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品質原価の考え方

感染制御と医療経済
2008年6月発行
掲載内容は、情報誌「Ignazzo(イグナッソ)」発行時点の情報です。

感染制御の経済効果を把握する上で、今後ますます重要になってくる「品質原価」について、今回はその意義を説明し、次回にその計算実例を呈示します。
京都大学大学院医学研究科
医療経済学分野 教授
今中 雄一
http://med-econ.umin.ac.jp/

品質原価の概念

感染制御を始め、医療の質・安全の確保のためには、それ相応の人手やものといった医療資源が必要です。その消費を貨幣価値に表したものを原価(cost)と呼ぶわけですが、質と原価を結びつける概念として、品質原価1)という概念があります。
品質保証の重要性に対する認識が高まり、品質保証に関わらせて消費している資源を貨幣価値に表した原価を知るために提唱されたものです。
品質原価(quality cost)は、品質不良を発生させないように評価し予防するために発生した原価と、品質不良発生の結果、発生した原価とに分類されます。
前者を管理原価、後者を失敗原価と呼び、管理原価(品質適合原価)は、品質不良を予防するための活動に支出された原価(予防原価)と品質不良の有無を監視・検査するための活動に支出された原価(評価原価)とに分類されます(表1)。
このように品質原価を予防、評価、失敗(内部失敗と外部失敗)の原価に分類し集計することをPAFアプローチ(Prevention-Appraisal-Fail-ure approach)と呼びます。

医療における品質原価

一般的には、管理原価(評価原価より狭義の予防原価を含む広義の予防原価)をつぎこめば失敗原価は小さくなります。その関係の概念図を図1に示します2)。
医療においてこの概念を用いた研究例3)はまだまだ世界的にも少ないですが、医療についても、もちろんその重要機能である感染制御についても、同様の枠組みを適用することができます。
予防原価には、感染制御や質・安全の保証・向上に関わる教育訓練費や器具・機器・材料・薬剤の費用、プロトコルやクリニカルパスの設計、病院感染サーベイランス、QC活動などの改善活動など、評価原価には、安全・質の確保のためのカンファレンスや、プロセスや中間アウトカムの評価、内部監査・プロセス監査の費用、第三者評価の費用などが含まれます。
失敗原価(品質不適合原価)は、企業内で発生した内部失敗原価、すなわち患者・顧客に医療サービスが提供される前の段階で発生したものと、企業外の顧客・ユーザー側で発生した外部失敗原価、すなわち医療サービスの患者への提供以降に発生したものとに分類されます。
内部失敗原価には、質の低い計画の見直し、材料の仕損品、外部失敗原価には、最善でなかった診療に関する再診療、苦情への対応、損害賠償費・訴訟費などが含まれます1)。

今後ますます重要となる品質原価

医療においては、品質原価を最小にするだけでは済まず、失敗が許されない場面が多くその被害を貨幣価値に換算することは単純なことではありません。
また、失敗ゼロを目指した環境では設計品質が重要となります。一般産業界の品質原価の枠組みも医療向けに改良していかなければならない点も出てくるでしょう。
しかしながら、医療において、そして感染制御において、品質原価の考え方はますます重要となり、今後、医療制度の中で適切な財源を確保し医療の質を守るために、医療の品質原価に対する認識は高まっていくでしょう。

参考文献

1. 今中雄一編著. 医療の原価計算:患者別・診断群分類別コスティングマニュアルと理論・実例. 東京:社会保険研究所, 2003年.

2. 福田治久, 今中雄一. 感染制御の経済:感染のコストと予防への投資. 臨床検査.2005年;49(6):607-614.

3. 今中雄一 (主任研究者). 医療における安全・質確保のための必要資源の研究:「品質原価」と「持続可能性のための原価」の測定と分析. 厚生労働科学研究費補助金政策科学推進研究事業 平成17年度報告書. 2006年3月. (http://med-econ.umin.ac.jp/safety_cost/)