第26回 夏は汗で痒くなる…

S君はアトピー性皮膚炎の高校生。一般に男の子は、部活などで忙しくて病院に通うことも難しく、皮ふのお手入れも、なかなか上手にできないことが多いようです。
S君も痒くて痒くてさんざん掻きむしって痛くなってから病院に来て、薬をもらう
→ 一日2回軟膏を塗って、薬を毎日飲んで良くなってくる
→ 面倒になって痒い時にだけ薬を塗る、かゆみ止めの飲み薬はなくなってくる
→ 塗り薬がなくなりそうになる
→ けちけちつけるので痒いところが増えてくる
→ 掻きむしりが増えて血が出たり痛くなったりする
→ 仕方なく病院に来る
といったことを、繰り返していました。
久しぶりに会ったときも夏休み。部活が忙しいので、本当は来る暇はないけれど仕方なく…といった具合でした。

アトピー性皮膚炎の人が、汗をかくと痒くなるのは、掻きむしったところ(=ひっかき傷になっているところ)に塩水である汗がつくから、それが刺激となって、ますます痛痒くなるのだと思っていました。しかし、数年前より、汗で痒くなる人の中に、カビや、カビが生産するタンパク質にアレルギー反応を起こす人がいることがわかってきました。カビといっても、水虫の原因である白癬菌ではなくて、私たちがみんなの毛穴にいるマラセチアという常在菌です。一般にカビは、高温多湿が大好き。汗をかくと、普段は毛穴の奥底に隔離されているカビが増殖し、カビやカビがつくったタンパク質が毛穴の外に運ばれて、反応しやすい薄い皮膚の上でかゆみを起こすというのです。
実はかなり前からカビに対する薬の入ったシャンプーや石鹸が売られていました。シャンプーは、脂漏性皮膚炎という、やはり常在菌であるカビの一種が悪化要因である皮膚炎があるとき、患者さんに勧めていました。

その日、S君の赤く地腫れしてかさかさした顔を見たとき、もしかしたらと思ったので、その石鹸を勧めてみました。石鹸は、もちろん薬そのものではありませんし、すぐに洗い流すものなので、有効成分の数パーセントしか、皮ふのケラチンに結合することはありません。でも、いくら面倒くさがりの男子でも、毎日顔と体は洗うでしょう。その時にこの石鹸を使ってもらえれば、カビの増殖がいくらか抑えられて楽になるかもしれない、と思ったのです。正直、ちょっとでも楽になればいいな…と思っていました。

ところが…一か月後(薬がある間に来た!?)外来に現れたS君を見てびっくり!赤黒くてかさかさしていて、ところどころのひっかき傷にかさぶたができていて…といった顔だったS君の顔色が、ふつうの肌色になっている!?
S君はニコニコしながら、
「いやー、あの石鹸良かったです。楽になりました!」
こちらも、心底びっくり。
「良かったねえ。ちゃんと使ってくれているんだ。良く効いたねえ!」というのが精いっぱいでした。(これまで、結構一生懸命、薬を塗ってください、薬がある間に来院してくださいと何度もお願いしてきたのに、いろいろ考えて処方も工夫してきたのに、石鹸ひとつでこんなに良くなっちゃうの-?!)
(今までの○年間は、何だったのだろう…)私は、S君のことを、本当に診ていたのかなあと、症状だけ見ていただけなんじゃないかと反省しました。

患者さんは、もちろん各々違います。当たり前のことだけれど、全ての人に同じアプローチをしたって、人によってはできないことはできないのです。できないことをして欲しいといっても無理。できることは何か、そこに治療の、良いコントロールの始まりがあるように思います。そこを、より早く見出すには、やはり経験なんでしょうか。まだまだだなあと思います。

S君も、これをきっかけに、上手に塗り薬を使えるようになり、飲み薬もきちんと飲んでくれるようになりました。
あれから数年、その後もきちんと治療を続けてきてくださって、もう前のように赤い顔で外来に来ることはありません。就職して、時々海外出張に行くと、私たちにお土産まで買ってきてくれます!

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