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特集:今、何故、バンコマイシン耐性腸球菌(VRE)に注目せねばならないのか

東京女子医科大学感染症科 講師 菊地 賢
2004年発行
掲載内容は、情報誌「Ignazzo(イグナッソ)」発行時点の情報です。


はじめに

 バンコマイシン耐性腸球菌(vancomycin-resistant enterococci: VRE)は1986年イギリスで新たに出現した耐性菌である1)。腸球菌はもともとβラクタム剤やクリンダマイシン、エリスロマイシンなど様々な薬剤に耐性を示し、バンコマイシンがほとんど唯一の治療手段であった。このため、VREの出現は「治療の手立てがない」ことを意味していた。2002年7月5日発行のCDCの週刊誌、Morbidity Mortality Weekly Report(MMWR)の表紙を飾ったバンコマイシン耐性メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)の出現レポートは更に世界を震撼させた2)。vanAが黄色ブドウ球菌に伝達しうることは既にNobleらが証明しており3)、臨床現場での出現が危惧されていたのだが、それが奇しくも現実のものとなったのである。腸球菌に比べれば黄色ブドウ球菌の病原性は遥かに強い。しかも、MRSAの治療手段として、使用できるバンコマイシン、我が国のMRSAの蔓延状況を考えると、バンコマイシン耐性MRSA: VRSAが国内で発生したらどうなるであろうか。MRSAの治療手段としてバンコマイシン、テイコプラニンは使用できなくなる。我々には今1980年代後半に我が国を襲ったMRSAパニックと同様の「治療薬がない」状況が突き付けられようとしている。本項ではVREの実態と我々に課せられた課題解決への糸口について述べてみたい。

VREのバンコマイシン耐性機構

 バンコマイシンは1954年に発見、1958年に臨床導入されたグラム陽性菌に広域なスペクトラムを示すグリコペプチド系抗生物質である1)。バンコマイシンはペプチドグリカン前駆体のD-alanyl-D-alanine末端に結合し、細胞壁合成を停止させることにより溶菌を引き起こす1)
 VREではバンコマイシンの標的部位となるペプチドグリカン前駆体末端はバンコマイシンの結合親和性の低下したD-alanyl-D-lactate(VanA,VanB,VanD)かD-alanyl-D-serine(VanC,VanE,VanG)となっている1)。VREのペニシリン結合タンパク(penicillin binding protein: PBP)は末端の変化したペプチドグリカン前駆体も認識できるため、正常な細胞壁を合成することができる。
 VREのバンコマイシン耐性には現在、VanA,VanB, VanC, VanD,VanE,VanGの6タイプが報告されている1,4)。VanAはバンコマイシン、テイコプラニン耐性、VanBはバンコマイシン耐性、テイコプラニン感受性と言われてきたが、VanAにもテイコプラニン感受性株が、VanBにもバンコマイシン、テイコプラニン耐性株があり、MICでどのタイプかを決めることは不可能である1,4,5)。VanAタイプのVREではバンコマイシンのMICは高いが、VanBタイプのVREには一見、感受性と判断されるレベルから高度耐性まで様々なMIC分布を示す1,5)。即ちVanBタイプのVREでは、しばしば日常の感受性試験ではVREであることを見逃す可能性があり、注意が必要である(後述)。
 VanDは1997年に新たに発見されたバンコマイシン耐性である1)。その遺伝子vanDvanA,vanBと69%の相同性を持つが、少なくとも接合伝達は認められない。VanA,VanBと異なり、耐性は構成型である。アメリカ、カナダ、ブラジル、韓国から数株が分離されている1)
 一方、VanCは元々当該菌種(Enterococcus gallinarum: VanC1, Enterococcuscasseriflavus: VanC2, Enterococcus flavescens: VanC3)が全て保有するバンコマイシン耐性(自然耐性)であり、バンコマイシン耐性の伝達は認められていない1)。当該菌種はヒト常在菌として腸管内からもしばしば分離され、バンコマイシンへの耐性度は低く、他の多くの薬剤に感受性を示す1)。このため、VanA,VanBタイプVREとは異なり、感染症を起こしたとしても治療に難渋することは少なく、また、耐性遺伝子が水平伝播することもないため、院内感染対策上あまり重要ではない1)。バンコマイシンへの耐性度が低いのはVanCのつくり出すD-alanyl-D-serineへのバンコマイシンの親和性がある程度残っているからである1)。同様にVanE, VanGタイプVREもバンコマイシンへの耐性度は低い1)

