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Ignazzo Interview: 「薬剤耐性(AMR)対策アクションプラン」を推進するJANIS
~薬剤耐性の「ナショナルデータ」を創るためのこれからの展開~

2016年12月発行
掲載内容は、情報誌「Ignazzo(イグナッソ)」発行時点の情報です。

2016年12月
国立感染症研究所細菌第二部 柴山 恵吾先生 筒井 敦子先生 矢原 耕史先生 川上 小夜子先生

国立感染症研究所細菌第二部は、呼吸器系感染症、毒素産生細菌感染症、日和見感染症および薬剤耐性菌に起因する感染症についての基礎・応用研究、レファレンス業務、関連する生物学的製剤、抗生物質製剤の品質管理・研究に加えて、厚生労働省医政局地域医療計画課が実施する院内感染対策サーベイランス事業(JANIS)*の実務も担当しています。
2014年度の診療報酬改定で、JANIS検査部門への参加が感染防止対策加算1の要件となり、参加医療機関が急増しているなか、JANISの現状と課題、今後の展望についてお聞きしました。

参加医療機関が増える半面、課題はデータ精度の維持

柴山 恵吾先生
柴山 恵吾先生
Q1.JANISの参加施設が増えてきています。JANISの現状について教えてください。

柴山:日本全国の約8500の医療機関のうち、2016年1月時点で1859施設がJANISに参加しています。JANIS検査部門への参加が感染防止対策加算1の要件になったことで、JANISと院内感染対策への関心がいっそう高まってきたのはよいことです。その半面、わが国の薬剤耐性菌と院内感染の概況を把握し、医療機関に院内感染対策に資する情報を提供するためには、ただ単にサーベイランスの対象医療機関数が増えればよいというものではありません。JANISでは2015年より都道府県別集計を開始しましたが、ある地域の参加医療機関が本当にその地域を代表しているのか、そこにどの程度の偏りがあるのかに注意する必要があります。参加医療機関の規模や特徴はさまざまであり、今後の課題としては、参加医療機関数をさらに増やすことと同時に、各施設の特性について、さらにきめ細かく分類することが挙げられます。

筒井:2014年度の診療報酬改定以前より、すでに500床以上の施設の約7割がJANISに参加していましたが、改定後も加算1の対象である大~中規模施設の検査部門への参加が増え、現在は500床以上の施設の約8割が参加しています。200床未満施設の参加も増えてはいますが、全国の約5800施設の1割弱に過ぎず、こうした小規模施設も参加することが期待されます。JANISの薬剤耐性菌判定基準あるいは感染症判定基準といった全国共通のものさしを使うことで自施設の位置づけを客観的に把握し、院内感染対策を強化していただければと願っています**。
川上 小夜子先生
川上 小夜子先生
Q2.参加医療機関が急激に増えてきたことでのデータの精度管理はどうされているのでしょうか

筒井:参加医療機関が急激に増えてきたことでデータの質が低下してしまわないように注意しています。検査体制が十分でない施設から誤ったデータが送られてくれば全体の信頼性にも大きく影響してしまうので、データの精度管理は我々の大きな仕事の一つになっています。逸脱していると思われるデータを送ってきた参加医療機関にはメールやハガキ、電話で問い合わせており、それでもデータ確認・修正の対応をしないところは集計対象外にしています。

川上:決して多くはありませんが、「この施設ではどういう精度管理を行っているのかな」と思うことはありますね。細菌検査に慣れていないスタッフが行っていることもあるようです。

筒井:バンコマイシン耐性黄色ブドウ球菌(VRSA)など、世界的にもまれで、現在までにわが国で分離されていない耐性菌のデータを送ってきた参加医療機関にはすぐにアラートメールを送っています。当該施設では遅ればせながら「当院でVRSAを検出しているのか」と気づくのですが、多くはコンタミネーションによる誤報告のようです。

矢原:アラートメールの頻度は、参加医療機関の増加とともに増えていますね。

川上:検査部門のデータ提出は月1回なので、特殊な耐性を示す菌株であっても保存されていない場合が少なくなく、確実に否定できないのが実情です。この点で、タイムリーに再検できるような体制を構築していただければと思います。また、特に新規参加の医療機関では、JANISデータへの変換がきちんとできていないことが多いです。Streptococcus pyogenesやStreptococcus agalactiaeなど自動分析装置を使わずに用手法で検査している場合は、検査結果の誤入力もあるようです。細菌検査室によっては、検査手技そのものが怪しい場合もあるかもしれません。

