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I's eye: 院内感染とESBL

基質特異性拡張型β-ラクタマーゼ
2004年発行
掲載内容は、情報誌「Ignazzo(イグナッソ)」発行時点の情報です。


小悪魔ペニシリナーゼ、どう猛なならず者ESBL
 感染症とは、細菌やウイルスなどの病原体が身体の中に侵入して増殖し、発熱、下痢、咳などの、炎症性の反応を引き起こすことを言い、肺炎や結核などのように人から人にうつるものと、動物や昆虫から、あるいは傷口から感染する破傷風、ツツガムシ病などがあります。また、人混み、雑踏など外での感染を市中または市井(しせい)感染、そして病院内での感染を院内感染と言って、感染の“場”によっても区別しています。

 特に、抵抗力の落ちた易感染性宿主と呼ばれる人の集まる病院内では、健康な人には病原性を示さないような菌であっても感染を引き起こしてしまうことがままあり、それが大きな問題となっています。

 院内感染を引き起こす代表菌種としてMRSAや、耐性緑膿菌などがしばしば話題となりますが、今回は新たに問題となりつつある菌「ESBL産生菌」に絞ってお話ししたいと思います。

 近年、欧米を中心にESBLと呼ばれる強力なβ−ラクタマーゼを産生する菌の存在が、その汚染の広がりと共に報告されるようになり、日本でも問題となりつつあります。

 β−ラクタマーゼは細菌の産生する酵素の一種で、β−ラクタム系と称する抗菌薬を基質として、これを分解することによってその抗菌活性を消滅させ、抗菌薬の効かなくなった菌である耐性菌の、耐性を担う重要な機構の一つと言われています。

 β−ラクタマーゼは抗菌活性(菌を殺したり勢いを弱めたりすること)を消滅させる酵素ですので、従って、これを産生する菌は、β−ラクタム系抗菌薬、例えばペニシリン系抗菌薬に耐性を獲得している菌である、と言えるわけです。

 さて、β−ラクタム系抗菌薬にはペニシリン系、セファロスポリン(セフェム)系、セファマイシン系、モノバクタム系、及びカルバペネム系などがあり、そのどれも分子内にβ−ラクタム環を共通して持ち、これが抗菌活性を担っています。つまり、β−ラクタム環が壊れれば抗菌活性は失われ、病原菌を殺滅、除去することができなくなります。β−ラクタマーゼは正にこのβ−ラクタム環を破壊する酵素のことで、人類は数十年来これと戦い続けています。

 β−ラクタマーゼは、ペニシリン(ベンジルペニシリン)が使用され始めた1940年代初めには既に存在が確認され、その後の詳細な検討によって遺伝子レベル、分子/タンパクレベルでの分類、性状に関する報告が、現在までに数多くなされています。

 もちろんこのような分解酵素に遭遇して以来、人類もただ手をこまねいて見ていた訳ではありません。対抗すべく、強力かつ分解されにくい安定な抗菌薬(第3、第4世代セファロスポリン系やカルバペネム系等)を開発してきたことは、周知の通りです。

 ただこのようなものを手に入れてしまいますと、どうしても安易に使用されるようになり、必然的に、さらに強力なβ−ラクタマーゼを産生する菌の出現を招くこととなりました。その代表と言えるものの一つがESBL(Extended Spectrum Beta Lactamase: 基質特異性拡張型β-ラクタマーゼ)産生菌で、欧米を中心に、10年以上前から院内感染の原因菌の一つとしてその汚染が大きな問題となり1)、肺炎桿菌の多くがSHV型(アメリカ,1990-93年)、TEM3型(フランス,1995年)ESBLを産生しています。また、日本でもその重大さが認識されるに到っています2、3)

 ESBLは、ペニシリナーゼに属するβ−ラクタマーゼがその基質分解範囲を拡大したものであり、もともと第3、第4世代のセファロスポリンを分解できなかったのに、これを分解するようになって、強力なセファロスポリナーゼのように振る舞う“ペニシリナーゼ”を指します。

 ところで、この新しいβ−ラクタマーゼであるESBLは第3、第4世代のセファロスポリン系、及びアズトレオナムを分解しますが、感受性試験では、臨床効果はないのに、あたかも感性であるかのような結果を往々にして示します。ESBL産生菌はβ−ラクタマーゼ阻害剤との合剤、セファマイシン系、及びカルバペネム系を分解しませんので、むやみに恐れることはありません。しかし、感受性試験結果に頼って抗菌薬の投与を試みると適切に除去されず、不幸な転帰に到ることもあるのです4)

 MRSAや緑膿菌のみならず、ESBL産生菌の、ICUなどでの汚染が先進各国で指摘されるようになりました。また日本では、メタロ-β−ラクタマーゼ産生菌の広がりという厄介な問題も抱えています。

 そこで、抗菌薬投与にあたっては必ず感受性試験を実施することや、ESBL産生菌検出のための確認試験を実施することなどによって、これ以上の汚染を防ぐとともに、感染を防ぐ手だても各施設で取られつつあります。このように現実を直視して地道な対応がなされつつあることは喜ばしいことです。今後も、患者さん第一で院内感染対策が進められることを切に望み、また拙文も参考となることを祈って、筆をおくことにします。

参考資料

1)Johns Hopkins HEIC(Healthcare Epidemiology & Infection Control)
http : //www. hopkins-heic. org/infectious_diseases/esbl. htm

2)感染症研究所(耐性菌情報)
http : //idsc.nih. go. jp/ddrug/bdd201/dd2351. html(国内で検出されるESBLの分離頻度)

3)Ishii,Y., et al. Antimicrob. Agents Chemother. 39 : 2269-2275,1995

4)Paterson, David L., et al.J. Clin. Microbiol. 39(6): 2206-2212,2001