VRE出現の背景

 腸球菌はその名の示すように腸管の常在菌叢の一部を形成するカタラーゼ陰性グラム陽性球菌で、従来はStreptococcus属の一部とされていたが、DNA相同性、16S ribosomal RNA配列解析などからEnterococcus属として独立して分類されるようになった。臨床では主に尿路系、胆道系から分離され、しばしば敗血症、感染性心内膜炎の起因菌となっている1)。分離される頻度の高いものはE.faecalisで、E. faecium, E. aviumがこれに次ぎ、その他の菌種は稀である
 腸球菌は種々の抗生物質に対して耐性を持つものが多く、第3世代セフェム剤の導入された1980年代に入ってから多剤耐性菌による院内感染があちこちから報告されるようになった1)。中でもE.faeciumは病原性がE.faecalisに劣るものの、多剤耐性を示すことから、バンコマイシン耐性遺伝子の受け皿となった1)。腸球菌は腸内の常在菌であるため、これらの院内感染は便を感染源とする例が多く、医療従事者の手や汚染された病院環境の関与も指摘されている1)。また、腸球菌は多くの家畜、ペット動物の腸管にも常在し、下水道やその処理施設からも検出されるため、耐性菌が出現した場合には急速に市中に拡がることが予想される。VREは、このような状況下で、MRSAなどを対象としたバンコマイシンの使用が急速に増大した影響で出現してきたものと考えられている。

何故、今VREに注目せねばならないのか

 CDCの報告によると、アメリカ合衆国では1989年VREは腸球菌全体の0.4%に過ぎなかったものが1995年には10%に到達している。現在VREの分離率はICUなどから分離される腸球菌の30-40%程まで上昇していると想定されている。アジアでも韓国での分離率が病院によっては10-15%に及ぶ事態となっている。我が国でのVREの分離率は未だ0.1%以下と低いが、ある日突然MRSAのように急速に全国へ広がる可能性は十分にある。
 また、VREは院内感染のみならず、VREの蔓延している病院と関係がみられずバンコマイシンを使用したことのない健常人や、犬猫などのペット、家畜の糞便、下水道、スーパーマーケットの店頭に並んだ肉類など多彩な場所からも検出されている1)。特に家畜では飼料添加用成長促進剤としてバンコマイシンと交差耐性のあるグリコペプチド系抗生物質アボパルシンが用いられていたこととVRE汚染の関連が指摘され1)、家畜へのアボパルシン使用は中止された。また、多くの分子疫学的解析からも院内で検出されるVREはMRSAなどに比べても相当な多様性を持っていることが報告されている1)。MRSAと異なり、vanA, vanBは容易に他の菌に水平伝播しうるからである。VREのバンコマイシン耐性遺伝子は既にStreptococcus bovis, Arcanobacterium haemolyticum, Cellulomonas turbata, Bacillus circulansなどから検出されており、実験的にはListeria monocytogenesそしてStaphylococcus aureusにすら伝達される1,3)。冒頭で述べたように、最悪のシナリオは現実となった2)。このVRSAはアメリカ、ミシガン州の糖尿病、高血圧、慢性腎不全の40歳女性患者の透析用の血管カテーテルと下肢の潰瘍から検出された2,6)。この株はNew York/Japan cloneと呼ばれる我が国を席巻しているMRSAと同タイプであり、vanAを含むバンコマイシン耐性遺伝子群(Tn1546)はこのMRSAが元々保有していたplasmid上に挿入されていた7)。その後、ペンシルベニア州で検出された2例目のVRSAもこのNew York/Japan cloneであることが明らかにされた8)。このことは、もし、我が国のVREが急速に蔓延した場合には、同じようなVRSAが出現する可能性は十分ある。MRSA制御の難しさはよく御存知の通りで、VRSA出現を水際で防止するためには何としてもVREの蔓延を防ぐ必要がある。
 VREは多くの場合、腸管などに無症候性保菌者として保持されている。しかし一旦感染症を発症すれば死亡率は50%以上と高い1)。保菌者となるリスクはグリコペプチド系や特に嫌気性菌に対する抗菌活性を有する抗生物質の使用、重篤な基礎疾患、長期入院などが挙げられ、これらの抗生物質の使用制限が勧められている1)。バンコマイシンの使用制限はVRE減少へつながったとする報告がある1)。VRE感染症治療に有効な薬剤として、リネゾリド、シナシッドが上市され(我が国は今の所、リネゾリドのみ)ているが、リネゾリド、シナシッドでは既に耐性菌の報告がある。中でもシナシッド耐性は鶏の飼料に発育促進剤として添加されている抗生物質、バージニアマイシンの耐性と交叉耐性を持つため、アボパルシン同様にVREを広める可能性が示唆されている。実際、我々が日本、韓国で分離されたVRE(E. faecium)に関して調査したところでは既に20%, 16%の耐性が見られた5)。今後、我が国にVREを広めないためには、ヨーロッパ同様にバージニアマイシンの飼料添加禁止などの措置を考慮する必要があろう。

