第27回 日本語は難しい…

Sさんは、70代後半の女性。旅先で、大みそかの前日、これから東京に帰るというとき、寒冷地に多いブラックアイスを、氷がとけてできた水たまりと勘違いして踏んでしまい…つるっ… 左大腿骨を複雑骨折してしまいました。救急車で地元の病院に運ばれ緊急入院となり、たったひとりで病院のベッド上で天井を見ながら年越し。年始に手術となりました。大腿骨の芯に長い髄内釘が挿入され、左右から横に差し込まれた何本ものスクリューによって、バラバラになった骨の破片が固定されました。
Sさんは、一か月のリハビリを経て、杖をついて歩けるまでになりました。やっと東京に帰ってきて、さらにリハビリ病院でリハビリ後、退院の運びとなり、高血圧などでフォロー中だった当院に帰ってきました。
最初のうちは、介護保険を使って通所リハビリにも通っていましたが、次第に、左ひざの痛みを訴えるようになりました。近所の大学病院の整形外科にも通っていて、手術から1年ほど経ったとき、「もう骨は十分できたので、スクリューを抜いてはどうか」と、担当の先生に言われたそうです。
「膝を動かすたびに痛いのよ。」と、膝をあまり曲げずに左足を外側に弧を描くようにして歩いているので、
「スクリューが出っ張っているから、筋肉を動かすたびに、当たって痛いのではないですか?大学病院のK先生が、抜きましょうとおっしゃっているなら、大丈夫ですよ。抜いた方が楽になると思いますよ。」と、お伝えしたのですが、
「そうはいっても、手術してくれた先生に、『この釘は、ぬけますか?』ってきいたら、『この釘は、抜けませんよ。』って仰ったのよ。」
「手術した人がそう言ったんだから、抜いちゃいけないのよ。抜いたら、またポキッておれちゃうんじゃないかしら…」
「うーん。レントゲンを見た感じでは、大丈夫そうなんですけどね…」
「やっぱり心配だから、もう少し様子を見るわ…」
といったやりとりを、何度か繰り返している間に、2年経ってしまいました。

Sさんの運動量は、痛みのせいでますます減り、昼間は横になって過ごすことが多くなったようです。そのせいか、左足はもとより、健常な右足もどんどん細くなってしまいました。筋肉が減ったせいで、膝の上に横から入っているスクリューが肌の上からすぐに触われるくらいになりました。
「このままでは、筋肉がどんどん減って、行きたい旅行にも行けなくなりますよ。痛みのせいで、筋トレも十分にできないでしょう。『痛みの原因は、出っ張っているスクリューです』って、大学病院のK先生もおっしゃってたのでしょう?もう、思い切って手術していただきましょうよ!」と、勧めてみました。
Sさんも、考えるところがあったのでしょう。最初に手術をすすめられてから1年後、やっと2泊3日の入院をして、左右から横方向に差し込まれていたワッシャ付き(!)のスクリューを4本抜きました。
術後の腫れは、2か月ほどで収まり、歩くスピードも速くなり、たまに杖も忘れて外出するほどになったSさん、
「やっぱり、抜いてよかったわ。」と、にこにこ。
気晴らしのショッピングや、時間のかかる調理もできるようになり、痛みのせいで高くなっていた血圧もずいぶん下がってきました。

Sさんの体験を振り返って、今になって気づいたことがあります。Sさんは、手術の後、『この釘は、骨が十分できあがったら、抜くことができますか?』という、意味で「この釘はぬけますか?」と、先生に尋ねたのだと思います。
でも、先生は、そうはとらなかった。
「この釘は、抜け落ちてしまわないか?」という意味にとったのではないでしょうか。だから、「この釘は、(簡単に、ひとりでには)抜けませんよ。」と、答えたのではないでしょうか。それをSさんは、「たとえ骨がきちんと出来上がったとしても、釘を抜くことはできないのだ」と、受け取ったのではないでしょうか。

ああ、日本語って難しい。私も、もしかすると、誤解を受けるような返答をしていないだろうかと思いました。きちんと伝えたいことは、別の言葉を使ってもう一度言ったり、言葉だけでなくメモやイラストなど別の表現方法を使ったりして、誤解のないようにしなくてはならないなあと思いました。

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