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I's eye:細菌性髄膜炎

bacterial meningitis
油断のならない髄膜炎菌性髄膜炎 〜meningococcal meningitis〜
2016年12月発行
掲載内容は、情報誌「Ignazzo(イグナッソ)」発行時点の情報です。

膜炎ベルト CDC/Yellow Bookより引用
膜炎ベルト CDC/Yellow Bookより引用
髄膜炎は脳および脊髄を保護するための膜の総称である髄膜(meninges)に炎症の及んだ状態を指しますが、原因が細菌感染(結核菌感染を含まないa))の場合、細菌性髄膜炎(bacterial meningitis)、別名化膿性髄膜炎(purulent meningitis)と称し、ウイルス感染が原因となる無菌性髄膜炎(aseptic meningitis)と区別されています。
そして細菌性髄膜炎は、初期治療が患者の転帰に大きく影響するために、緊急対応を要する疾患(neurological emergency)の一つとして位置付けられています1)
細菌性髄膜炎の起炎菌としては、肺炎球菌(Streptococcus pneumoniae)、B群レンサ球菌(Group B Streptococcus)、インフルエンザ菌(Haemophilus influenzae)、および髄膜炎菌(Neisseria meningitidis)等が挙げられますが、なかでも髄膜炎菌は大規模な流行性髄膜炎(epidemic cerebrospinal meningitis)の、唯一の起炎菌としてとらえられています2)
本菌による髄膜炎は、本邦では終戦前後4,000を超える報告例がありましたが、現在では年20例にまで減少していますb)
ただし、世界に目を向けるといまだに多くの髄膜炎菌感染者が存在し、特にアフリカ中央部セネガルからエチオピアまでの20数ヵ国(人口4億人以上)一帯を髄膜炎ベルト(meningitis belt)と呼び3)、2014年をみても、髄膜炎ベルト上の19ヵ国における、疑いも含む患者は11,908人で、死者は1,146人を数えています4)
移動が容易となり、髄膜炎ベルトへの渡航とともに、本邦への同地帯からの少なからぬ来訪者も考えられる現在、国内での流行の危険は常に存在するといって差し支えないでしょう。
なお、髄膜炎菌による感染症は、本来菌の存在しない血液、髄液中に菌を認めた場合、髄膜にまで感染が及んでいなくても侵襲性髄膜炎菌感染症(Invasive Meningococcal Disease:IMD)とひと括りに表しますc)

髄膜炎菌(Neisseria meningitidis

淋菌(Neisseria gonorrhoeae)と同じナイセリア属のグラム陰性球菌で、1887年にWeichselbaumによって急性髄膜炎患者の髄液から初めて分離されました5)。卵型の菌体は凹面で向かい合い対をなして双状を呈するので、双球菌ともいわれます。
運動性、芽胞形成能はなく、莢膜多糖体(表在性抗原)の種類によって、現在13種類(A、B、C、D、X、Y、Z、E、W-135、H、I、K、L)の血清型に分類されています2)
起炎菌として分離されるものはA、B、C、Y、W-135が多く、なかでもA、B、Cが全体の90%以上を占めていると報告されていますが、本邦ではBおよびY型と同定されることが多いようです6)。またMLST(Multi Locus Sequence Typing)分類でも、流行を起こす起炎菌は特定のグループに属すると考えられています7)
なお、健常者の鼻咽頭から分離されることもありますが、環境中に存在することはできず、人以外から分離されることはありません。

感染および症状

髄膜炎菌
髄膜炎菌
くしゃみ、咳嗽(がいそう)等が発端の飛沫感染によって伝播し、感染するとまず鼻咽頭炎を発症、さらに菌が血流へ侵入して菌血症を引き起こします(IMDの成立c))。次いで、高熱、関節炎、粘膜における出血等の敗血症症状が現れます。
そうして、血流へ侵入した菌は親和性の高い髄膜に達して病状は髄膜炎に発展、頭痛、吐き気、精神症状、広範囲な点状出血を伴った発疹および項部硬直等の主症状を示すようになり、放置すると数時間で昏睡状態に至ります。
このように髄膜炎を起こした場合は、早急に適切な治療を行わないと、最終的にDICd)を伴ってショック症状を起こし、致死率は概ね100%に達します2)
なお、潜伏期間は3~4日とされていて、適切に抗菌薬投与がなされれば多くの場合治癒しますが、往々にして、脳障害、聴覚障害等の後遺症(永久障害)がみられますc)

