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I's eye: KPC(Klebsiella pneumoniae carbapenemase)

2010年10月発行
掲載内容は、情報誌「Ignazzo(イグナッソ)」発行時点の情報です。

グラム陰性桿菌の産生するβ- ラクタマーゼはその分子クラスからクラスA、C、D(以上セリン-β-ラクタマーゼ)、及びB(メタロ-β-ラクタマーゼ)に分類され、A、及びD が
ペニシリナーゼ、Cがセファロスポリナーゼ、そしてBはカルバペネマーゼとして機能することが良く知られています。また分解する基質(β-ラクタム系抗菌薬)の範囲が拡張したESBL(Extended Spectrum Beta-Lactamase)はクラスAに属し、ペニシリナーゼの一種として理解されています。


ところで、β-ラクタム系抗菌薬として最も抗菌効果の高いカルバペネム系はクラスBでは分解を受けますが、他のクラス、特にA に属するβ-ラクタマーゼでは、一部の例を
除いて分解されないと考えられてきました。
ところが、1996年に米国ノースカロライナ州でプロジェクトICARE(Intensive Care Antimicrobial Resistance Epidemiology)を通して分離された株(Klebsiella
pneumoniae
1534株)を精査した結果、広域セファロスポリン系、アズトレオナムのみならず、イミペネム、メロペネムに中等度から高度耐性を示しながらクラブラン酸でMICの低下が観られる等の性状が示されました。またβ-ラクタマーゼとして既知のSHV、TEMタイプ、及びS.marcescensが産生しクラスAのカルバペネマーゼとして既に確認されているSme-1タイプとの性状、アミノ酸配列の相同性等の関連から、ポーリン孔変異の可能性も考慮しつつ、耐性を担う本体はBushグループ2f、クラスAのセリン-β-ラクタマーゼでありながら、カルバペネム系抗菌薬も分解する新タイプのβ-ラクタマーゼであると報告され、K. pneumoniae carbapenemase-1(KPC-1)と命名されました。
そして、後に同一の酵素活性を有しながら、アミノ酸配列の違い(置換)が観られた複数のバリアントの確認も続き、現在KPC-10まで報告されています(201 年3月現在)。
ちなみに、KPC-2とされたものはKPC-1に同じであることが確認、訂正され、ナンバーとは異なり、バリアントは9種となります。
さて1996年の産生株分離後、2001年頃まで報告はほとんどなされませんでしたが、その後米国北東部を中心に分離が続き、現在では米国内のみならず、世界への拡散が危惧されるようになっています。また、日本国内での初の分離例報告も、本年の日本臨床微生物学会総会(1月31日)でなされるに至りました。
臨床的には院内が主な感性経路と思われ、特に術後、及び侵襲的な処置を受けた長期入院患者に感染者が多いようです。そしてそのような感染事例も反映してか、分離株の多剤耐性化も相まって死亡率も高いと考えられます。
尚、治療には、チゲサイクリンの効果が、またポリミキシン(B、E)に関しても慎重な投与が求められますが、効果を期待できるようです。但し、日本では未だ未承認薬剤の扱いとなります。
ところで、当初はK. pneumoniaeのみが産生すると考えられたKPC ですが、現在では腸内細菌科の複数の菌種で、またP. aeruginosa及びAcinetobacter spp. でも産生が確認されています。
遺伝子(BlaKPC)はプラスミド上に存在するので、大多数の耐性遺伝子に同じく、腸内細菌科の菌種間で伝達を繰り返しこのような状態に至ったと考えられます。
尚、P. aeruginosaでは本質的な耐性を示すこと、すなわち、耐性遺伝子の染色体上での存在が報告されています。
クラスAに属するカルバペネマーゼとしては、S. marcescensの産生するSme-1、とE. cloacaeの産生するNMC-Aが既に1990年から1995年に報告されています(Sme-2に関しては2000年)。これらは、幸いにして国内での分離報告は無いようですが、KPCに限らず、カルバペネマーゼを産生する菌株はかなり以前より存在していた可能性を見て取れます。
そして多分、KPCタイプの菌株も存在しなかったのではなく、検出、確認されなかったに過ぎないのかも知れません。
多くの耐性菌株への対応に腐心する日々、これはペニシリンの再発見と大量生産、及び色々な抗菌薬が続々と発見、利用されるに伴って、不治だとされていた感染症を我々は根絶したかのような勘違い、錯覚した結果と言えるでしょう。
KPCの出現も、同じ勘違いと錯覚の産物であると言って差し支えないと思います。
歴史は繰り返されます。

WHO:http://www.who.int/infectious-disease-report/2000/ch3.htm
最後に、WHO の発表した“ 詩のようなもの” をご覧下さい。
(文責:日本BD  武沢敏行)



参 照:
考える寄生体 マーリーン・ズック著、藤原多伽夫訳 東洋書林発行
感染症ブログ:http://blog.livedoor.jp/lukenorioom/archives/51556612.html
Sme-1:AAC34(5):755-758, 1990
NMC-A:AAC 37(5):939-946, 1993
Sme-1:AAC 38(6):1262-1270, 1994
Sme-1、NMC-A(β-ラクタマーゼ分類の総論):AAC 39(6):1211-1233, 1995
Sme-2:AAC 44(11):3035-3039, 2000
KPC 最初の報告:AAC 45(4):1151-1161, 2001
KPC ニューヨークでのアウトブレイク:AAC 48(12):4793-4799, 2004
KPC フランスでの分離:AAC 49(10):4423-4424, 2005
KPC 中国での分離:AAC doi:10.1128/AAC.01053-06, 2006
KPC イスラエルでの分離:AAC 51(8):3026-3029, 2007
P. aeruginosa の産生するKPC:AAC 51(4):1553-1555, 2007
死亡率に関して:AAC 52(4):1413-1418, 2008
治療薬_ ポリミキシン:JAC 60:1206-1215, 2007
治療薬_ チゲサイクリン:JAC 62:895-904, 2008
KPC-8:CMN 31(Issue8):55-62, 2009
日本臨床微生物学会誌19(4):136(口頭発表O-044),2010
カルバペネマーゼの分類、KPC-8 の記載:Pediatr. Infect. Dis. J.29(1):68-70, 2010
KPC-10 Acinetobacter spp. が産生:AAC 54(3):1354-1357, 2010