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心臓血管外科領域及び消化器外科・産科婦人科領域における
手術部位感染が与える在院日数と直接医療費への影響

必見!医療経済事情
2014年8月発行
掲載内容は、情報誌「Ignazzo(イグナッソ)」発行時点の情報です。

東邦大学医療センター大橋病院外科 草地信也先生

はじめに

 手術部位感染( Surgical Site Infection:以下、SSI ) は、医療関連感染の第3位で14~16%を占めるといわれている1) 。また、手術部位感染を起こした患者は起こさない患者と比較し、2 ~11倍程度死亡するリスクが高まることもあり、手術後合併症の中で手術部位感染は臨床的に重要である1 , 2)。2003 年より日本の急性期入院医療に導入されたDiagnosis Procedure Combination(以下、DPC)では、SSIの治療に伴う医療行為はそのほとんどが包括項目であるため、医療機関や医療従事者の負担となり、また在院日数の延長は医療の効率化を妨げ患者の支払う医療費や医療保険財政への負担となる。したがってDPCの普及拡大政策がとられる中、 SSI予防対策は急性期医療を提供する医療機関にとって重要な課題となっている。一方で医療保険財政の逼迫による医療費削減は、医療現場における十分なSSI 対策を医療経済や病院経営の観点から阻害しかねない状況となっている。 
 ところで、海外ではSSI の医療費へのインパクトに関する大規模な調査が複数存在する3) ~ 5)。しかしながら医療制度や保険制度、治療方法が異なるため、在院日数や医療費は日本とは異なる可能性があり、直接日本のケ-スに適用したり比較検討したりすることができない。また、為替や各国の経済水準などの数値調整が必要である。
 これまで日本国内ではS S I の予防方法や手術毎の発生率に関しては多数の報告があり、医療経済に関しても複数の報告がなされてきた。これらはS S I 対策の医療経済効果を検討するための先駆けの研究であり、意義の高い研究である。しかし特定の医療機関で実施され、また対象疾患が限られており、複数の医療機関による同一の調査による報告は少ない。そこで、日本外科感染症学会では多施設共同調査によって本邦における代表性のあるSSIによる医療経済的負担を明らかにするために本調査研究を行った。
 本邦における腹部手術及び心臓手術を行った患者に関して、以下の施設での調査結果を示す6)
NTT東日本関東病院外科、国立循環器病センター心臓血管外科、山陰労災病院第2消化器外科、山口大学大学院医学研究科消化器腫瘍外科学、市立豊中病院外科、鹿児島大学大学院循環器・呼吸器・消化器疾患制御学、手稲渓仁会病院外科、大阪大学大学院医学系研究科外科学講座心臓血管外科学、東邦大学医療センター大橋病院外科

対象および方法

 2006年4月1日から2008年3月31日の2年間に代表的な32 術式の手術を受けかつ退院した患者を対象とした。SSI 発症の有無による術後医療費、術後在院日数を比較するために対象手術別に期間中に主治医または報告者によってSSI 発症と診断された患者とSSI を発症しなかった患者をレトロスペクティブに1:1でマッチングした。マッチングは、同一の手術コードおよび手術グループ間で行い、SSI 発症症例に対して同性、年齢± 5歳の最も手術日が近いSSI 非発症患者を他のマッチングと重複を避けて選定した。 
 術後在院日数は手術翌日を起算日として、退院、転院、死亡までの日数とした。また、SSI を原因とする再入院がある場合はその入院日から退院、転院、死亡までの日数を加算した。術後医療費は前記の在院期間中に発生した医療費を診療区分ごとに医薬品費、医療材料費を含めて、各情報提供医療機関の医事情報またはDPCデータのEファイルを用いて平成18 年度医科診療報酬点数表に基づいて出来高算定方式で集計した。
 術後医療費の集計であり、術前の医療費及び手術に拘わる医療費は含まれていない。
 また、消化器外科手術・産科婦人科手術はASA術前スコア3以上を除外した。心臓血管外科手術については緊急手術症例を除外した。また、すべての症例で(術後の)SSI に関連しない遠隔感染や重篤な合併症を発症した患者を除外した。
 なお、統計解析はIBM SPSS Statistics 18(エス・ピー・エス・エス社)を用いてStudent t検定またはU検定を行った。

