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感染症アラカルト:Point of Care Testing (簡易迅速検査) の活用と最新情報

2019年10月発行
掲載内容は、情報誌「Ignazzo(イグナッソ)」発行時点の情報です。

国際医療福祉大学熱海病院 検査部 〆谷 直人

はじめに

 検査室ではなく患者の傍らでポータブル型分析装置や診断キットを用いて診療に役立つ有益な情報を得る検査のシステム(仕組み)をPoint of Care Testing(POCT)と呼ぶ。POCTは患者や検体が動くのではなく、医師や看護師が自在に動いて検査を行う機動性に富んだ検査である。POCTでは検体の保存・搬送や前処理などの工程がなく、検体採取後直ちに分析するため数十分以内に検査データを得ることができる。わが国では緊急検査、感染症迅速検査、診察前検査、在宅検査などで活用されている1)
 2018年12月1日より改正医療法(検体検査関連)が施行された。これにより医療機関で医師や看護師が実施する検体検査について精度に係る基準(①精度確保に係る責任者の配置[義務]、②標準作業書および作業日誌の作成と保存[義務]、③内部精度管理の実施[努力義務]、④外部精度管理調査の受検[努力義務]、⑤適切な研修の実施[努力義務])が定められた。検体検査の精度管理は検査を実施する検査室や検査センターのみならず、病院全体さらには診療所にまで拡大することになった。

(参照 厚生労働省ホームページ 医療法改正等の経緯と検体検査の精度の確保に係る基準について)

POCTの活用

図1 POCT製品
図1 POCT製品
 現在、血球算定、CRP、血液ガス、血糖、生化学、電解質、血液凝固、尿・便、感染症、心筋マーカー、薬毒物などのPOCT製品が市販されている(図1)。POCTは医療現場での迅速検査がルーチン検査項目であれば検査室や検査センターでの大型分析装置と並立する時代をもたらした。また抗原抗体反応を利用したイムノクロマトグラフィー法(immunochromatography assay)による診断キットは感染症迅速検査を中心に心筋マーカーや薬毒物検査などの製品が市販されている。とくに感染症迅速検査の診断キットは実地医家の要望に応えて次々と開発されており、病院や診療所で普及している。表1にPOCTガイドライン2)に掲載されている感染症迅速検査の診断キットの検査項目を示す。
 感染症の起因病原体の診断は、初診の段階で的確な診断を要する。診断キットは初期治療に役立つ情報を診療時間内に得ることができるため時間がかかる培養検査とは異なり、治療に直結できる。病原体の抗原または抗体を検出する診断キットは、インフルエンザをはじめ市中肺炎、小児感染症、性感染症(STD;sexually transmitted disease)の診断に頻用されている3)
 感染症迅速検査は感染症か否か判断に迷うケースはもちろんのこと、典型的な症例で判断が可能でも患者から確定診断を求められたケースなどに有用である。小児感染症の分野では保護者への説明や入院の要否の判断にも利用されている。STDは患者負担やコンプライアンスを考えると最小限の通院回数で治療することが望ましく、診断キットを使って診断すれば、初診時から的確に治療が行える。ノロウイルスの診断キットは、自施設でPCR(polymerase chain reaction)による迅速検査を実施していない病院などにおいて院内感染防止に役立っている。
 POCTがその特性による利点を最大限に発揮できるのは、場所、環境、人員、インフラなどに大きく制限を受ける災害時の検査である。災害時は仮設診療所で治療が実施されることになる。避難所生活という特殊な状況下における被災者は、集団生活をすることにより通常の疾患以外のリスクを抱えることになる。仮設診療所では感染症の診断において診断キットは必要不可欠である。また腎障害や糖尿病などの持病の悪化の判断には充電式のポータブル型分析装置が威力を発揮する。東日本大震災や熊本地震などでPOCTを用いた医療支援が活躍した。

POCTの精度保証(医療法等の一部改正)

