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国内初の新型インフルエンザ集団発生事例から得られた教訓

職業感染対策実践レポート Vol.6
2009年9月発行
掲載内容は、情報誌「Ignazzo(イグナッソ)」発行時点の情報です。

西神戸医療センター
山本 剛 先生

はじめに

 当院は、2009年5月16日に国内初の新型インフルエンザの発生事例を経験しました。今から思えば本当に大きな出来事であり、一時的とはいえ、我々の対応は地域の感染拡大防止に役立ったと思っています。この事例を通して得られた教訓は多数あり、実例としていくつかを箇条書きにして紹介したいと思います。

1.対応マニュアルについて

  • ファシリティーマネージメントや感染経路別予防策は大きく変動する内容ではないために、感染対策として予め整備しておくことが有用である。
  • マニュアルを参照することで、発熱外来での診察手順(検査方法、検査説明、患者の動線の取り方など)を各自行うことが出来た。
  • 行動計画など大きな枠組みが変更された場合は、法律や指針の随時変更に合わせてマニュアルの変更が出来ない。(表1)
  • 活字が多いマニュアルは解釈に時間がかかる。また電子媒体マニュアルは停電やシステムの障害時に閲覧できないことが想定されるので、紙媒体でもマニュアルを準備しておくことが重要である。
  • 現場での対応にそぐわない場合は、その都度マニュアルを変更し、周知徹底させることで対応せざるを得ない。
表1: 新型インフルエンザ対応経過表
表1: 新型インフルエンザ対応経過表
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2.標準予防策と感染経路別予防策の教育

  • 平時からの教育訓練は、急激に変わる医療環境下にあっても有効である。
    救急領域の感染防止対策は極めて重要であり、感染症アウトブレイク時の即応が可能となる。
  • 予防の基本は飛沫感染対策で、これで十分に対応が出来る。新型インフルエンザだからといって重装備をするのはかえって作業効率が落ちる。ウイルスの毒性に基準を合わせない。
  • 明確な指針や対応策が無い中では、感染レベルを上げる行為は不安要素となるため、結果的には段階的に感染対策のレベルを落とす行動は避けられない。

3.周辺医療機関や行政との連絡

  • 蔓延期には患者が予想以上に増加する可能性があり、予め救急輪番を含めた周辺医療機関と対策を練った。
  • 感染防止対策は施設間での差が大きいため、基幹病院を中心とした集団教育が必要であった。
  • 早期には収容可能な病床数のコントロールを病院間で行った。症例定義変更による入院規制の変更と患者指導方針の変更を行った。
  • 医学的根拠の少ない事例が多く、対策を講じるために多施設で経時的な対応など話合って対応策を決めた。
  • 多施設で対策を練り、行政に協力してもらい市内の患者振り分けを行った。

4.第二波に備えて

  • 新型インフルエンザ患者数は今後も増えることが予想されるが、従来からの救急医療体制を破綻させてはならない。
  • 患者数の増加に伴い重症者数も増加すると予測される。ただし、ウイルスの感染力や致死率が大きく変わらない限り、救急診療体制を強化することで対応は可能である。
  • 発熱のみに捉われた医療の提供は、本来の重症患者の発見を遅らせてしまうことが予測されるため、患者の重症度に応じた診療体制を地域で整えることが必要。
  • 必要な院内感染対策を実施することで、第二波への対応は可能である。第二波を恐れずに対応するべきである。
  • 二次医療圏単位で、リアルタイムの医療状況の把握が出来る体制を構築する。また、最新情報の共有をおこなえるように体制を整える。

【患者別対応ゾーニング】

 今回対応した中で一番印象に残っていることは、スタッフが新型インフルエンザの患者さんへ送った手紙に対する感謝の返信でした。我々医療従事者から見れば、この患者さんは軽症者扱いとなるのですが、患者さんにしてみれば得体の知れない病気に罹患し、あたかも不治の病に犯されたような不安があったと思います。
 退院の時は、感謝の気持ちを書き込んでくれた患者さんの心理を垣間見た瞬間でもありました。我々は感染防止対策と現場の指導、医療従事者への配慮ばかりを気にしていましたが、一番不安だったのが患者さん自身であったのは、当初気付かなかったことであり、非常に反省した点でもありました。
 自分のこと、自施設のこと以外の、医療従事者として配慮すべき事を見失っていたようです。医療従事者の心理状態も含め、新型インフルエンザ対策に関わるメンタルヘルスにも十分に配慮し、第二波と言われる流行期に備えたいと思います。