医療関係者向けのページです

Ignazzo Interview: 公立陶生病院-アウトブレイクの早期終息には、病院が一丸となり対応策に取り組むことが重要-

2012年10月発行
掲載内容は、情報誌「Ignazzo(イグナッソ)」発行時点の情報です。


2012年10月
公立陶生病院
感染制御室長 感染症看護専門看護師 須川真規子 先生(前列右)
看護師長 稲垣養子 先生(前列左)
臨床検査部・臨床検査技師 大塚由美子 先生(後列左)
薬剤部・薬剤師 山田哲也 先生(後列右)

今回は、2008 年にバンコマイシン耐性腸球菌(VRE)のアウトブレイクを経験された
公立陶生病院で感染制御に関わるみなさまにインタビューをさせていただき、
アウトブレイクが終息に至る経緯や、それをきっかけに実施された感染対策などについてうかがいました。 

感染制御部設立により院内感染制御体制を強化

Q1. 感染管理の組織体制について教えてください。

須川:2008 年の院内VRE アウトブレイク、2009 年の新型インフルエンザ流行を踏まえ、院内の感染制御体制をより強化するため、2010 年に感染制御部が設立されました。それ以前は対策の方針や内容を決定する感染防止対策委員会と、各種対策の実行を担う感染防止対策チームが組織上分かれていました(図1)。当院では、従来から毎月合同でのミーティングを行っていたため、対策の意思決定は比較的早かったとは思いますが、各感染対策をチームから委員会に提言した上で決定する必要がありました。感染制御部の設立後(図2)は感染防止対策チームが感染防止対策委員会直轄の組織として一体化されたため、意思決定がさらに速くなりました。

感染管理専従看護師の配置により実践的な活動を実行

須川真規子先生
須川真規子先生
Q2. 感染管理上の組織体制について教えてください。

須川:以前は看護管理室に所属しており、感染管理の仕事と看護局の仕事を兼務していました。感染制御部が設立され、感染管理専従看護師となったことで、感染管理の仕事に専念することができるようになりました。
 1 日の仕事内容については、まず前日の救急外来患者の日誌を基に、スタッフの針刺し損傷が起きていないか、感染管理上問題のある患者が入院していないかを確認します。
 新規入院患者のカルテは全て確認します。現在は、入院時に対象となる患者についてはVRE スクリーニングを行っているため、漏れなく施行されているかを確認します。インフルエンザ流行の時期は、感染患者が適切に検査や個室管理をされたかを確認します。新規VRE、メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)、多剤耐性緑膿菌(MDRP)、緑膿菌(二剤・一剤耐性)、クロストリジウム・ディフィシル(CD)トキシン陽性患者のリストが細菌検査室より随時送付されているため、電子カルテにより陽性患者の病棟を確認し、各病棟で陽性者数が増えていないかを確認します。電子カルテにより問題のある患者がいる場合には、直接病棟に電話をしたり、病棟に行って患者の確認をしたりします。このような仕事を行うのに約半日かかります。
 専従スタッフが配置されたことで、より綿密な感染の監視、確認作業が行えるようになりました。また、当院では電子カルテを用いているため、各病棟の患者さんのカルテを短時間に確認することができます。それがなければ各病棟に足を運びカルテを確認する必要があるため、多大な時間を費やすことになり、毎日の確認が難しいと思います。

VREアウトブレイク後、多数の改善点が明らかに

大塚由美子先生
大塚由美子先生
Q3. アウトブレイク時のVRE 検出経緯について教えてください。

大塚:1 例目のVRE 感染患者の、検出の経緯について説明します。はじめに同定感受性の自動検査装置で、尿から分離された菌を測定したところ中等度耐性(I:Intermediate)と判定されましたので、念のため同一分離菌を再測定しましたが、今度は感受性(S: Susceptible)と判定されました。そのためVRE 感染を疑わず、バンコマイシンに感性のエンテロコッカスとして報告していました。しかし同一患者の、別の日に採尿された検体から分離された菌を再度測定したところ、再び中等度耐性(I:Intermediate)と判定されましたので、今回はVRE感染を疑いました。
 その1 ヵ月前に、偶然にもVRE を選択的に検出可能なベクトン・ディッキンソン社製のVRE 選択培地を導入していました。そこで、VRE 選択培地による検査を行ってみたところ、菌の発育が認められ、VRE 感染であることが示唆されました。愛知医科大学病院に遺伝子検査を依頼したところ、VanB 型のVRE が検出され、VRE の感染が証明されました。
 I と判定された検体に対し、分離した菌を用いた再検をVRE アウトブレイク以前は行ってきましたが、その方法が誤りであることが判明しました。細菌を分離して継代培養を続けると、耐性遺伝子の欠落などにより薬剤感受性が変化することがあります。そのことを考慮せずに継代を繰り返して何回も菌を分離して検査していたことは、反省点の一つです。

