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特集:基質拡張型β-ラクタマーゼ

(Extended Spectrum β-lactamase, ESBL)
2009年9月発行
掲載内容は、情報誌「Ignazzo(イグナッソ)」発行時点の情報です。

2009年9月

中村 竜也 先生

関西医科大学附属枚方病院
臨床検査部

【略歴】
2006年1月 関西医科大学附属枚方病院、細菌・遺伝子検査室 主任
2007年1月 ICMT 取得
2008年3月 大阪大学大学院 医学系研究科 保健学専攻、生体情報科学講座 博士後期課程修了
2008年10月 関西医科大学附属枚方病院 感染症管理部 兼務
図1 β-ラクタマーゼの分類(Ambler)
図1 β-ラクタマーゼの分類(Ambler)
図2 ESBL産生菌(大腸菌)の薬剤感受性パターン
 日常よく使用される抗菌薬にペニシリン系やセフェム系といったβ-ラクタム系薬がある。
 それらを加水分解して薬剤の効果を低下させる酵素にβ-ラクタマーゼがあり、酵素の種類から、classA〜Dに分類される(Amblerの分類:図1)。酵素の種類で分解できる抗菌
薬が異なり、ESBLはclassA β-ラクタマーゼに属する。
 本来クラスA β-ラクタマーゼは、β-ラクタム系薬の中でも主にペニシリン系薬の分解が可能であるが、遺伝子の変異によりペニシリン系薬のみならず、広範囲のセファロスポ
リン系薬も分解できるようになった酵素がESBLである(図2)。そのため、ESBL産生菌感染症には通常ペニシリン系薬やセファロスポリン系薬、モノバクタム系薬は無効と考えなければならない。
 また、ESBL産生遺伝子は菌種を越えて伝達可能(例えばE. coliからK. pneumoniaeに伝達)なプラスミドといわれる遺伝子上に存在する。そのため、様々な菌種にESBL産生遺
伝子が伝播していく可能性があり、早期発見・早期対策が重要である。現在、特に問題となっている菌種はE. coli、K.pneumoniae、およびP. mirabilisである。

ESBL 産生菌の疫学

図3 近畿地区におけるESBL産生菌の検出率と検出菌の割合
 ESBL産生菌が発見された当初は、欧米を中心に高い検出率が見られ、特K. pneumoniaeによる重症院内肺炎が問題であった。
 その遺伝子型もTEMやSHVといったいわゆる欧米型といわれる型の報告例が多く存在した。一方、日本ではTOHO型(現在のCTX-M型)といわれるESBL産生菌が報告され、遺伝子型の分布においても欧米と日本では相違があった。現在では、欧米においても外来患者由来E. coliを中心にCTX-M型が多く報告されるようになっている。
 近年、ESBLによる感染症は世界的にも増加傾向にあり、大規模サーベイランスの結果から、E. coliの10%、K.pneumoniaeの17%がESBL産生菌であったと報告されている。日本におけるESBL 産生菌の検出率はE. coli やP.mirabilisは高いが、K. pneumoniaeは現状では低く、世界的な動向とは若干異なると考えられる。
 近畿地区におけるサーベイランス(2008年11月〜2009年4月)でもE . coli 7.5%、K. pneumoniae 2.2% 、P. mirabilis 12.8%の検出率であった。また、10年間(2000〜2009年)の推移をみても0.13%から5.96%と検出率が上昇している(図3)。
 外来・入院別では、外来23.3%%、入院77.7%と入院で多く検出される傾向にある。しかし、近年外来においても検出率が上昇し(特にE. coli)、ESBL産生菌の市中への拡散が懸念される。一方で、K. pneumoniaeP. mirabilisは入院で多く検出される傾向にあり、院内における拡散への監視に重点を置く必要もある。
 材料別では、尿からの分離頻度が最も高いが、近年、血液培養から検出されるケースも増加しており、感染対策だけでなく、治療薬選択にも大きな影響を及ぼすと考えられる。これら増加の背景には、抗菌薬適正使用によるESBL産生菌に有効なカルバペネム系薬の使用減少や、市中感染における経口第3世代セファロスポリン系薬、およびキノロン系薬の使用増加が考えられる。また、ESBL産生遺伝子が伝達可能なプラスミド上に存在するため、さらに拡散スピードが速くなっていることも考えられる。

ESBL 産生菌の検出

図4 ESBLの検査法(CLSI法)
図4 ESBLの検査法(CLSI法)
 通常、E. coliK. pneumoniaeはペニシリン系薬を除くほとんどの薬剤に感受性(S:Susceptible)を示す。ところが、ESBL産生菌であればセファロスポリン系薬(例えばセフタジジムやセフォタキシムなど)にも耐性(R:Resistant)を示し、本来の薬剤感受性と異なることからESBL 産生菌を疑うことができる。
 Clinical and Laboratory Standards Institute(CLSI:米国臨床検査標準委員会)がESBL検出方法を提唱しているため、その基準と照らし合わせることが重要である(図4)。CLSI基準を満たしている場合にはESBL 産生菌を疑い、感染対策を早期に施す必要がある。

