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職業感染対策とワクチン接種:HBV 職業感染対策

— 再活性化、増加する遺伝子型Aへの対応 —
職業感染対策実践レポート Vol.8
2011年12月発行
掲載内容は、情報誌「Ignazzo(イグナッソ)」発行時点の情報です。

東京大学大学院医学系研究科
病因病理学専攻感染制御学教授
東京大学医学部附属病院感染対策センター長 森屋恭爾 先生

はじめに 要旨

 日常医療の進歩とともに多くの医療施設において、また数多くの診療科において日常診療の中で新しい作用を持つ化学療法剤や免疫抑制剤が使用されるようになった。また幹細胞移植や臓器移植症例に対応する事例も多くなってきている。このような状況の中で従前より知られていたB型肝炎ウイルス(HBV)キャリア(HBs 抗原陽性、ALT 正常) のみならず、HBs 抗原陰性でHBc 抗体、時にはHBs 抗体陽性である症例においても幹細胞移植、悪性腫瘍、自己免疫性疾患などに対する治療中にHBV の増殖、de novo 肝炎が見られることが広く知られてきた。HBV の日本人の浸透率が高く今後幹細胞移植、悪性腫瘍、自己免疫性疾患などに対する治療が必要となる方が多くなることが予想されde novo 肝炎発生事例数の増加、またde novo 肝炎においてHBV ウイルス量の増加が著しいことからもHBV に対する抗体を有していない医療従事者は針刺しなどで感染が成立する可能性が年々高まるといえる。
 また急性感染症例に占めるHBV の遺伝子型は従来日本において見られた遺伝子型B、C 型から、成人感染の場合において高率に慢性化することが知られているHBV 遺伝子型A 型(欧米型)が半数以上を占めるようになってきたことが報告されている。また、ヒト免疫不全ウイルス(HIV)感染症との複感染事例調査においてHBV 症例(HBs 抗原陽性)の占める割合は6%程度と報告されている。
 HBV に対する抗ウイルス剤が提供され治療の手段が充実しながらも、このようにHBV 感染における新しい状況から、またHBs 抗原は測定してもHBc 抗体は入院時通常スクリーニングに使用しない医療施設が多いこともあわせて、HBV ワクチン接種による抗体獲得の必要性は益々高まっている。HBV ワクチンは分子生物学的にHBs の一部の遺伝子領域のみを発現させて精製した蛋白であり、生ワクチンではない。医療従事者はすべてHBV ワクチンによる十分な抗体価獲得を行うとともに、定期的なワクチン抗体価の測定を行い自己の健康を維持するとともに、標準予防策の徹底と安全器材の使用遵守、使用後の器材の交叉を防ぐ努力を一層行う必要がある。

再活性化 de novo 肝炎

HBV アジアの病気 3億5千万人 アジアの医療者へ 職業感染意識
世界のHBV 流行(2005)