VREアウトブレイクへの対応

 我が国ではVRE感染症は感染症法にて5類感染症に指定されており、2003年2月現在までに155例の分離が厚生労働省に届けられている。この中には長野県、及び秋田県のVanBタイプVREの集団発生も含まれている1)。既に我が国でも相当数のVREが浸透している可能性が高い。水際でVRE伝播を防ぐためには、VREがまだ検出されていない病院であっても、VREの発生を監視していく必要があると考えられる。VREの殆どは腸管内の無症候性保菌者なので、感染リスクの高い患者の入室している病棟、NICU, ICU, 血液悪性疾患病棟などで入院患者の糞便を対象にスクリーニングを実施すべきであろう。VRE保菌者ないし感染者が発生した場合には当該患者の入っている病棟患者と、場合によっては医療従事者を対象に行うのが効率的であろう。
 この際、ターゲットにすべきなのは、伝達性のあり、各国で急速に広がっているVanA, VanBタイプVREである1)。ところが、現在のEnterococcosel培地に代表されるbile-esculin反応を指標とする選択培地では健常人腸管内にも多数常在しているVanCタイプVREをVanA, VanBタイプVREと区別することが出来ない。また、バンコマイシン自然耐性を示すLactobaillusPediococcus, Leuconostocなどのbile-esculin反応陽性を示すヒト常在乳酸菌とVREとの区別が困難である1)。このため、この培地を用いて実際の臨床検体からVanA, VanBタイプVREを検出するためには甚大な労力を要求され、しかも見逃される公算も大きかった1)。我々はこの点を改良する全く新しい培地を開発した(国内、国際特許出願中、日本BDより発売)9,10)。また、VREのうちVanBタイプVREにはバンコマイシンのMICの低い株が存在し、その一部はバンコマイシン入りEnterococcosel培地では増殖できない。このようなVREでもD-alanyl-D-alanine ligaseを強力に抑制し、D-alanyl-D-lactate ligaseの十分な誘導をかけることができれば、バンコマイシン低感受性—感受性のVanBタイプVREに対するバンコマイシンのMICは上昇する。そこでD-alanyl-D-alanineligaseを抑制するD-cycloserineとD-alanyl-D-lactate ligaseの基質であるD-lactateを培地に加えることにより、VanBタイプVREとVanCタイプVREの分離に成功した9)。この培地はMRSA screening寒天でMRSAの診断をするように、日常検体のVREの判定(増殖できればVanA, VanB, VanDの存在を示唆する)に用いることも可能で、臨床上問題となるVanA, VanBタイプVREを簡便に検出できる9)
 この培地には糞便中からのVRE検出のためにVRE以外の菌種を抑える選択剤が加えられているため、腸管常在菌はLactobacillus, Pediococcus, Leuconostocも含めてほとんど生えない10)。またbile-esculin反応を腸球菌の指標としないため、培地自体に色がつかない。VREのコロニーはピンクー茶色を呈するため、釣菌が容易でスクリーニングに適した培地である。この培地を用いたスクリーニングは極めて容易なものとなる。この培地は日常検体から検出された腸球菌のバンコマイシン耐性の確認と糞便などからのVREのスクリーニングの両者に用いることが出来、非常に有用である9,10)
 保菌者、感染者が発見されれば、厳格な標準予防策、接触予防策が必要となる。ほとんどは腸管に存在するので、特に糞便の処理や付着した衣類を扱う時の注意が必要である。院内感染対策委員長などの管理者に報告し、迅速な感染拡大防止策を取る。感染症を起こしている場合には、治療と共に、保健所への届出を行う。患者は個室隔離とし、同じ病棟、移動した病棟の患者さんの糞便検査を行い、感染拡大範囲の特定を行う。伝播が全病棟に及んでいるような大規模な発生に至っていた場合には、医療従事者の保菌調査も考慮する。患者・家族への対応・指導は重要で、保菌状態の説明、個室隔離の必要性、治療方針などを具体的に説明する。VREの保菌者対策で問題となるのは、確実な除菌方法がないことである。現時点では保菌者を囲い込んで、VRE感染のハイリスク患者さんにVREを伝播させないことしかできない。できれば陽性患者を看護するスタッフはグループ化する。陽性患者が除菌できずに退院される場合には、保菌が長期に渡る可能性が高いこと、健常者に感染症を起こす可能性はほとんどないこと、家庭での手洗い方法、などをきちんと伝え、家族の不安を除き、指導する。パニックにならぬよう職員への啓蒙が必須である。VREが発生しない状態でも、発生した場合の対策マニュアルを整備しておくことが重要である。