筒井:我々は前述の方法でデータのクリーニングをしているのですが、疑わしいデータをすべて拾い上げているわけではありません。各施設の検査の質をどう担保するかについては深く関われていないのが実情です。全国的な検査の質の底上げについてはJANISだけでできることではなく、たとえば日本臨床微生物学会や臨床検査技師会などと協力することが必要になってきます。
 バンコマイシン耐性腸球菌(VRE)がMRSA並みに蔓延しているのではないかと思っている施設もあるなど、「分離されてはならない耐性菌」の認識にややばらつきがあります。JANISでは耐性菌のリストを作っており、「カテゴリーA(国内で分離されていない)」の耐性菌が分離されたら再検査し、再検後も同様の耐性を示したら研究機関に確認してもらう、「カテゴリーB(国内でまれに分離される)」の耐性菌についても再検査を行うことを促しています。是非このリストを検査室に貼るなど活用して、「疑わしきは再検査」の意識を徹底していただければと思います。
 JANISには「信頼できるナショナルデータを提供する」という使命がありますので、データの精度管理に参加医療機関の協力をお願いしています。一方、日本全体の院内感染対策および検査室のレベル向上についてもサポートしたいと考えています。

参加施設への啓発活動の必要性も

矢原 耕史先生
矢原 耕史先生
Q3.一方、感染症法届け出基準に準じたJANISの薬剤耐性菌判定基準と、CLSIの判定基準に乖離があることで、臨床検査の現場では戸惑いが生じていると聞いています。

柴山:1999年に施行された感染症法は、国際交流が活発になってきたことやAIDSやエボラ出血熱、新型インフルエンザなど新興感染症の出現に対応したものであり、罹患した場合の社会への影響を鑑みて届け出基準を定めています。一方、Clinical and Laboratory Standards Institute(CLSI)の判定基準はわが国では1980年代後半に導入され、1990年代の自動分析装置の普及に伴って広まりました。最小発育阻止濃度(MIC)をもとに感性(S)、中間(I)、耐性(R)を判定する基準であり、あくまで治療のための薬剤選択における基準です。CLSIでは近年の耐性菌の多様化と世界的な拡散の状況を反映して頻繁にブレイクポイントを変更しています。
 一方、日本国内の医療機関でもカルバペネム耐性腸内細菌科細菌(CRE)によるアウトブレイクが発生していることから、2014年9月に感染症法施行規則(省令)が改正され、CRE感染症が5類全数把握疾患(国が感染症の発生動向の調査を行い、その結果に基づいて必要な情報を国民と医療関係者に公開することで発生・蔓延を防止すべき感染症、アメーバ赤痢、ウイルス性肝炎など)に指定され、該当する患者を診断した場合には保健所への届け出が義務付けられました。感染症法におけるCRE感染症の届出のために必要な基準が、メロペネムのMIC値が2μg/mL以上またはイミペネムのMIC値が2μg/mL以上かつセフメタゾールのMIC値が64μg/mL以上であることに従って、JANIS検査部門ではCREが分離された患者数を集計しています。一方、JANIS検査部門で各細菌のアンチバイオグラムを作る際は、CLSIのブレイクポイントを使っています。腸内細菌科細菌では、イミペネムおよびメロペネム耐性(R)のブレイクポイントは4μg/mLが使われています。

矢原:これについてはしばしば問い合わせをいただいています。

川上:実は私たちも困っているのです。

柴山:JANISの基準は感染症法に合わせているため、現場でこうした戸惑いが生じているとすれば、参加施設への啓発活動を行う必要があるかもしれませんね。

矢原:これまで限られた人員で啓発活動も行ってきたのですが、周知徹底には至ってません。人員増の必要性を感じています。

筒井:JANIS四半期報・年報のアンチバイオグラムは、前述の通りCLSIに則っており、耐性率についてはそれを見ていただければと思います。ただ、感染症法で定められているように、届け出の対象となるべき患者さんについてはきちんと報告し、アウトブレイクが起きないように管理することが必要ですので、感染症法の判定基準に準じた集計も行っています。JANISの情報を上手く使い分けていただければと思います。

「薬剤耐性(AMR) 対策アクションプラン」におけるJANISの役割

Q4.今年4月に国が策定した「薬剤耐性(AMR)対策アクションプラン」について、また、JANISのかかわりについて教えてください。

柴山:薬剤耐性菌の問題が年々深刻化しているなか、国は今年(2016年)4月に「薬剤耐性(AMR)対策アクションプラン」(National Action Plan on Antimicrobial Resistance)を取りまとめました。これは耐性菌の発生を遅らせ、拡大を防ぐために、医療、介護・福祉、食品、畜産などの分野の従事者への啓発活動、薬剤耐性の発生状況や抗菌薬の使用実態の把握とリスク評価、適切な感染予防・管理などについて2020年までの5年間で実施すべき事項をまとめた行動計画です。
 我々にはJANISをより拡充して、外来部門や高齢者施設入所者についても病原体の薬剤耐性を調査することが必要とされています。

矢原:市中における淋菌耐性についてはディスク法に基づくデータも提出されていますが、JANISにはまだディスク法のデータ集計機能がありません(研究レベルで集計機能の開発を進めている段階)。また、多様な医療施設のデータをどう切り分けて、どう解析するかについては、参加医療機関からの要望を受けて、2015年から都道府県別データを公開しています。

