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特集:災害時の感染管理、感染対策

2011年12月発行
掲載内容は、情報誌「Ignazzo(イグナッソ)」発行時点の情報です。

2011年12月
國島 広之 先生
東北大学大学院 感染症診療地域連携講座

1. はじめに

図1)津波跡、南三陸町
図1)津波跡、南三陸町
 2011年3月11日に日本で発生した東日本大震災および津波において、南北500km に広範かつ甚大な被害が発生し(図1)、約2万人が死亡または行方不明となり、約30万人が避難所生活を強いられることとなった。従来、自然災害が発生した際には、衛生状態の悪化に伴う様々な感染症の流行が報告されている1, 2)。
 今回の被災を受け、東北大学大学院内科病態学講座 感染制御・検査診断学分野、臨床微生物解析治療学、感染症診療地域連携講座および東北大学病院 感染管理室、検査部では、地域診療支援チーム、大学病院チーム、検査支援チームを編成し、宮城県における三次医療機関としての大学病院における感染症診療支援と感染管理および、従来からの地域における感染症・感染制御に関する連携をもとに行政の公衆衛生担当者や基幹病院、医師会と被災地における感染症対策を行った(表1)。
 また、今回の未曾有の災害において、各地からの多くの励ましと温かい支援をいただいたことについて、改めて心より感謝申し上げる。

2. 仙台市内の状況

図2)3 月18 日(震災7日目)、大学前スーパーに長蛇の列。信号は点灯していない。
図2)3 月18 日(震災7日目)、大学前スーパーに長蛇の列。信号は点灯していない。
図3)震災直後の東北大学病院 検査部 微生物検査室
図3)震災直後の東北大学病院 検査部 微生物検査室
 仙台市内の津波が達していない地域は、震災による直接的な被害は少なかったものの、停電や高速道路の通行制限に伴う物流の制約により大きな影響がみられ( 図2)、固定・携帯電話ともに不通や通信制限のため、現状把握および連絡が全くできない状況であった。自宅の停電のため、酸素生成機が使用不能となり在宅酸素療法の患者が多数入院し、透析患者・妊婦も対応が迫られた。  沿岸部の下水処理場および都市ガス工場が津波の直撃を受けたため、断水と排水制限、ガス停止となった。断水となっている建築物がある際には、トイレや清掃に支障をきたした。 ガスも病院向けは優先的に再開されたものの、暖房、炊飯、リネン、オートクレーブやガスバーナーなどが約2~3週間(家庭向けは約1ヶ月) にわたり停止した。自宅の損壊により避難所から通勤する職員もおり、ガソリン不足や、市営地下鉄(完全復旧は4月下旬)・鉄道(新幹線の通常ダイヤ復旧は9月23日、沿岸部は復旧の見込みたたず) の損壊により職員の通勤や地域医療派遣が困難であった。  東北大学病院では、検査室の棟が立ち入り制限となり、複数の機器が倒壊・損壊した(図3)。停電により冷蔵庫・フリーザーが停止し、多くの試薬・検体が使用できなくなった。我が国の建築物は主要構造物の耐震性に優れ、倒壊の危険性はないものの、内部の配水管などは大きく損壊した。断水による生化学検査機器が稼働せず、検査機器の応急移転に際し、大型機器のスペース、200V などの特殊電源や大型空調の有無により移転可能な場所が限定されるとともに、外注検査も行うことができない状態などが発生した。

3. 震災時における感染対策

 震災時には、多くの患者に対応する必要があるにもかかわらず、物流がいつ回復するか見通しがつかない状況であっため、院内の在庫を極力節約して使用することが迫られるとともに、感染管理部門として非常時における指針の策定を行う必要があった。
 特に多くの患者が使用する点滴ライン類は払底の恐れがあったため、ライン交換を点滴詰まり・刺入部発赤・血管カテーテル感染症などに限定するとともに、なるべく半減期の長い抗菌薬の選択を推奨した。その他、アクアパック、ネブライザー、酸素マスク・カヌラ、清拭タオル、シーツや病衣などのリネン交換などの使用頻度・方法について見直しを行った。
 また、標準予防策および衛生的な処置に用いる物品は、交差感染対策として必要な物品として過度な節約意識とならないように、手袋や速乾性アルコール手指消毒薬、セッシ、クーパーなどは節約することなく十分使用することも併せて通知を行う必要があった。結果としては、震災時における感染対策の変更に伴い、明らかな院内感染・職業感染の増加は見られていないと考えている。