須川:VRE アウトブレイク後は、便の検体は全例について検査室がVRE 選択培地を用いて検査を行っています。

大塚:アウトブレイクの最中、VRE 選択培地の使用により、多数の検体を短時間で判定できたことで、早期終息につながったと思います。
稲垣養子先生
稲垣養子先生
Q4.VRE アウトブレイク後に明らかとなった問題点や要改善点について教えてください。

須川:VRE アウトブレイクが起きた後、実際に起きた病棟に行き、問題点の有無についてVRE についての勉強会とカンファレンスを行いました。そのときはじめて標準予防策が守られていないケアがあることが浮き彫りになりました。例えば、陰部洗浄に使用しているボトルが個別化されていなかったり、清拭タオルを入れる洗面器の使い回しをしていたり、おむつ交換の際にプラスチックエプロンをつけていなかったりなど、数多くの問題点が見つかりました。VREアウトブレイクを起こした病棟において、2 つのチームでは陽性者がいたのに対し、1 つのチームでは陽性者がいないというケースがありました。陽性者のいた2 つのチームでは、洗面器に清拭タオルを入れて準備をしていましたが、陽性者のいないチームでは、各々の清拭タオルをビニール袋に入れ、陰洗ボトルも患者ごと個別化使用していました。このように、カンファレンスによりアウトブレイクの原因が判明していきました。

稲垣:おむつ交換などマニュアルに記載されていないケアは、各スタッフの判断で行われており、感染の伝播を最小限に抑えることのできる適切な方法では行われていませんでした。

須川:そこで、マニュアルを作成し、各スタッフが適切な方法で行うようにしました。アウトブレイクを起こしたのは3つの病棟でしたが、アウトブレイクが起きていない他の病棟においても問題点は同様であったため、病院全体で改善するようにしました。
 必要と思われる改善点については、現場を見て回っただけでは取りこぼすことがあるため、現場のスタッフと直接話をし、コミュニケーションをとることでより明らかになっていきました。標準予防策の正しい方法についてスタッフに説明すると、これまでに行っていた方法と照らし合わせ、何が問題であったかを改めて振り返ってもらうことができました。

ラウンドの結果を全病棟で共有し、各病棟で要改善点を模索

Q5. アウトブレイク後の病棟ラウンドはどのように行っていますか?

須川:アウトブレイクが起きた当時は、実際に各病棟を見て回り、感染症の発生状況の把握や感染対策の指導を行う病棟ラウンドを毎週行っていましたが、現在は予防策が整ってきたため、環境ラウンドは2 週に1 回としています。外来や検査部門も含めて、全病棟を約1 年かけて回ります。医師、看護師、医療技術職の担当、事務職で分け、3 ~ 4 名でラウンドを行います。
 ラウンドでは感染対策のチェックリストを作り、マニュアル化された方法が遵守されているかを確認します。デジカメで現場の状況を写真に撮り、担当者が作成するラウンド報告書に掲載します。報告書はガルーンと呼ばれる院内LAN を通じて全部署で共有します。各部署で感染対策を行うリンクナースがその報告書を参考にし、改善の必要性の有無を検討したりしています。通常は、他の病棟の様子を知ることは難しいですが、写真により確認できるため、非常に効果的だと思います。
 “ 視える化” とよく言われますが、感染予防策の状況を視覚化することは重要だと思います。外部委員の先生によるサイトビジットの際に、手指衛生を適切に行っていないことが指摘されたため、スタッフや医師を対象に、血液寒天培地を用いて手指の培養検査を行っています。結果を見てもらって、無菌でないことを理解してもらうことにより、手洗いの重要性に対する意識を啓発しています。結果は報告書と同様に院内LAN を通じて全部署で共有しますので非常に効果がありました。

大塚:正常細菌叢( ノーマルフローラ)以外の菌は、流水で洗い流せることをビジュアルに示すことができ、手洗いの効果についての証明ができました。

須川:また、当院では各部署のリンクナースが活動していますが、現場レベルで感染対策を考えるスタッフであるため、病院内の感染制御に重要な役割を担っています。

稲垣:リンクナースは手指衛生について考えるチーム、環境のことを考えるチームなどと分かれており、計画を立てた上で改善策の検討やラウンドを行い、その結果をまとめてマニュアルに反映させます。問題点を挙げ、それについて改善案を考案し、実際に行った上で結果を考察するというサイクルが、確立されてきました。

スタッフの皆が感染に対しより高い意識へ

Q6. アウトブレイク後、感染に対する意識はどのように変わりましたか?