表1 感染症の迅速診断キットの検査項目
表1 感染症の迅速診断キットの検査項目

図2 POCT専用機械
販売名:BD ベリター プラス アナライザー
製造販売届出番号:07B1X00003000156
製造販売元:日本ベクトン・ディッキンソン株式会社
 わが国では2018年12月1日に施行された医療法等の一部改正により、初めて医療機関で自ら実施する検体検査の精度保証の基準・規制が定められた。
 POCT製品の仕様はメーカーの責任において規格設定されているので、この仕様内で実施することが求められる。したがって検査する際に添付文書や取扱説明書を確実に読んでから実施する。検査にあたって検体の過不足や検体の状態の良否は検査データに影響を及ぼす。診断キットでは検査において非特異的反応や判定に測定者の主観が入るような方法は注意を要する。目視判定時、薄くてもラインが出ていれば陽性であることから、そのラインを見落とさないようにする。判定はLEDライトの明るい照明の下でラインを見るようにし、出ているラインを薄いがために陰性としてしまい治療薬を処方しないことのないようにする。
 平素でわかりやすい測定標準作業書(点検・管理、メンテナンス、トラブル対応など)の整備と、それに基づいた管理が必要である。POCTは小口で行われることから、とくに有効期限のある試薬の調達時期予測と保管条件管理には注意すべきことを決めておく必要がある。製品によっては週例や月例、一定検体数ごとの定期メンテナンスを指定している場合があり、これらについては記録簿や予定表などを必要に応じて用意する。
 測定値にぶれがないかは、メーカーから出されているコントロール試料を測定して確認する。ただし精度管理に用いるコントロール試料は非常に高価であるため検査の頻度に応じて日々1回、あるいは日々の検体測定数が少ない場合は週1回か月1回の測定でかまわない。コントロール試料を測定したら記録として残し、測定値の変動を見ていく。その際にいつも同じ測定値になっていればよいが、違った測定値を示すことがあれば、メーカーは測定性能の基礎データを保有しているので、メーカーに問い合わせる。なお診断キットはロット単位でしか精度管理が行えない。
 作業日誌に記載すべきことは、日誌の記録(検体検査を実施した都度または週~月単位)、項目記録(検査項目ごとの実施件数)、実施件数のうち検査のエラーや不具合の発生件数である。
 測定機器や診断キットの精度管理試験結果と関連情報(日時、測定担当者、ロット情報等)を自動的に測定機器内部のメモリーに記録するPOCT専用機械(図2)もあり、精度管理において有用である。

POCTの展望

 POCT市場ではバイオセンサーやマイクロTAS(total analysis system)技術を用いた感染症の検査機器が体外診断薬として相次いで上市されている4)。これまで検査室で利用されてきたPCR法が、POCTの感染症遺伝子検査装置として開発された。この装置は持ち運び可能で、操作が簡便であり、しかも検査データを迅速(30分以内)に得ることができる。体外診断薬は保険適用対象であり、際立った国内市場の増加は望めないが、わが国はこの分野で高い技術力を持っており、既存のPOCT 製品の充実が進んでいる。ハンドヘルド型の感染症検査装置が開発されれば、救急医療や在宅・介護の現場だけでなく、空港などの検疫検査や品質検査などの新しい市場を創造する。
 バイオマーカーの開発は、POCTの開発の基盤技術である。近年、従来の侵襲的なバイオプシーに代わるリキッドバイオプシーと呼ばれるバイオマーカーの開発が活溌に行われている。またDNAチップやDNAシーケンサーなどの理化学機器を迅速・簡便なPOCTに展開する研究も進められており、近い将来日常診療での実現が期待される。

おわりに

 POCTのメリットは検査データが簡便に、しかもリアルタイムに得られることである。これは検査データが臨床判断に直結しやすいということであり、正確でない検査データは誤った治療につながってしまう恐れがある。そのためPOCTによる検査データの精度保証は重要である。
 POCTの普及により、POCTによる検査データが検査室や検査センターでの検査データと同様に解釈されるようになっている。いくら操作が簡便であってもPOCT製品は、使用方法やメンテナンス法を十分に理解したうえで使用しないと検査室や検査センターの検査データと良好な相関を示すことにはならない。適切に検査を実施することでPOCTは診療に大いに役立つものになる。

文献

1) 〆谷直人:リアルタイム検査が必要な項目.日本臨床検査自動化学会会誌 32:174-179,2007.
2) 日本臨床検査自動化学会編:POCTガイドライン.日本臨床検査自動化学会会誌 43(suppl.1):2018.
3) 〆谷直人:感染症迅速診断キットの現況と近未来.Medical Technology 33:1026-1029,2005.
4) I. J. Michael et al.,“Review Article”, Micromachines, 2016 Feb.;doi:10.3390/mi7020032