4. 被災者に対する情報提供

図4)避難所での「感染予防のための8ヵ条」ポスター
図4)避難所での「感染予防のための8ヵ条」ポスター
図5) 石巻赤十字病院、宮城県と合同で作成した 「避難所におけるトイレ清掃のポイント」ポスター
図5) 石巻赤十字病院、宮城県と合同で作成した
「避難所におけるトイレ清掃のポイント」ポスター
 大学病院の検査体制について応急的に整備した後、3月13日に県庁および仙台市と調整し、今後の被災地における感染対策について幅広く協力・支援していくことを確認した。被災地においてはインフルエンザや感染性胃腸炎などの市中感染症が発生しているなかで、被災者の感染症に関する意識は高いものの、正確な感染対策の啓発活動を行う必要があると考えられた。3月18日に「感染予防の8カ条」のポスターを作成し、講座のウェブサイト(http://www.tohoku-icnet.ac)に掲載し、併せて宮城県、仙台市、東北厚生局、宮城県・仙台市医師会などに計2,000枚を送付、マスメディアなども
通じて、被災地における啓発を行った( 図4)。
 その後、がれきの撤去作業における創傷感染症への懸念が高まったことから、宮城県疾病・感染症対策室とともに「がれき撤去における感染予防のポイント - 傷の化膿や破傷風について-」を作成した。また、上下水道のないなかでトイレの衛生環境の改善が課題となったため、石巻赤十字病院、宮城県とともに、「避難所におけるトイレ清掃のポイント」ポスターを1,000枚作成し、配付した(図5)。

5. 医療従事者に対する対応

 東北大学病院では従来の地域医療の要のひとつとして、最大限の支援体制の実施が求められた。大学病院の被災地への巡回医療チームに対して、3月19日「避難所における市中感染症時の経口抗菌薬使用指針」を作成し、院内では増加する肺炎の転入院患者に対して、3月20日「東北関東大震災における重症肺炎の検査診断と治療」を作成した。
 通常、病院内ではインフルエンザや感染性胃腸炎の院内感染はゼロを目標として多くの対策を行うのに対して、被災地・避難所においても全国と同様、市中では一定の市中感染症が発生する。施設、物品や人員などが十分ではないなか、どのような感染対策が避難所において求められるかが課題であった。全国から巡回医療団が活動し、多数の医療従事者が被災地で感染症診療・感染対策に関わることから、地域における共通の情報の共有ならびに指針が必要とされた。宮城県および基幹病院の要請を受け、3月24日「避難所における感染管理上のポイント (医療従事者用) 」、3月27日「避難場所における抗インフルエンザ薬の予防投与について」、3月28日「避難所における感染対策マニュアル」を作成し公開した。
 また、被災地の現状とニーズについて各地からの速乾性アルコール手指消毒薬やマスク、総合感冒薬、抗菌薬、抗ウイルス薬などの提供や、パンデミックインフルエンザ用の備蓄タミフルの運用など、県や地方医療機関との調整などをおこなった。

