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新型コロナウイルス感染症に対する抗原検査および抗体検査

2020年9月発行
掲載内容は、情報誌「Ignazzo(イグナッソ)」発行時点の情報です。

長崎大学大学院医歯薬学総合研究科 病態解析・診断学分野 教授/長崎大学医学部
臨床検査医学 教授/長崎大学病院 検査部部長 栁原 克紀


WHOの緊急委員会は2020年1月31日未明(日本時間)、中華人民共和国湖北省武漢市における新型コロナウイルス関連肺炎の発生状況が、国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態に該当すると発表しました。わが国では、 新型インフルエンザ等対策特別措置法に基づく緊急事態宣言が4月7日に発出され5月25日に解除されましたが、その後も予断を許さない状況が続いています。感染拡大に備えた検査体制の強化が喫緊の課題となるなか、昨今メディアにも取り上げられているPCR検査に加え、注目されている抗原検査および抗体検査について、長崎大学の栁原克紀先生にお話しいただきました。

■PCR検査、抗原検査、抗体検査の特徴と使い分け

Q1 抗原検査とPCR検査の違いをお聞かせください。

PCR検査ではウイルスを特徴づける遺伝子配列を検出し、抗原検査ではウイルスを特徴づける蛋白質を検出します。イムノクロマト法の検査キットによる抗原検査には、30分程度で結果が出る、特別な検査機器・試薬・技術を必要としない、検体採取場所で検査が実施できるなどのメリットがあります。一方、PCR検査では5コピーからのRNA増幅・検出が可能であるのに対し、抗原検査には一定以上のウイルス量が必要でありPCR検査と比べると感度が低く、行政検査検体を用いたRT-PCR法との試験成績(n=124)では陽性一致率66.7%(16/24例)、国内臨床検体を用いたRT-PCR法との試験成績(n=72)では陽性一致率37%(10/27例)であったことが報告されています1)。厚生労働省新型コロナウイルス感染症対策本部による『SARS-CoV-2 抗原検出用キットの活用に関するガイドライン』2)には、「新型コロナウイルス感染症を疑う症状発症後2日目以降から9日目以内の者(発症日を1日目とする)については、抗原検査キットで陰性となった場合は追加の PCR 検査等を必須とはしない」とありますが、抗原検査で陰性であった場合は念のためPCR検査で確認することが望ましいとする意見もあります。

新型コロナウイルス検査法の特徴

検査目的検査対象・精度検査実施場所・判定時間
PCR今感染しているかを調べる
  • ウイルスを特徴づける遺伝子配列
  • 5コピーからのRNA増幅・検出が可能
  • 検体を搬送した検査機関
  • 4~6時間
抗原検査今感染しているかを調べる
  • ウイルスを特徴づける蛋白質
  • 精度はPCR検査より劣る
  • 検体採取場所
  • 約30分
抗体検査過去に感染したかを調べる
  • 感染後に血液中に生産される抗ウイルス抗体
  • 精度は定まっていない
  • 検体採取場所
  • 数十分

■インフルエンザシーズンへ向けての対応

Q3 インフルエンザと新型コロナウイルス感染症をどのように診療すべきでしょうか?

これまでインフルエンザの診療は抗原迅速キットによる診断と治療により行われていましたが、新型コロナウイルスの出現により厚生労働省が、全ての患者について鼻腔や咽頭から検体採取をする際にサージカルマスクや眼の防護具(ゴーグルまたはフェイスシールド)、ガウン、手袋を装着するよう求める通知を出したことを受け、事実上クリニック等での検査が非常に困難になったと考えられます。インフルエンザと新型コロナウイルス感染症を臨床症状で見分けるのは難しいと思います。長崎では医療崩壊を防ぐために、症状のある患者についてはクリニック等で新型コロナウイルス検査を依頼し、陽性であれば感染症指定医療機関に紹介というネットワークを作っています。長崎大学病院では、近隣のクリニックや病院からの依頼を受けて新型コロナウイルス検査を行う仕組みを作っています。

Q4 クリニック等で安全に採取できる検体について、先生のお考えをお聞かせください。

PCR検査および抗原検査ではウイルス検出感度が高い鼻咽頭ぬぐい液を検体として採取します。しかし、唾液腺には新型コロナウイルスの受容体であるアンジオテンシン変換酵素2が豊富に存在するため、唾液検体でもウイルスを高感度で検出できるはずです(インフルエンザはおそらく検出できない)。実際、PCR検査における鼻咽頭ぬぐい液および唾液の有用性については、発症から9日以内であれば両検体で良好な一致率が認められるとの研究結果が示されたことを受け6月2日、症状発症から9日以内の者については唾液PCR検査が可能となりました3)。現在、唾液以外にも鼻腔ぬぐい液が検体として使用可能となり、医療従事者の管理下であれば自己採取が可能であるということから、検査を安全に実施できるようになるのではないかと思います。

■PCR検査、抗原検査、抗体検査のピットホール

Q5 臨床現場で遭遇した問題点についてお話しください。

新型コロナウイルスは潜伏期間が長く、濃厚接触者の場合PCR検査や抗原検査で陽性になるまでに10日くらいかかることがあるので偽陰性が出ることがあります。感度の高いPCR検査ではコンタミネーションや不適当な閾値設定により偽陽性が出ることがあります。新型コロナウイルス感染症のように公衆衛生上の影響が大きい疾患に対しては、偽陰性や偽陽性のリスクを考慮して臨床サイドと情報共有しながら、検査を繰り返すことが大切です。さらに、それぞれの検査自体がまだ確立されていないので、検査を組み合わせてそれぞれを補完する形で総合的に検査を進めることが重要です。

■新型コロナウイルス感染拡大に備えた抗原検査、抗体検査のあり方

Q6 先生が理想とされる検査体制についてお話しください。

厚生労働省が3都府県で計7950人を対象に実施した新型コロナウイルス抗体検査の結果、抗体陽性率は東京都で0.10%、大阪府で0.17%、宮城県で0.03%であったことが6月16日に公表されました4)。これは、発症している患者や濃厚接触者を見つけてクラスターを減らしていくという我が国の感染対策が功を奏したためと思われますが、裏を返せば99.9%は感染しておらず、感染拡大に備えた対策の必要性を示唆しています。経済も回しながら感染制御を目的とした抗原検査またはPCR検査を適切に行い、定期的な抗体検査で感染状況を把握していくという体制が望ましいと思います。

参考文献
1) エスプライン®SARS-CoV-2 添付文書(富士レビオ株式会社)
2) 厚生労働省新型コロナウイルス感染症対策本部による『SARS-CoV-2 抗原検出用キットの活用に関するガイドライン』(令和2年6月16日改訂)
3) 厚生労働省保険局医療課、事務連絡(令和2年6月2日)疑義解釈資料の送付について(その15)
4) 厚生労働省、新型コロナウイルス感染症に関する検査について
  https://www.mhlw.go.jp/content/000640287.pdf