おわりに

 我々に課せられているのは大事件になってから騒ぐ我が国の悪い習慣を繰り返さず、VREの、そしてVRSAの発生を如何に水際で防止するかである。VREがMRSAの二の舞いにはならぬよう願ってやまない。

資料

1)菊池賢: II.病原菌はどのように耐性を獲得したか?どのくらい蔓延しているか? 6. バンコマイシン耐性
1)VRE. p.64-68, 耐性菌感染症の理論と実際 改訂2版(平松啓一編). 医薬ジャーナル社,東京,2002.

2)Centers for Disease Control and Prevention.
Staphylococcus aureus resistant to vancomycin-UnitedStates, 2002.
Morb. Mortal. Wkly. Rep. 51:565-567, 2002.

3)Noble, W. C., Virani, Z., Cree, R. G.: Co-transfer of vancomycin and other resistant genes from Enterococcus faecalis NCTC 12201 to Staphylococcus aureus. FEMS Microbiol. Lett. 72:195-198, 1992.

4)菊池賢, 鵜沢豊: VREの検出法. 化学療法の領域17:878-883,2001.

5)Uzawa, Y., Kikuchi, K., Totsuka, K., Kim, M., Rheem, I., Kim, J., Hanzawa, Y., Ohkawa, S.: Antimicrobial susceptibility patterns of 12 antimicrobial agents including linezolid and quinupristin/dalfopristin against glycopeptide-resistant enterococci in Japan and Korea. Abstract of the American Society for Microbiology 103rd General Meeting, A-146, Washington D.C., USA, 2003.

6)Chang, S., Silvert, D. M., Hageman, J. C., Boulton, M. L., Tenover, F. C., Downes, F. P., Shah, S., Rudrik, J. T., Pupp, G. R., Brown, W. J., Cardo, D., Fridkin, S. K,: Infection with vancomycin-resistant Staphylococcus aureus containing the vanA resistance gene. N Engl. J. Med. 348:1342-1347, 2003.

7)Weigel, L. M., Clewell, D. B., Gill, S. R., Clark, N. C., McDougal, L. K., Flannagan, S. E., Kolonay, J. F., Shetty, J., Killgore, G. E., Tenover, F. C.: Genetic analysis of a high-level vancomycin-resistant isolate of Staphylococcus aureus. Science 302: 1569-1571, 2003.

8)Tenover, F. C., Weugel, L. M., Appelbaum, P. C., McDougal, L. K., Chaitram, J., McAllister, S., Clark, N., Killgore, G., O’Hara, C. M.,Jevitt, L., Patel, J. B., Bozdogan, B.: Vancomycin-reistant Staphylococcus aureus isolate from a patient in Pennsylvania. Antimicrob. Agents Chemother. 48:275-280, 2004.

9)Kikuchi, K., Uzawa, Y., Totsuka, K., Hanzawa, Y., Ohkawa, S.: A novel method to differentiate VanA, VanB from VanC glycopeptide-resistant enterococci by induction of glycopept de-resistance using D-cycloserine and DL-lactate. Abstract of the American Society for Microbiology 102nd General Meeting, C-97, Salt Lake City, Utah, USA, 2002.

Uzawa, Y., Kikuchi, K., Ogi, M., Totsuka, K., Hanzawa, Y., Takahashi, H., Ohkawa, S.: A novel selective medium for screening for VanA and VanB glycopeptide-resistant enterococci in feces. Abstract of the American Society for Microbiology 102nd General Meeting, C-301, Salt Lake City, Utah, USA, 2002.