結果

 情報提供医療機関数は9施設で情報提供症例数は546症例(273ペア)であった。専門領域別では消化器外科・産科婦人科領域で7施設。492症例(246ペア)、心臓血管外科領域では3施設。54症例(27ペア)であった。
 すべての症例における術後在院日数の平均値は、SSI非発症症例で15.5日であり、SSI発症症例では36.3日であった(表1)。その差は20.7日でありSSI発症症例で有意に長かった( p<0.001)。
 心臓血管外科領域の症例における術後在院日数の平均値は、SSI非発症症例で17.1日であり、 SSI発症症例では65.6日であった(表1)。その差は48.5日であり、SSI発症症例で有意に長かった( p<0.001)。
 消化器外科・産科婦人科領域の症例における術後在院日数の平均値はS S I 非発症症例で15.4 日であり、 SSI発症症例では33.1日であった(表1)。その差は17.7日であり、SSI発症症例で有意に長かった( p<0.001)。
 同様にすべての症例における術後総医療費の平均値は、SSI非発症症例で444,600円、(1$ =100円で換算、以下同様)であり、SSI発症症例では1,323,700円であった(表1)。その差は879,100円であった( p<0.001)。
 心臓血管外科領域の症例における術後総医療費の平均値は、SSI非発症症例で589,500円であり、SSI発症症例では3,442,900円であった(表1)。その差は2,853,400円であった( p<0.001)。
 消化器外科・産科婦人科領域の症例における術後総医療費の平均値は、SSI非発症症例で428,700円であり、SSI発症症例では1,091,100円であった(表1)。その差は662,400円であった( p<0.001)。
 消化器外科・産科婦人科領域の症例に関して、詳細を分析した。
 診療区分別医療費は、SSI発症症例において、SSI非発症症例と比較して、入院費において314,200円、注射費は159,000円、手術費は71,800円多かった(表2)。
 SSIのタイプ別の術後在院日数は、表在性、切開深部、臓器感染の順に長くなり、それぞれ21.1日、30.7日、 47.1日となった。また同様に術後総医療費の平均値も、それぞれ633,800円、949,700円、1,637,400円となった(表2)。
 分離菌別の術後医療費と在院日数では、いずれの菌種においてもSSI非発症症例よりも術後在院日数が長く術後医療費が高かった。
 メチシリン耐性菌分離症例では在院日数が53.2日、術後医療費は1,870,700円であり、他の分離菌の31.3日、1,022,100 円、SSI非発症症例の15.4 日、428,700円に対して在院日数、術後医療費とも有意に増大していた(表2)。

考察

 今回の調査で、手術部位感染発症によって術後在院日数が20.7日延長し、術後医療費を879,100円増大していたことが明らかになった。
 消化器外科・産科婦人科領域のSSI発症症例では、SSI非発症症例と比較し、術後在院日数が約2 倍、術後医療費は2.5倍程度増大していた。また、心臓血管外科領域のSSI発症症例では、SSI非発症症例と比較し、術後在院日数が3.8倍、術後医療費は5.8倍程度増大していた。心臓血管外科領域でのSSI発症は、患者、医療保険及び施設に大きな負担を与えていることが明らかになった。
 診療区分別の医療費の増大部分をDPC包括支払制度で出来高算定となる手術と麻酔を除いて検討すると、在院日数の延長に伴う入院費増が47%を占め、次いで薬剤等の治療費増が24%、手術を含む処置等が11%となっていた。また、
SSIのタイプ別の術後総医療費は、表在性、切開深部、臓器感染の順に大きくなった。これらはSSIの治療にかかわる医療費が多くを占めると考えられ、特に注射については今回の調査では十分に明らかにできなかったものの治療用抗菌薬の費用が多くかかったものと思われる。
 医療関連感染の対策として、耐性菌による感染症の予防が非常に重要であることは良く知られている7)。今回の調査でもメチシリン耐性菌が分離されており、そのメチシリン耐性菌分離症例はSSI非発症症例と比較して、在院日数は3.5倍の53.2日、術後医療費は4.4倍の$18,707(1,870,700円)であり、在院日数、術後医療費とも大きく増大していた。特に薬剤等の治療費は、抗MRSA薬の使用等により8.7倍にも達していた。
 本邦は欧米諸国と比較して黄色ブドウ球菌のメチシリン耐性率が高いことを加味すると、MRSAなどメチシリン耐性菌に対する周術期のSSI予防対策が医療経済、施設の経営、患者の転帰の上でも重要であることが示唆された。
 今回の調査結果、手術数8,9) 及びJANISの報告にあるSSI発生率等から、SSI 発症による術後医療費等を計算した。心臓血管外科領域のSSI発症症例に関しては、手術数36,000/年、SSI発生率3%で、術後医療費は31億円、追加的入院が52,380床日/年となった。また、消化器外科・産科婦人科領域のSSI発症症例では、手術数346,000/年、SSI発生率12%で術後医療費は$275,500,000(275.5億円)追加的入院が736,000 床日/年となった。これらの数字より、今回調査した手術領域でのSSIにより、手術後300 億円もの追加的医療費がかかっていることが示唆された。
 周術期のSSI予防対策はCDCの手術部位感染防止ガイドライン10)を参考に各医療機関で採用されてきたものが多く、その成果は急性期医療の質を向上することに加えて、在院日数の短縮に少なからず貢献してきたと考えられる。具体的には、予防抗菌薬の投与期間短縮による注射用抗菌薬の使用減少や、感染率の低下による治療用抗菌薬の使用減少は、DPC点数に反映され医療費の効率化につながってきたものと思われる。

