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I's eye: 進化するインフルエンザウイルス

2009年9月
 インフルエンザは古来、シハブキヤミ(咳病、咳逆)と呼ばれ、平安朝時代からその流行についての記録があります。
 また江戸時代には流行の際、お駒風、谷風、お七風など時の有名人の名前が付けられたこともありました。そしてヨーロッパ大流行の時期(1729〜1730年)には日本でも流行し、鎖国下でも世界的な大流行に巻き込まれていたことが見て取れます。
 我々の強い記憶としてあるインフルエンザとしては、1918年3月に米国内の軍事キャンプを第一波が襲い、更に9月から11月にかけて発生した第二派が世界を席巻して罹患者6億人、死者2,300万人以上(時の世界人口は20億人)を出した別名スペインかぜがあります。ところで流行の命名は国名、地域の名を冠しますが、これは発生した土地を意味せず流行した土地を意味します。
 インフルエンザの感染、伝播はインフルエンザウイルスによってなされますが、特にA型が大流行(パンデミック)を引き起こすことは良く知られています。このA型ウイルスによる大流行は数十年単位で何の前触れも無く突然発生し、過去3回の大流行は1918年、1957年、1968年に起きました。


 では、何故この様に断続的な大流行が起こるのでしょうか?
 インフルエンザウイルスはエンベロープ(直径80-120nm)に覆われた球形のウイルスで、粒子内部には直接メッセンジャーRNA(mRNA)とはならない8 分節したRNA、及びA、B、Cの型を担う核タンパク(NP)、並びに膜タンパク(M1)などを持っています。

 また表面には感染を担うHA(ヘマアグルチニン)、及び感染細胞から離脱する際に機能するNA(ノイラミニダーゼ)がスパイクのように現われています。
 A型インフルエンザウイルスのHA、NAには型があって、その抗原性の違いでHAは16種類(H1 〜 H16)、NAは9種類(N1〜N9)の亜型に、分類されます。
 さてインフルエンザウイルスは抗原変異を頻繁に繰り返すウイルスとしてよく知られていますが、変異には抗原連続変異(antigen drift)と抗原不連続変異(antigen shift)の2種類があり、特に大きく抗原性の変わる抗原不連続変異は大流行の原因となって問題視されることになります。
 A 型インフルエンザウイルスは動物種ごとにHA、NAの色々な亜型の組み合わせを持っており(例えばトリ:H5N1、ヒト:H1N1など)、亜型によって動物種ごとの細胞への親和性、すなわち感染のし易さの異なることが分かっています。

 例えばトリの主な亜型H5N1 はヒトに、またヒトの主な亜型で季節性インフルエンザを担っているH1N1 はトリに感染し難いと考えられます。
 これは細胞表面に存在するウイルスレセプター(HAが結合)であるシアル酸の構造の違いに由来しトリとヒトでは構造が異なりますので、それが亜型ごとの感染のし易さ、し難さとなって現れます。ところが動物種によってはトリ型、ヒト型両方が容易に感染する場合があり、その問題となる種がブタと考えられています。
 インフルエンザウイルスのゲノムRNA は8分節していますが、それぞれの分節RNA(1〜8)で、コードされているウイルスタンパクが異なっています。
 通常は一種類のウイルスしか感染しないので、RNA が複製に伴っての小規模な変異である抗原連続変異は起こり得ますが、大規模な変異である抗原不連続変異は起こりません。
 しかし、同一の個体(ブタ)の同一細胞に亜型の異なる2種類以上のウイルスが重複感染すると体内(細胞内)で分節したゲノムRNAのシャッフルが起こり、RNAがランダムに組み合わさった全く新しいタイプのウイルスの出現、すなわち抗原不連続変異の可能性が高まることになります。
 またブタはヒトのロシアかぜ、香港かぜに類似のブタインフルエンザH1N1、及びH3N2に感染し、これらが更にヒトへ感染を起こす可能性があります。そして、今まさに感染を引き起こしているブタ由来新型インフルエンザがこれにあたる訳です。
 ところで、HA には5個(A〜E)のエピトープ(抗体が結合する抗原決定基)があって、エピトープの変異が進むと、異なった亜型へ変わることになります。
 変異を繰り返した結果、現在のような亜型(H1〜H16)が獲得され、NA の変異(N1〜N9)も相まって、A型インフルエンザウイルスの多くの亜型が種々の動物種に分布するに至りました。
 多くの種々の亜型が存在すると言うことは、トリ、ヒト由来の共通の宿主になり得るブタが、新型の供給元になり得る可能性を常に秘めているということでもあります。
 さて、感染が疑われる場合は迅速検査キットを使用して、先ずの簡易検査を行います。
 迅速検査キットは複数のメーカーから提供されており、ウイルスの型を担う、核タンパクに対する抗体を用いたイムノクロマト法によるものが主流です。
 核タンパクに対する抗体を使用していますので、感染ウイルスの型を簡便、迅速に観ることができます。しかし確定に至る訳ではありません。
 また、HA、NAの亜型は分かりませんので、季節性、新型など最終確認のためには、PCRなどで核酸を増幅後その配列を観る必要があります。
 核酸を簡単に増幅、確認できるとは言え、対応する試薬、機器の使用と共に、結果を得るまで数時間は必要ですので、多数の検体を同時に処理することは難しいのが難点です。
 ところで、まだ検査試薬としての提供には至っていませんが、遺伝子(塩基配列)レベルでの迅速検査法も確立されつつあるようです。
 PCRとは異なる等温増幅による検出方法の一つで、変異による差も確認が可能ですので、迅速検査法の一つとして、今後の進展を注視したいと思います。
 インフルエンザウイルスの感染に備えるためにはワクチンの投与が有効ですが、HAのエピトープの変異が進むと既存ワクチンの効果が弱まる、または全く効果の無くなる可能性があります。
 ワクチンの効果が見込めない、また新型に対応するワクチン供給がなされない時の、感染時の対応として抗インフルエンザ薬の投与がなされます。
 ワクチン投与による感染への備え、感染を疑われる場合の簡便な確認方法、そして感染が明らかとなった場合の治療薬剤とわれわれは色々な手段を得ていますが、インフルエンザウイルスも変異、すなわち進化を止めていません。現に新型インフルエンザが世界に広がろうとしています。
 インフルエンザウイルスとの戦いは続きます。油断することなく、英知を絞ってこの危機に向かっていかなければならないことを、皆さんと再確認したいと思います。

参考文献、URL

診断と治療88(12)、2000
インフルエンザ1(1)、2000-10
http://www.dnaform.jp/smartamp/smartamp/index.htm
(文責:日本BD 武沢敏行)