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Ignazzo Interview: 京都府立医科大学附属病院における感染制御チームのサーベイランス

-JHAIS 国内施設ベンチマークデータ比較が院内フィードバックの要-
2011年12月発行
掲載内容は、情報誌「Ignazzo(イグナッソ)」発行時点の情報です。

京都府立医科大学附属病院 感染管理推進者 感染管理認定看護師 西内由香里先生 集中治療部 感染管理認定看護師 中嶋崇史先生
2011年12月

京都府立医科大学附属病院
感染管理推進者 感染管理認定看護師 西内由香里 先生
集中治療部 感染管理認定看護師 中嶋 崇史 先生

京都府立医科大学附属病院の特徴

Q:病院の特徴について教えてください。

西内:当院は病床数1065 床の地域の基幹病院です。病院併設型小児専門病院として京都府こども病院が併設されています。移植医療としては、造血幹細胞移植、腎臓、肝臓、膵臓などの臓器移植が行われています。最近では、世界初の心筋再生医療に成功したことが話題となりました。集中治療室(ICU)6床、小児集中治療室(PICU)6床、新生児集中治療室(NICU)6床を有しています。ICUにおける患者層は心臓血管、消化器( 食道)、耳鼻咽喉科、肝・膵腎移植後など大手術後の入室が8割を占め、その他は、京都府下の重症緊急手術や外科・内科各種疾患の急性増悪期の治療を必要とする患者さんを受け入れています。年々手術件数は増加していますが、ICUは6床と少なく、高度治療室(High Care Unit: HCU)の併設がないため、病棟の観察室が術後患者の受け入れでフル回転し、ここ数年はICU で重症患者の入室が長期化する傾向がやや強まっています。ハイリスク手術の増加に伴い、体外循環や大動脈バルーンパンピングなどの高等医療も年々増加してきており、ICUの増床を期待しています。

組織横断的な活動がし易い感染管理の組織体制

西内由香里先生
西内由香里先生
Q:感染管理上の組織体制について教えてください。

西内: 感染対策部は病院長の直属の中央部門に配置されています。それとは別に、諮問機関としての感染対策委員会(Infection Control Committee: ICC)があり、感染対策部には旧ICTである感染対策部運営委員会と抗菌薬適正使用推進チーム(Antimicrobial Management Team: AMT)があります。各診療科、中央部門から教員以上の医師が感染対策推進医師として各1名、計48名、感染対策推進看護師には各部門の看護師長が各1名、計37名、さらにリンクナースが各部署から各部門に各1名、計33名(副師長5名を含む)が配置されています(図1)。看護師は、感染対策の中心的存在であるため、感染対策推進看護師とリンクナースを各部署に置くことで、トップダウンとボトムアップの両方が上手く機能できるよう組織を構成しています。部署単位の小集団を強めて、病院全体の感染管理のレベルが向上できることを目指しています。

 当院での感染対策部の専従職員は、私1名です。部長は臨床検査部長を兼任し、4名の副部長は、各々集中治療部、看護部、薬剤部、事務部の副部長を兼任しています。また、消化器外科や血液内科等の医師や看護師長が感染対策部の部員として配置され、私は、これらキーパーソンと連携を図り、活動の協力支援を得ています。
 定例の会議は臨床科長主任会議や看護師長会、リンクナース会などに出席し、タイムリーに必要な情報を現場に提供できるように心がけています。
図1:ICT 組織図
図1:ICT 組織図