結語

 今回の調査で、SSI発生による医療経済的負担への影響が以下の様に判明した。
 現在の日本の医療制度の下、SSI非発生症例と比較して、消化器外科・産科婦人科領域のSSI発症症例では、術後入院が2倍、術後医療費が2.5倍に、心臓血管外科領域のSSI発症症例では、同じく4倍、6倍となった。また、医療経済的負担は、感染部位が深くなるほど、もしくはメチシリン耐性菌分離症例では大幅に増大した。
 SSI予防対策を医療経済的負担及び患者のQOLの観点から捉え、手術予定者の保菌者検査及び陽性者の除菌等含め複合的な対策を行うことが望まれる。


文献
1) Engemann JJ, Carmeli Y, Cosgrove SE, et al. Adverse clinical an deconomic outcomes attributable to methicillin resistance among patients
with Staphylococcus aureus surgical site infection. Clin Infect Dis 2003;36:592-598
2) Kirkland KB, Briggs JP, Trivette SI, et al. The impact of su rgical-site
infections in the 1990s: Attributable mortality, excess length of hospitalization , and extra cost. Infect Control Hosp Epidemiol 1999;20:725-730
3) Cruse P, Wound infection surveillance. Rev. Infect Dis 1981;4:734-737
4) Martone WJ, Jarvis WR, Culver DH, Haley RW. Incidence and na ture of
endemic and epidemic nosocomial infections. In: Bennett JV, Bra chman PS,
eds. Hospital Infections. 3rd edition. Boston, Little, Brown an d Co.
1992;2:577-596
5) d e Lissovoy G, Fraeman K, Hutchins V, et al. Surgical site infection:
Incidence and impact on hospital utilization and treatment costs. Am J Infect Control 2009;37:387-397
6) Shinya Kusachi, Yoshinobu Sumiyama e t al. Length of Stay and Cost
for Surgical Site Infection after Abdominal and Cardiac Surgery in Japanese
Hospitals: Multi-Center Surveillance. Surgical Infections 2012;4(13):267-265
7) Anderson DJ, Kaya KS, Chen LF, et al. Clinical and financial outcomes d ue
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8) Sakata R, Fujii Y, Kuwano H, Thoracic and cardiovascular surgery in Japan
during 2008; Annual report by the Japanese Association for Thoracic Surgery.
Gen Thorac Cardiovasc Surg 2010;58:356-363
9) Ministry Health and Lavor Welfare. [Survey of Medical Care Activities in Public Health Insurance] (Jpn) Available at
http://www:e-stat.go.jp/SG1/estat/List.do?id=000001055081 Last accessed Sept. 20, 2010
10) Mangram AJ.Horan TC Pearson ML,et al. Guidelines for the prevention
of surgical site infection. Infect Control Hosp Epidemiol 1999;20:247-278.