世界のHBV 流行(2005) HBV アジアの病気 3億5千万人 アジアの医療者へ 職業感染意識
持続感染者が人口の8% 以上のいわゆる高頻度国は、アジアとアフリカに集中
SEVANT-DELMAS A., MERCIER M., GIRAULT, A. LAPERCHE S.et al.
Impact clinique, thérapeutique et diagnostique de la diversité génétique du virus
de l ‘hépatite B
, Revue Virologie, volume 11, n°4, juillet-août 2007. より改編
 全身化学療法を行った患者においてHBV の再活性化が生じたという報告はHBs 抗原陽性の患者においては1 /3程度認められている。特に以前からHBV キャリアに対し悪性腫瘍などで,ステロイドを併用する化学療法を行うと,HBV の急激な増殖、HBV の再活性化(reactivation)が起き、化学療法による免疫抑制や治療終了後に生じる免疫変化により重症肝炎が発症することが知られていた1)2)。
 また,臓器移植の際、移植されたドナー肝臓がHBs 抗原陰性、HBc抗体陽性という感染既往と考えられる事例において、レシピエントがHBs 抗原陰性、HBc 抗体陰性、HBs 抗体陰性というB型肝炎感染既往がない場合においてもHBV の増殖例が認識されていた。つまりHBs 抗原陰性でHBc 抗体ないしHBs 抗体陽性例は従来HBV 既往感染とされ,臨床的には治癒の状態と考えられてきたが.このような既往感染例でも肝臓や血球中でごく少量のHBV-DNA の複製が長期間持続することが明らかにされ免疫抑制剤、あるいは化学療法剤によってHBVが増殖し肝炎を引き起こす場合があることが広く知られるようになった3 ~ 5) 。特に臓器あるいは幹細胞移植後やB 細胞表面抗原CD20 に対する抗体であるリツキシマブなど強力な免疫抑制剤の使用により,このような既往感染例からもHBV 再活性化により重症肝炎が発症することが報告され、de novo B 型肝炎と呼ばれている。特にHui らはHBs 抗原陰性の悪性リンパ腫244 例に対して,全身化学療法を施行したところ、8 例(3.3%)にHBV の再活性化がみられ、全例でHBc 抗体もしくはHBs 抗体陽性であったと報告した。また,HBs 抗原陽性のHBV の再活性化に比べて、劇症化率も高率で,死亡率も高いことが明らかになった6 ~ 8)。
HBV に感染歴のない方、およびワクチンでHBs 抗体獲得した以外の方では再活性化がおきる可能性があります。針刺しでHBV 感染をおこし将来病気の治療の際に再活性化の心配をしないためにもワクチンを接種
HBV に感染歴のない方、およびワクチンでHBs 抗体獲得した以外の方では
再活性化がおきる可能性があります。
針刺しでHBV 感染をおこし将来病気の治療の際に再活性化の心配をしない
ためにもワクチンを接種しておきましょう。
 厚生労働省「肝硬変を含めたウイルス性肝疾患の治療の標準化に関する研究」班の全国調査によりこのようなde novo B 型肝炎は通常のB 型肝炎に比して劇症化する頻度が高率で、死亡率も高いことが明らかになっている9 ~ 11)。
 入院時スクリーニングにあたってはHBs 抗原のみの実施施設が大半であり、HBc 抗体まで測定する医療施設は少ない。HBV は東アジアに蔓延しており、我が国では40 歳以上の年齢層の約25%(1000万人以上)はその既往感染例と推定されており、通常は問題ないが、この多くの方々は今後前述のような幹細胞移植、あるいはリツキシマブ、プレドニン併用化学療法、抗TNFα薬を使用する機会が増えると考えられる。つまり de novo 肝炎を発症する可能性がある人口が数多く日本には存在することとなる。上記の治療中にはde novo 肝炎の発症の有無の検討を行うことがガイドラインで求められている。「免疫抑制・化学療法により発症するB 型肝炎対策のガイドライン」に準拠すると、免疫抑制薬、抗悪性腫瘍薬を投与する際は、事前に必ずHBs 抗原のみならずHBc およびHBs 抗体を測定し、既往感染例と判定された合は治療終了1 年後まで,血清HBV-DNA を1 ヵ月ごとに測定することになる。
 今後de novo 肝炎を起こした症例で万一針刺しをおこした場合HBs 抗体を有していない医療者は高率にHBV に感染、発症することが予想される。患者が既に免疫抑制状態にある場合には必ずしもHBc 抗体やHBs 抗体が検出されるとは限らずHBV-DNA 定量検査まで測定することが望ましい。したがって針刺し時において、化学療法、免疫抑制剤使用時の症例に対して医療従事者は自己判断で対応することなく専門医、産業医の指示を受ける必要がある。