サーベイランスから指導まで幅広いCNICの活動

Q:感染管理認定看護師(Certified Nurse Infection Control :CNIC )の活動について教えてください。

西内: 私は、サーベイランス、現場のラウンド、職員への指導や職業感染管理などを行っています。時間配分は、指導(教育)が4割程度、その次にサーベイランスが3割程度と言った感じです。リンクナース会は2人のCNICで運営していますが、月1回、テーマを決めて講義や現場の感染予防対策のオーディットを行っています。その結果に基づいてグループワークの中で改善策を計画し、教育・実践、評価、介入を繰り返すPDCAサイクルを回しながら活動を推進しています。
 職員への指導は、各職種の新規・中途採用者研修のほか、感染対策部員や外部講師を招いた全体研修を年10回以上行っています。職員が年2 回以上研修会に参加できるよう、テーマ選択は現場からの意見を参考にしながら工夫しています。職種別では、看護師対象のラダー別や清掃職員への研修、最も難しい医師については、リンクナースが定期的にブラックライトを用いたハンドテストや、関係部署とも連携しながら「静脈カテーテル留置時の手指衛生、手袋着脱」「創部処置時の適切な手指衛生、防護具着脱」などのテーマを決めキャンペーン期間を設けて、直接観察も取り入れながら医師・看護師双方の標準予防策遵守を啓発してくれています。私自身は、感染のアウトブレイク発生時など、動機が強まるきっかけを利用して感染対策が推進できるよう、医局会に赴いて手指衛生を中心とした感染予防対策に関する指導を行っています。

ハイリスク、ハイボリュームの部署を中心としたサーベイランス活動

Q:実施されているサーベイランスについて教えてください。

西内:手術部位感染(Surgical Site Infection: SSI)のサーベイランスについては消化器外科の感染対策推進医師が中心となって行っています。以前は感染対策推進看護師(当該部署の看護師長)が一緒に行っていましたが、BDのシステム導入後は、医師が入力、集計、分析まで行っています。
 また、人工呼吸器関連肺炎(Ven tila tor Associated Pneumonia: VAP)、中心ライン関連血流感染(Central Line Associated Bloodstream Infection:CLABSI)、カテーテル関連尿路感染(Catheter Associated Urinary Tract Infection: CAUTI)はCNICが中心となり、「ハイリスク、ハイボリューム」に該当する部署に焦点を当てて医療器具関連感染サーベイランスを行っています。
 VAPサーベイランスは、ICUをターゲットにして2005年からICDの集中治療部副部長(兼感染対策部副部長)と連携を図りながら私が行っています。胸部レントゲンなどの画像所見の読影は医師に、喀痰の性状の変化など、バイタルサインの情報収集に 関しては、一部I CUのスタッフに協力をいただいています。最終的な感染の判定は、判定基準に従い私が行っています。
 CLABSIサーベイランスはICUでは1997年から実施しており、中嶋さんは初期から関わっています。
 CAUTIサーベイランスは、2009年に開始しました。2001年以降、エビデンスに基づいた対策が順次導入され、カテーテルの定期交換の廃止や挿入部ケア、尿の回収方法や手順の見直し、閉鎖式導尿システムの導入などを行ってきました。CAUTIは少ないと思っていましたが、サーベイランスを始めて、意外と感染発生率は高く、医療器具使用比も高いことが判明しました。

サーベイランスは継続することが大切

中嶋崇史先生
中嶋崇史先生
Q:CLABSI のサーベイランスを始められたきっかけと、これまでの経験から得られたことについて教えてください。

中嶋:当初はサーベイランスという言葉自体も普及していませんでした。部署でどのような医療器具によりどの程度感染が発生しているのかを把握するためにはサーベイランスが必要と考え、一番身近だと感じた中心静脈ラインにターゲットを絞って始めました。当時はCLABSIの発生率は高かったです。CLABSIサーベイランスとそのフィードバック、改善に対する指導などによる効果で感染率は低下し、2007年は感染率0で経過しました。その後約1年、CLABSIサーベイランスを中断しましたが、血液培養陽性患者を追跡する中で、血流感染の増加を察知し、CLABSIサーベイランスの必要性を再認識して再開しました。(図2)
図2:ICU におけるCLABSI 発生率(1997年~2011年度)
図2:ICU におけるCLABSI 発生率(1997年~2011年度)






< ICU における取り組み>
●1998 年12 月以降、挿入部ケア手順見直し、マキシマルバリアプレコーション導入、インラインフィルター廃止 ニードルレスクローズドシステム(閉鎖式輸液セット)導入などを行い、2005 年11 月マニュアル全面改定
●プロセスサーベイランスを併せて実施(挿入時の手指衛生、皮膚消毒、マキシマルバリアプリコーションの実施状況などを電子カルテに看護師が入力しCNIC が集計)
●プロセスオーディットをCNIC、リンクナースが定期的に実施
●新人、異動者対するCLABSI 予防対策の指導を中嶋CNIC が実施
Q:CAUTIサーベイランスを実施することで行われた新たな対策はありますか?