ESBL 産生菌に対する治療薬選定

 ESBL産生菌の場合にはセファロスポリン系薬に感受性があったとしても、治療上無効と考えなくてはならない。ゆえに、カルバペネム系薬を中心とした治療になる。また、セフェム系薬の中でもフロモキセフやセフメタゾールなどのセファマイシン系薬には感受性を示す場合があり、有効となる可能性があるが、十分なエビデンスがあるわけではないので使用にあたっては注意が必要である。
 一方、全く耐性機序の異なるアミノグリコシド系薬やニューキノロン系薬も治療薬の対象になるが、ニューキノロン系薬は同時に耐性化している場合が多いため、使用には薬剤感受性試験の結果より判断する必要がある。
 Leticiaらの報告でもESBL産生菌に対するモンテカルロシュミレーション*を使用したカルバペネム系薬およびニューキノロン系薬の有効性を評価しているが、カルバペネム系薬はニューキノロン系薬よりも有効性が高かったとしている。
 われわれの検討においても、同様の結果が得られており、ニューキノロン系薬の有効性は50%以下であった(表1)。現状では、ESBL産生菌に対する治療薬選択順位はカルバペネム系薬>アミノグリコシド系薬>ニューキノロン系薬と考えられる。しかし、モンテカルロシミュレーションの結果からカルバペネム系薬を選択する場合においても、重症者や免疫不全患者の場合には、投与回数を増やすことも有効率を高めるために重要である。
 一方、入院患者であれば点滴が可能であり、カルバペネム系薬が使用できるが、外来における治療では選択薬剤に苦慮すると考えられる。最近、外来においてニューキノロン系薬を投与し効果が認められなかったケースが散見される。外来通院による治療薬選定においてはホスホマイシンやST合剤、ミノサイクリンなどが有効な場合があるが、投与の際には、薬剤感受性試験で有効性を確認してから使用する必要がある。


* 乱数を用いる数値シミュレーションの総称。
乱数表に従って母数を膨らませ、多くのサンプルで得られた結果に近似させる。尚、試行回数が少なければ近似の精度は下がり、回数が多ければより精度の高い近似を得られる。
表1 Monte Carlo simulation によるESBL産生菌に対するカルバペネム系薬およびニューキノロン系薬の有効性
表1 Monte Carlo simulation によるESBL産生菌に対する
カルバペネム系薬およびニューキノロン系薬の有効性

ESBL 病院感染の特徴と注意点

 ESBL産生菌の感染対策は標準予防策、および接触感染予防策が適応される。ESBL産生菌感染症はICU やCCU など重症部門の患者やメディカルデバイスを使用している患者に多く、それらがリザーバーとなり病院内に拡散していくと考えられている。特に留置カテーテル使用患者に抗菌薬耐性菌が定着するケースが多く、ESBL産生菌もその一つである。
 特に尿からの検出の場合、院内での拡散の原因にもなるため、十分な予防策とその検出背景を調査し、発生源を特定することが必要である。また、ESBL産生菌の場合には特定菌種の伝播に加えて、ESBL産生遺伝子がプラスミド上に存在するため、他の菌種にも伝播していく可能性がある。
 院内伝播が示唆された場合には原因となる菌種だけでなく、他の腸内細菌についても調査する必要がある。また、ESBL産生菌の蔓延は、カルバペネム系薬の使用増加にもつながると考えられる。カルバペネム系薬耐性菌が問題となっている日本では、ESBL産生菌に対する感染対策も重ねて必要である。

ESBL 産生菌の今後の動向

 欧米ではESBL産生菌の検出率が増加し、多くの施設で治療上問題となっている。この背景には日本と欧米との抗菌薬の使用状況の差があるとされている。すなわち、欧米では抗菌薬選択基準として安価であることに重点が置かれ、主にセフェム系薬が使用される傾向にある。
 日本ではフロモキセフに代表されるオキサセフェム系薬やカルバペネム系薬が使用されるケースが多く、ESBLに対し有効性が高いために蔓延が抑制されていると考えられていた。しかし、抗菌薬適正使用が重視され、またDPC が導入されたことにより、今後日本においても狭域でより安価なセフェム系薬の使用増加が予想される。その結果としてESBL産生菌の増加が懸念されるところである。
 また、ESBLは主に腸内細菌がその産生遺伝子を獲得し産生される。ヨーロッパでは糞便に対するアクティブサーベイランスが積極的に行われており、事前にESBL産生菌の存在を確認している。日本においても諸外国と同様に増加すると考えられるため、積極的なアクティブサーベイランスも重要である。今後は、このような背景を踏まえ、ESBL産生菌の発症予防や感染対策を徹底していく必要がある。

参考文献

【参考文献】
1. Ambler, R. P., The structure of β-lactamases. Philos. Trans. R. Soc.Lond. B. Biol. Sci 289: 321-331, 1980
2. Knothe H, et al., Transferable resistance to cefotaxime, cefoxitin, cefamandole and cefuroxime in clinical isolates of Klebsiella pneumoniae and Serratia marcescens. Infection.,11:315-7, 1983
3. Performance Standards for Antimicrobial Susceptibility Testing ; Sixteenth Informational Supplement. M100-S16 CLSI document, 2006.
4. Pitout, J. D., et al., Emergence of Enterobacteriaceae producing extended-spectrum beta-lactamases (ESBLs) in the community.J. Antimicrob. Chemother.,56:52-9, 2005
5. Miro E, et al., Surveillance of extended-spectrum beta-lactamases from clinical samples and faecal carriers in Barcelona, Spain.J. Antimicrob. Chemother. 56:1152-5, 2005
6. Nakamura T, et al. Monte Carlo simulation for evaluation of the efficacy of carbapenems and new quinolones against ESBL-producing Escherichia coli. J. Infect. Chemother. 15:13-17, 2009