6. 避難所の巡回評価および支援活動

図6) 沢水および浄水設備を利用した生活用水の確保
図6) 沢水および浄水設備を利用した生活用水の確保
 宮城県疾病・感染症対策室および地域保健所の保健師、石巻地区では石巻赤十字病院や石巻市立病院のICN とともに、感染症対策の観点から、現状評価と改善支援をおこなった。
 避難所では体育館やホールなどにおける近接した距離で多数が居住していることから、換気は積極的に行われているものの、パーテーション等の間仕切りの設置は少なく、呼吸器感染症の伝播リスクは高いと考えられた。
 避難者の感染症予防に関する意識は高く、また巡回医療団や行政職員・保健福祉担当者等の多大な尽力により、体調把握やインフルエンザ迅速診断の積極的な実施による飛沫感染予防策、体調管理等を行うことができていた。
 上下水道が損壊した地域が多く、給水車による飲用水の確保は可能であるものの、下水設備が損壊している場合は排水ができないため上水を用いることができず、手洗い、清掃、食品衛生のための十分な水の確保は困難であった。避難所の衛生環境は、上下水道の復旧、郡部では沢水の活用に伴い大きく改善する傾向があり、被災時においては簡易上水設備や浄化槽の整備が重要であることが考えられた(図6)。
 速乾性アルコール手指消毒薬やマスクは十分量供給がされているものの、その使用状況については継続的な啓発が必要であるとともに、使用量の把握は困難であった。次亜塩素酸ナトリウムやアルコール含有テッシュ等の清掃用品、埃の少ないウレタン製マットレス、食材の確保と管理状況など、各種物品のより積極的な調達や衛生環境の確保は、自治の状況や経験者の有無に依存し、日頃の自治会組織を有する小規模避難所では、よりコミュニケーションが取りやすいことがみられた。
 また、インフルエンザ等の発症事例等もあり、支援者に対する感染症・感染症対策に関する啓発が必要と考えられた。

7. 避難所における感染症リスクアセスメント

 当初、避難者の感染症に関する不安が高まるなか、感染症の発生動向や季節性の流行状況に関わらず、避難場所の感染症発生リスクおよび衛生環境に関する評価と改善活動が必要と考えられた。行政担当者や巡回医療団の協力のもと、合計423ヶ所の避難所における感染症リスクアセスメントについて、3月末日までに通信手段が断絶していたため記名式で行った。項目は居住区域、手指衛生の状況、トイレなどの環境整備、消毒薬の使用法、食品管理、体調管理、自治管理など32項目について評価した。
 今回の震災においては指定避難所を含め津波を受けている地域もあり、近くの店舗や親戚宅に身を寄せるなど想定をはるかに超える避難者数がみられた。平均して141名(5~1,041名) の避難者がおり、50名以下の避難所は全体の41.4% であった。避難者同士が1m 以上距離を保つことができるのは全体の34.8% であり、27.9% が隔離場所の確保ができなかった。300名以上の大規模避難所では、個別の収容場所があるものの大人数が密接に収容されている傾向がみられ、また行政職員の充足は困難とする回答が多くみられた。
 水道の未復旧が61.7% に見られ、水道の復旧していない場合は、トイレの衛生状態および調理器具の清掃は困難な傾向が見られた。速乾性アルコール手指消毒薬、マスク等は90%以上の施設で充足していたものの、小規模避難所への運搬手段の確保、情報の伝達には課題がみられた。

8. まとめと今後の課題

 今回の大震災にあたり、インフルエンザや感染性胃腸炎などによる散発事例、震災に関連したレジオネラ症や破傷風患者がみられたものの、避難者を始めとする多くの方の多大なる尽力により、感染症対策を行うことが可能であった。
 次なる災害における教訓としては、避難所・地域行政・診療所・社会福祉施設を含め電話やインターネットが不通な場合における情報の共有・連絡手段の確保、物流やライフラインが乏しい状況での感染対策の指針、派遣医療における検査体制の整備、被災地と緊急援助チームにおける情報の共有および公衆衛生活動の理解とサポート、日頃からの感染症サーベイランス体制の整備、感染症担当行政官の育成支援や、マスメディアを始めとする情報のコミュニケーションなど様々な課題もみられた(表2)。
 また、引き続き感染症の発生動向に関する調査と評価、予防についてのきめ細かな啓発活動、インフルエンザや肺炎球菌に対する積極的なワクチン接種など、感染対策を更に推進する必要がある。
 加えて、このような大規模災害にあたっては、日頃から地域における行政・医療機関・大学などの専門機関との連携が極めて重要であり、今後もより一層推進する必要があると考えられた。
表2)
表2)


1) Karmakar S, Rathore AS, Kadri SM, Dutt S, Khare S, Lal S.Post-earthquake outbreak of rotavirus gastroenteritis in Kashmir(India): an epidemiological analysis. Public Health. 2008;122:981-9.

2) Afshar M, Raju M, Ansell D, Bleck TP. Narrative review: tetanus-a health threat after natural disasters in developing countries. Ann Intern Med. 2011;154:329-35.