は常にありますが、互いを認め合って、言葉を選んで、コミュニケーションをしていくことで必ず成功すると思います。
 最終的な目的は感染症を減らすことです。感染対策そのものの中で自分たちに何ができるか、微生物検査室が先頭を切って動こうという考えが必要なのだと思っています。そのためには、常に向上心を持って、例えば、認定臨床微生物検査技師を目指すなど、専門性を高めていくことが一番の近道であると思います。