検査/病原診断

髄液および血液が主な検査の対象、被検試料となります。
これらから分離培養を行い、グラム染色および生化学的性状等によって菌の存在を確認、特定し、さらに抗菌薬感受性結果を得ることが基本です8)
しかしながら、検体の採取から菌の分離等を経て、菌種を決定(同定)するまでに4日以上を要することになるので、緊急対応のためには、抗菌薬投与(後記)を先行させることになります。
ただし、髄液の遠心沈渣の染色像や迅速検査から得られる情報も、臨床対応上、非常に重要な情報であることに違いはありません。
髄液採取は、患者の安全を第一に考えて、最小限にとどめます。
採取された髄液は遠心して上清と沈渣に分け、沈渣を分離培養用の試料としますが、まずグラム染色を行って菌の有無、形態を観察します。上清は迅速検査用の試料としてラテックス凝集反応、簡易同定検査および遺伝子検査(PCR)に供します8)
迅速検査用の試薬として、PASTOREX メニンジャイティス(ラテックス凝集反応、BIO-RAD) 9)およびGonochek-II(簡易同定キット、EY LABORATORIES, INC.)9)を入手することができます。
なお、PCR法のための手順は本邦でも提示されていますが8)、WHOも含めた国際的に統一されたものはいまだありません。

治療

Penicillin G(PCG)、Ampicillin(ABPC)および第3世代セフェム系抗菌薬を標準治療薬(第1選択薬)、Meropenem(MEPM)を第2選択薬として、また投与期間は7日間とすることが示されています1)
髄膜炎菌性髄膜炎(細菌性髄膜炎)は、初期治療が患者の転帰に大きく影響するため、緊急対応が非常に重要となります。
したがって、感受性試験結果を得るまでは、まだ耐性株の報告がないとされる(耐性の判定基準がない)第3世代セフェム系抗菌薬であるCefotaxime(CTX)またはCeftriaxone(CTRX)を投与10)、もしくはPCGと併用し、CLSIの判定基準に則った感受性試験結果10), e) からPCGまたはABPCに感性であれば、これらに変更して投与を継続することもできます。
なお、併せて新生児を除く乳幼児・学童および成人への副腎皮質ステロイド薬の併用(抗菌薬投与の10~20分前)が推奨されています1)

感染防御

感染を防ぐためにはまずワクチン投与、そして曝露してしまった場合の発症予防には、適切な抗菌薬の投与で対応します。
第一の対応はワクチン
IMDはワクチンで予防できる感染症(Vaccine Preventable Disease:VPD)の一つで、現在以下の、2種類のワクチン接種が可能です11)
●多糖体ワクチン(Meningococcal polysaccharide vaccine: MPSV4)
A、C、Y、W-135群の莢膜多糖体を凍結乾燥した製剤です。
国外では、30年以上にわたって使用されてきた実績がありますが、2歳以下では抗体産生能が弱いので、2歳以上が接種の対象となります4)
1回接種で高い抗体産生能(抗原中和能)が得られますが、減衰も早いことが問題となっています。
●結合型ワクチン(Meningococcal conjugate vaccine: MCV4)
A、C、Y、W-135群の莢膜多糖体を異なるタンパクに結合させた製剤です。
単純な多糖体ワクチンに比べてより高い抗体産生能が得られ、また長期にわたって維持されるので、米国では結合型ワクチンが推奨されています。
結合タンパクにはジフテリアトキソイドが使用されます。本邦でもメナクトラ筋注(サノフィ)の販売が2015年5月に開始され、基本的に任意ですが、投与が可能となりました。
なお、ヨーロッパでは、結合タンパクに破傷風トキソイドを使用した結合型ワクチンも承認されています11, 12)
本邦におけるワクチン接種の対象者としては、髄膜炎ベルト地域およびその他の流行地へ渡航する人がまず挙げられますが、メッカへの巡礼(Hajj)13)、ならびに米国等への留学にあたって接種を求められる場合もあります。
ところで、本邦での分離頻度が高いB群に関してですが、B群の莢膜多糖体はヒトの神経組織に発現する多糖体抗原に類似性が高く、したがってB群多糖体を投与しても抗体の上昇を見込むことができないために、莢膜多糖体単独のワクチンは開発されていません4)
このような理由から、異なるタイプのワクチンとして4種類のタンパク抗原を組み合わせたB群対応ワクチン(非莢膜多糖体ワクチン:4CMenB)の開発が試みられ14)、その有用性の確認の後、2014年にはヨーロッパとオーストラリアで承認を得るに至っています。