中嶋:CAUTI サーベイランスデータのフィードバックを行い、現場の感染予防対策のなかで、まず、カテーテル適用基準の見直しを行いました。これまでに、カテーテル関連尿路感染予防対策の指導を定期的に行っており、病棟では尿道留置カテーテルの早期抜去を推進している部署もありました。しかし、ICU ではカテーテルを抜去しないことを前提に管理してきたため、当初、早期抜去に対し抵抗がありました。CAUTIサーベイランスを実施することで、ICU でのカテーテル抜去の適用基準を再評価することができました。また、慣習的に行われていた患者移動時のカテーテルのクランプを中止し、尿の回収時には基本的な標準予防策が実際に行われているのか、改めてオーディットを行いました。標準予防策が破綻すれば、いくら機能的で新しい器具を取り入れても期待される効果が得られません。サーベイランスは、耐性菌サーベイランスや擦式消毒用アルコール製剤の使用量、実際の感染予防対策の実施状況などプロセスサーベイランスの結果も組み合わせてフィードバックすると、さらに意識改革に取り組みやすいと思います。


Q:ICU 以外の病棟でサーベイランス活動はしていますか?

西内:血液内科、消化器外科、泌尿器科病棟でCLABSI サーベイランスを行っています。泌尿器科病棟に関しては、リンクナースからサーベイランスを行いたいという希望がありました。そのため、カテーテルに関連した情報収集はリンクナース中心に行ってもらいながら、感染の判定はCNIC が行い、改善策を一緒に考えるようにしています。

JHAIS への参加により国内施設との比較が可能

図3:ICUにおけるCLABSI発生率(2009年4月~2011年3月)
図3:ICUにおけるCLABSI発生率(2009年4月~2011年3月)
Q:医療器具関連感染サーベイランス(Japanese Healthcare Associated Infections Surveillance : JHAIS)に参加したきっかけを教えてください。

西内:JHAIS のサーベイランスは、国内のベンチマークデータを提示しています。今以上の感染予防対策の質検討と向上を目指していくためには、モチベーション維持のためにも国内施設のサーベイランスデータとの比較を行い、相対的に医療器具関連感染の発生状況を評価していきたいという現場の意見を受け、上層部にも肯定的に承認していただきました。
 また、JHAIS のベンチマークデータは、今までに当院で蓄積してきたNHSN(National Healthcare Safety Network)の判定基準と感染率の算出方法を用いたベンチマークデータが活用できることもあり、迷わず参加を決定しました。NHSNのデータは海外のものであり、医療背景が大きく異なるため、国内の施設との比較を行いながら感染の発生状況を評価していくことに意義があると考えています。


Q:JHAIS のベンチマークデータとの比較から分かったことはありますか?

西内:CLABSI は2009年度からの感染率を追跡し、他の施設と比較して感染率は低い(中央値より低く最小値)一方でカテーテル使用比が高い(中央値を超え、さらに90%パーセンタイル値を超える)ことも分かりました(図3)。毎朝ICUのカンファレンスで抜去できるカテーテルはないかを検討し、可能なかぎりカテーテルを抜去するように努力されています。
 カテーテル使用比が高くても、感染率が他の施設に比べて低いという結果は、感染リスクは高くても、質の高いカテーテル管理が行われているという見方ができますので、スタッフの自信や励みになり、さらなる質向上への動機付けや意欲につながっていると思います。感染率が低いということに甘んじず、感染症例だけでなく、感染を疑う事例についても共有して、感染対策や血液培養検体の採取方法の再確認と改善のサイクルが上手く機能するようになっています。

 VAPについては、NHSNのベンチマークデータのみで当院と比較していたときは、医療背景の異なる国外の数値と比較するから感染率が高いのではないかと考えていたのですが、JHAISの国内のベンチマークデータと比較しても、やはり継続して中央値を超える高い位置にあるということがわかってきました。現場は当施設のベースラインを越えないように、またこの先はもっとVAPの発生を減らしていきたいという目標を持ち、昨年から集中ケア認定看護師や摂食・嚥下障害看護認定看護師とも協働して口腔ケアプログラムや誤嚥予防対策の再評価を行っています。

国内施設データとの比較が改善に向けての変化をより助ける

Q:サーベイランスの結果をどのように院内へフィードバックしていますか?