柴山:また、海外のレポートでは、たとえば「血液由来の大腸菌の耐性率」など項目が細分化されているものもあり、こうした海外レポートと比較するうえでも、もう少し細かく分類する必要があるかもしれません。データの精度管理についても、国としてJANISのデータの精度を高めるための研究が必要であり、外部精度管理システムの構想もあります。
 アクションプランではまた、抗菌薬使用量と耐性菌発生の関係の解明を求めています。抗菌薬使用量についての国の事業としてのサーベイランスはまだありませんが、今後、JANISと関連データベースを連携させることで、「この施設はこの抗菌薬を多く使うのでこうした耐性菌が多い」などを明らかにすることが可能になればと願っています。

筒井:抗菌薬使用量と耐性菌発生の関係の解明までは難しいかもしれませんね。仮に抗菌薬の使用量と耐性菌のデータが揃ったとして、耐性菌が原因なのか結果なのかはわかりません。「使用量が減ったとしてもはたして適正使用と言えるのか」、「使用量が増えたのは重症患者が多かったからではないか」など、抗菌薬の増減を見るのであれば、その処方パターンなど中身まで探っていける体制が必要かと思います。

Q5.アクションプランには動物や食品のデータを統合することも盛り込まれていますね。
図	ヒト、動物、食品における耐性菌監視・対策の協働体制である「ワンヘルス・アプローチ」の概念
 図 ヒト、動物、食品における耐性菌監視・対策の
 協働体制である「ワンヘルス・アプローチ」の概念
柴山:耐性菌の伝播経路を断ち切るためには、どの種類の耐性菌がどの経路により、どの程度広がっているのかの生態系を把握する必要があります。わが国では、ヒトについてJANISがあるように、動物についても「動物由来薬剤耐性菌モニタリング(JVARM)」の動向調査・監視体制があり、現在、両者の連携が図られています。食品についても、動物用抗菌性物質の使用による薬剤耐性の食品を介したヒトへの健康影響調査研究の重要性が認識され、地方衛生研究所で収集する食品由来細菌の薬剤耐性データを収集し、JANISやJVARMとのデータ統合を進めることで、「ワンヘルス・アプローチ」(図)の協働体制を築く研究が行われています。

アジア各国で求められているJANISのノウハウ

筒井 敦子先生
筒井 敦子先生
Q6.感染研とJANISの国際貢献についても教えてください。

柴山:アクションプランの目標に国際協力が挙げられています。また、世界保健機関(WHO)は耐性菌対策を重要視して各国にサーベイランスの強化を求めていますが、アジア地域の国の多くが耐性菌サーベイランスを実施できていないのが実情です。このため、インドネシアやベトナムなどでは日本で一定の実績のあるJANISの導入を試みています。

筒井:細菌検査データの管理・解析ソフトであるWHONETにJANISの出力形式をつけることで、アジア諸国でWHONETを使ってデータを出力し、JANISシステムで解析できるようなサーベイランスの構築を試みています。また、アジア諸国では現在もディスク法が主であるため、ディスク法の集計機能をいれたシステムを活用してもらおうと考えています。こうしたことで国際貢献をしていきたいですね。
 国によっては医療体制やサーベイランス方法、データ管理に対する考え方が異なるのですが、これらを克服しながらアジア共通のサーベイランスプラットフォームにしたいですね。JANISほど大量にデータを収集・集計・解析できるシステムは他にはなく、WHONETの開発者も「世界一comprehensive(包括的)なサーベイランスシステム」と言ってくれています。将来的にJANISがグローバルスタンダードになれるように、システムを改善していきたいと考えています。
*厚生労働省院内感染対策サーベイランス事業
(Japan Nosocomial Infections Surveillance: JANIS)
わが国の院内感染の概況を把握し、医療現場への院内感染対策に有用な情報提供を行うことを目的に厚労省が2000年から行っている薬剤耐性菌の分離率や院内感染の発症率に関するサーベイランス事業。検査、全入院患者、手術部位感染(SSI)、集中治療室(ICU)、新生児集中治療室(NICU)の5部門がある。参加医療機関の55%が200~499床の中規模病院であり、全国の約半数が参加している。また、500床以上の大規模病院についても全国の約8割が参加している(2016年1月現在)。特定機能病院、地域医療支援病院の参加率が高いことも特徴の一つ。2014年からは200床未満の医療機関の参加も積極的に呼びかけている。

**還元情報
参加医療機関は自施設のデータを提出すると、還元情報として自施設の薬剤耐性菌分離率や感染症の発生率の経時的推移や集計対象医療機関との比較データを受け取ることができる。還元情報は自施設データの集計・解析結果をそのまま感染対策委員会などで活用できるようになっている。また、検査部門、全入院患者部門、SSI部門では CSVやExcel形式でも還元しており、表計算ソフトやデータベースに読み込んで、独自の表やグラフを作成することもできる。還元情報では、全参加医療機関における分離率や発症率の中央値や最大値、最小値などを箱ひげ図で示しており、自施設が全参加医療機関のなかでどの位置にあるかを確認できる。