髄膜炎菌曝露後の対応は抗菌薬の予防投与

発症者の家族、集団生活の場で身近に発症者があった場合や、髄膜炎菌の曝露を疑われる臨床検査技師等の医療従事者が対象となります。
曝露後予防にはCiprofloxacin(CPFX)、Rifampicin(RFP)とCTRXが用いられています15)。またCLSI文書には、Azithromycin(AZM)の、予防投与のための判定基準が収載されており10)、AZMも予防薬の候補になり得ると考えられます。
なお、髄膜炎菌の曝露があったと思われる場合の、二次発症までの期間は数日と思われるので、予防投与は、保菌の有無の検査結果を待たずに、できるだけ速やかに行われる必要があります。

IMDは、初期症状が風邪に極めて似ていて、鑑別がつかずに対応が遅れると不幸な転帰に至ります。また回復した場合でも、最悪の場合、四肢切断等の永久障害が残ってしまうこともあります。
初期症状から風邪と誤認してしまうと、数時間で急速な悪化がみられた場合は既に手遅れか、回復した場合でも後の障害を覚悟しなければならないかも知れません。
髄膜炎菌が原因の感染症はIMDとして、感染症法では5類感染症に指定され、診断が下されたら直ちに届け出が求められています16)
また、学校保健安全法では学校において予防すべき感染症の第二種の感染症に指定され、病状により学校医等において感染のおそれがないと認めるまで出席を停止できる、と規定されています17)
このように法にも定められ、本邦でも国家レベルではその重要度が認識されていますが、医療従事者を含む一般的な認知度は、現在の発生頻度の低さもあって、決して高いとは言えません。
しかしながら、ますます訪日外国人(インバウンド)の増加がみられる現在、改めてIMD(侵襲性髄膜炎菌感染症)に対する防御を考える時が来ているのではないでしょうか。
Confederation of Meningitis Organizations(CoMO)f) が4月24日を世界髄膜炎デー(World Meningitis Day)に定め、その啓発に努めています。
私たちも、4月24日を記憶に留めましょう。
(文責:武澤 敏行)



a) 標準的神経治療:結核性髄膜炎(日本神経治療学会)
https://www.jsnt.gr.jp/guideline/img/kekkakuseizuimakuen.pdf
b) 侵襲性髄膜炎菌感染症の発生動向、2013年第13週~2014年第52週(NIID 国立感染症研究所)
http://www.nih.go.jp/niid/ja/bac-megingitis-m/bac-megingitis-iasrs/5864-pr4271.html
c) 髄膜炎菌とIMD(IMD情報センター)
http://www.imd-vaccine.jp/whatsimd/page2.html
d) 播種(汎発)性血管内凝固症候群(日本血液製剤協会)
http://www.ketsukyo.or.jp/disease/dic/dic.html
e) 細菌性髄膜炎診療ガイドライン2014にはペニシリンGに感受性(MIC<0.1μg/mL)であれば、と記載。
https://www.neurology-jp.org/guidelinem/zuimaku_2014.html(日本神経学会)
f) http://www.comomeningitis.org/