急性肝炎にみられるHBV 遺伝子型Aの増加

B 型急性肝炎におけるHBV genotype の年次別推移 感染症情報センターデータ
B型急性肝炎におけるHBV genotype の年次別推移 感染症情報センターデータ
Infectious Agents Surveillance Repor 国立感染症情報センターデータ引用
 B型急性肝炎発症者の総数は確定されていないが、劇症肝炎患者数の報告と急性肝炎患者の約2%程度が劇症化すると推定できることから、現在毎年2500人程度のB型急性肝炎発症者が存在していると推定され、この数年減少は見られていない。このB型急性肝炎患者のウイルス遺伝子型分布に現在大きな変化が見られる。
 HBV にはAからJまでの遺伝子型(Genotype)があり、遺伝子型間で異なる臨床経過をとる場合があることがわかっている。本邦でのHBV キャリアは従来からアジア、日本に多いHBV遺伝子型B、Cに感染している場合が多く欧米で多い遺伝子型Aに比較し、肝細胞癌の発症率が高く、肝炎も重症化しやすい傾向が指摘されている。したがって前述の再活性化、de novo 肝炎をおこすとHBV 遺伝子型B、Cの多い日本では重症例が多いと考えられている。
 一方、近年日本では遺伝子型AによるB型急性肝炎が、急速に広がりつつある。HBV遺伝子型Aは欧米やアフリカに多い。遺伝子型Aによる急性肝炎は発病後の高ウイルス量の時期が長く、遷延化、持続感染化する確率が他の遺伝子型より高い。成人感染においてHBV 遺伝子型B、Cの急性肝炎が慢性化する場合は1-2%と考えられているがHBV 遺伝子型Aによる急性肝炎はインターフェロン(IFN)に対する反応は良いものの10%以上慢性化すると報告されている12-18)。したがって遺伝子型AのHBVにHBs 抗体を有しない医療従事者が針刺しを起こした場合高率に慢性化する可能性が存在する。B 型肝炎母子感染防止対策により子供の感染率は1%未満であり、輸血によるHBV 感染も検査により認められない状況下でのHBV 遺伝子型A の増加は性感染(STI:sexually transmitted infections) と共に、海外から拡大している可能性が高い。
 またHIV 感染症の増加が懸念されているがHIV感染症においてはHBV感染症が持続感染化しやすくHBVキャリア率は6~10%19)と健常人の1%以下に比して5~10倍高率となっていることも注意する必要がある。

ワクチン

 このようにHBV に関わる状況は複雑化しており、医療従事者はもちろんHBV に対してワクチンによる抗体獲得が必要となっている。今後は全国民のワクチン接種(ユニバーサルワクチネーション)も一つの課題となりつつある。ワクチンはHBV の全粒子を含む生ワクチンではなく、HBs 抗原の一部を遺伝子工学によって発現させた蛋白の一部から構成されている。したがってワクチンによって獲得されるのはHBs 抗体のみであり、HBc 抗体は検出されない。またワクチンによって獲得された免疫であれば当然HBV の再活性やde novo 肝炎発生の心配もない。一方ワクチンにより獲得された抗体価は低下することもあり抗体価はCLIA 法で測定し10以上を維持する。
 一方生後6 ヶ月以内にHB ワクチン(血漿由来)を接種した場合、22年後も87% の人にHBs 抗体が存在することが知られている。医療従事者はもう一度自分のHBs 抗体価の測定を行い、ワクチン接種をおこなう。抗体が得られない場合は、皮下注射を筋肉注射に変える、投与量の変更などを産業医と相談する。

B 型急性肝炎におけるHBV 遺伝子型の分布

Infectious Agents Surveillance Report 国立感染症情報センターデータ引用
Infectious Agents Surveillance Report
国立感染症情報センターデータ引用
●遺伝子型CタイプのB 型急性肝炎例では成人慢性化はほとんど見られない
●遺伝子型A タイプのB 型急性肝炎例では成人でも10%前後が慢性化する

慢性化しやすい遺伝子型A の患者のしめる割合は地域差が認められます。

正しいものを選びなさい

1) HBs 抗原が陰性である患者さんについては癌化学療法、免疫抑制治療中に患者さんの血液が付着した針で針刺しを起こしてもB 型肝炎感染については問題はない。

2) リツキシマブ、ステロイド、抗TNFα製剤使用中の患者さんでは治療開始時にHBs 抗原が陰性であってもB型肝炎を発症することがある。

3) B型肝炎ウイルスであれば遺伝子型A型(欧米型)と遺伝子型C型(従来の日本型)の違いによって成人で感染した場合の慢性化率はともに1%程度である。

4) B型肝炎ウイルスに対するワクチンは生ワクチンなのでワクチン接種で感染する場合がある。


解答 1)× 2)○ 3)× 4)×

文献

1) Lok AS, Liang RH, Chiu EK, et al. Reactivation of hepatitis B virus replication in patients receiving cytotoxic chemotherapy. Report of a prospective study. Gastroenterology 1991; 100 : 182—188

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19) Koike K, Kikuchi Y, Kato M, Takamatsu J, Shintani Y, Tsutsumi T, Fujie H, Miyoshi H, Moriya K, Yotsuyanagi H. Prevalence of hepatitis B virus infection in Japanese patients with HIV. Hepatol Res 2008;38:310-4. 22