西内:実施部署の詰所会、全体研修会やICC 会議、感染対策部運営委員会、リンクナース会などで行っています。別に協力いただいている関係者とは、JHAIS 委員会から解析評価を加えて還元された情報をそのつど供覧しています。ICC 会議は、病院長や事務部長など、上層部の方々にサーベイランスの内容と成果を理解していただき、地道な活動をアピールする絶好のチャンスとなるため、年に1 回は報告を行っています。自施設の感染対策の適否を他施設と比較して把握してもらうきっかけとなり、新しい器具の導入を提案する際にも役に立ちます。一方、現場に対しては、ケアプロセスの質評価や改善に向けての目標調整がしやすくなるというメリットがあります。いずれも国内の「数値」を具体的に示して比較することでインパクトが強まり、改善に向けての変化を起こす上で説得材料になり理解が得られやすくなります。

JHAIS の参加施設の増加に期待

Q:今後JHAIS に期待することはありますか?

西内:参加施設の増加を期待しています。ベンチマークデータが増えれば、診療形態や施設規模などさまざまな観点から比較できます。また、感染対策上の問題点などの情報を共有できるようになれば、さらに現場は刺激を受け、改善に向けての取り組みが促進できると思います。

サーベイランスデータの収集を前向きに行うことが大切

Q:サーベイランス実施において苦労されている点はありますか?

西内:データ収集には根気が要りますが、必要不可欠なプロセスです。精度の高いサーベイランスを行うためにはICNが前向きにデータ収集を行うことが最善です。一方で、意識を共有し継続していくためには、現場と協働することも重要だと思います。別に突発的な事象が発生し、サーベイランスが中断してデータの収集が後ろ向きになってしまうことも多く、結果をタイムリーに現場にフィードバックできない時もあり、そこが悩みです。中嶋さんはI C Uで活動されているため、感染の発生をより早く察知してスタッフ間で共有し対応されています。常に業務の中で、直接感染予防対策の実践を確認できることもCNIC が現場に随時いるメリットだと思います。

中嶋:ICU では月毎にサーベイランスデータをグラフ化してスタッフが供覧できるようにしています。ただし、皆が見て評価、改善にかかわっていくためには、さらに工夫が必要だと思っています。

サーベイランスの実施を考えているICN の方々へ

Q:これからサーベイランスを実施しようと考えているICNへアドバイスをお願いします。

中嶋:サーベイランスはケアの質を改善して患者さんを医療関連感染から守ることが大きな目的です。部署での感染率の状況、他施設と比較しての当院の傾向、考えられるリスク因子などを把握して改善に導くためにはまずサーベイランスが必要であると思います。時間や労力はかかりますが、感染対策の必要性も明らかになり、現場のモチベーションの維持にもつながります。

西内:時間に余裕がない時は、サーベイランスをやめようと思うこともありますが、続けていることで新たな問題が見えてくることもあり、感染の増加を察知してアウトブレイクを防ぐことにも役立ちます。自施設の状況を把握していないと、感染対策の評価や改善は難しくなります。サーベイランスには多くのメリットがありますので、まずは始めて、続けてみてください。

JHAIS とは

 日本環境感染学会JHAIS 委員会が、日本における医療関連感染サーベイランスの普及および全国集計によるベンチマークデータの提示を目的として実施している活動です。  現在、SSI サーベイランスと医療器具関連感染サーベイランスを実施しており、JHAIS 参加施設内での当該施設の解析評価をフィードバックしています。NHSN(National Healthcare Safety Network)の診断定義を用いているため、NHSN だけでなく欧州(HELICS:Hospital in Europe Link for Infection Control through Surveillance)など、諸外国で実施されている国家規模のサーベイランスデータとの比較が可能になります。  医療器具関連サーベイランス(中心ライン、尿道カテーテル、人工呼吸器)の提出データは、感染件数・分母の医療器具使用日数・入院患者日数の3 点のみです。随時参加を受け付けておりますので、ご興味のある方は学会ホームページをご覧ください。
(文責:高野八百子)