参 照
1) 細菌性髄膜炎診療ガイドライン2014 (日本神経学会)
https://www.neurology-jp.org/guidelinem/zuimaku_2014.html
2) 髄膜炎菌性髄膜炎とは (NIID 国立感染症研究所)
http://www.nih.go.jp/niid/ja/kansennohanashi/405-neisseria-meningitidis.html
3) Meningococcal Disease (CDC)
http://wwwnc.cdc.gov/travel/yellowbook/2016/infectious-diseases-related-to-travel/meningococcal-disease
meningitis belt (CDC)
http://www.cdc.gov/travel-static/yellowbook/2016/map_3-11.pdf
4) Meningococcal meningitis (WHO)
http://www.who.int/mediacentre/factsheets/fs141/en/
5) MENINGOCOCCAL DISEASE: HISTORY, EPIDEMIOLOGY, PATHOGENESIS,CLINICAL MANIFESTATIONS, DIAGNOSIS, ANTIMICROBIAL SUSCEPTIBILITY AND PREVENTION Manchanda, V., et al., Indian J Med Microbiol 24(1):7-19, 2006
6) 侵襲性髄膜炎菌感染症 2005年~2013年10月 (NIID 国立感染症研究所)
http://www.nih.go.jp/niid/ja/bac-megingitis-m/bac-megingitis-iasrtpc/4176-tpc406-j.html
7) 日本国内で分離された髄膜炎菌株のMLST法を用いた分子疫学的解析 (NIID 国立感染症研究所)
http://idsc.nih.go.jp/iasr/26/300/dj3002.html
http://idsc.nih.go.jp/iasr/26/300/graph/df30021.gif (ST内訳)
8) 髄膜炎菌 N. meningitidis 検査マニュアル (NIID 国立感染症研究所)
http://www.nih.go.jp/niid/images/lab-manual/neisseria_meningitidis_2011.pdf
9) 脳脊髄膜炎起炎菌莢膜多糖抗原キット(A、B、C、Y/W135)
PASTOREX メニンジャイティス
http://www.info.pmda.go.jp/downfiles/ivd/PDF/530492_21000AMY00011000_A_01_02.pdf(BIO-RAD)
Gonochek -II Reagent Tubes(EY LABORATORIES, INC)
http://eylabs.com/product/gonochek-ii-reagent-tubes/#.V142M_mLSUl
http://eylabs.com/wp-content/uploads/media/BCDatasheets_C_10.26/Micro/13-003-25.pdf
10) CLSI判定基準(M100-S26:p111)
http://em100.edaptivedocs.net/GetDoc.aspx?doc=CLSI%20M100%20S26:2016&scope=user
11) 髄膜炎菌ワクチンについて (NIID 国立感染症研究所)
http://www.nih.go.jp/niid/ja/iasr-sp/2258-related-articles/related-articles-406/4151-dj4068.html
12) Prevention and Control of Meningococcal Disease (CDC_MMWR 62(2), 2013)
https://www.cdc.gov/mmwr/pdf/rr/rr6202.pdf
13) メッカ巡礼ワクチン接種(CDC)
http://wwwnc.cdc.gov/travel/yellowbook/2016/select-destinations/saudi-arabia-hajj-pilgrimage
14) A Multi-Component Meningococcal Serogroup B Vaccine(4CMenB): The Clinical Development Program
Miguel O’Ryan, et al., Drugs 74:15–30, 2014
15) 髄膜炎菌感染者の接触者に対する予防内服について (NIID 国立感染症研究所)
http://www.nih.go.jp/niid/ja/iasr-sp/2258-related-articles/related-articles-406/4147-dj4064.html
16) 5類感染症の一部
http://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/kenkou/kekkaku-kansenshou/kekkaku-kansenshou11/01.html
17) 学校で予防すべき感染症
http://www.mext.go.jp/a_menu/kenko/hoken/1334054.htm