須川:アウトブレイク後、1 回目のサイトビジットを受けた際、「院内でアウトブレイクが起きているにもかかわらずスタッフに危機感がない」という指摘を受けました。そこで感染制御部では気持ちを締め直し、ラウンドでは感染対策の重要性を繰り返し訴えかけるようにしました。ラウンドの際には各病棟のスタッフが緊張感をもつようになり、対応が大きく変わりました。その結果、2 回目のサイトビジットにおいては、外部委員の先生より「認識が大分変わった」との言葉をいただきました。

大塚:アウトブレイク後にラウンドに参加した際、病棟の看護師が手洗いの仕方やエプロンの付け方などについて、菌が広がらないことを意識して行っていることを実感しました。今では院内の全スタッフがマニュアルの内容を把握していると思います。

感染リスクの“視える化”を意識した研修内容

07. アウトブレイク後の研修はどのように行われていますか? 須川:看護局では、看護師のラダーレベルに応じて研修を行っており、その中に感染の研修を組んでいますが、アウトブレイク後は、より実践に即した研修を行うことにしました。たとえば蛍光塗料を使用して汚染拡大の様子を可視化し、おむつ交換を適切に行わない場合は菌が広い範囲に付着することを確認するなど、「視える化」を意識した研修内容としています。その結果、感染リスクについてより理解を深めてもらうことができるようになりました。  新人スタッフの感染対策に関する研修は、感染制御部が中心となり毎年行っています。チームと委員会を合わせて約10 名の看護師がいますが、その全員に講義を振り分け、感染予防に関する基礎知識から、安全器材の取り扱いなどについて、講義を行います。予防策をどのように行うべきか、予防策を確実に行わないとどのようなことが起こるか、などについてデモンストレーションを行いながら説明しています。

データの有効活用“ 持ち方と出し方の変更”によりMRSA 保菌者の割合も低下

山田哲也先生
山田哲也先生
Q8. アウトブレイク後の感染対策により得られた成果について教えてください。

山田:須川師長の指示により、CD トキシンおよびMRSA の感染率と薬剤使用量を毎月報告しています。感染率が上昇した際にCD トキシンでは手洗い、MRSA では消毒で拡散防止の対策を推進するようリンクナースに促すと、翌月には感染率が低下しており、感染対策の成果が現れます。アウトブレイク前は、発生率などのデータを薬剤部に保持しているだけで院全体での感染対策に有効活用することができませんでしたが、アウトブレイク後に感染制御部が設立されたことで、データを感染対策に効果的に役立てることができるようになったと思います。

須川:アウトブレイクをきっかけに、数多くの収集しているデータを感染対策に有効に活用することができるようになりました。また、感染を察知するためにはどのようなデータが必要であるか、などが分かってきました。その結果、VREのみならず、MRSAやCD保菌者数も減少しています。現在では、特にMRSA の新規検出率が低下しており、感染対策の成果が現れていることを強く感じます。図3の棒グラフの赤は新規感染で、青は持ち込み感染を示しています。保菌圧(入院患者数に対する保菌者数の割合)が低下しており、全体的に保菌者数が減少していることが示されています。
 図4は薬剤の使用量とMRSA 検出率のデータです。MRSAの新規検出率は、VREアウトブレイクが起きた2008年に最も高くなっていました。このデータを当時把握していれば、感染制御の必要性を認識し、感染対策を行うことで、MRSA保菌者数を減少させると同時にVREアウトブレイクも防ぐことができたかもしれません。そのため、「アウトブレイクは起こるべくして起きた」と感じ、深く反省しています。

アウトブレイクの早期終息はスタッフが一丸となり協力した結果

図4:MRSA 検出率とVCM・LZD・TEIC 使用量推移
Q9 アウトブレイクが早期終息したポイントについて教えてください。

須川:当院では何か問題が起きたときには、スタッフが一丸となって協力し合います。アウトブレイクの際は、病棟の掃除や患者の移動のために、連休中でしたが師長や課長クラス以上のスタッフも出勤して作業にあたりました。8 月にアウトブレイクが起きましたが、翌年1 月以降は新たな保菌患者はなく3 月には終息宣言を出せたのは、患者のことを考え、協力し合ったスタッフの姿勢によると思います。
 アウトブレイクにより入院制限をしたことで、2008 ~2009 年における当院の収益は大きく低下しました。患者にも多大な迷惑をかけ、スタッフも心身ともに大きな負担を強いられました。そのため、アウトブレイクが起きないよう、十分な感染対策を行っていく必要があることを実感しました。

大塚:検査側としては関係者の大変さが伝わってきたため、スクリーニング結果が陰性であり、アウトブレイクが終息したという結果を、早く報告したいと思っていました。

山田:アウトブレイクの際に一緒に苦労した仲間という意識があるので、これからも何事にも協力したいと思っています。
当院経営層は現場に非常に協力的で、患者の役に立つと思われる対策を積極的に受け入れてくれます。感染対策に有効と判断すれば、思い切った設備投資も行います。

稲垣:たとえばアウトブレイクの翌年には、ベッドパンウォッシャーを導入することを決め、全病棟に改善工事を行って取り付けました。

須川:また、地域の基幹病院として、患者を絶対に断らないというのが基本姿勢であり、救急車は絶対に断りません。ベッドが空いていなくても来ていただき、診察後、他の病院に送らせていただいています。そのような基本姿勢が感染対策にも生かせたのではないでしょうか。

須川:新人スタッフに対して入職時に、アウトブレイクの経験で病院やスタッフの意識や行動が、どう変わったかを理解してもらい、スタッフや当院の協力的な姿勢について認識をともにするため、オリエンテーションの際には必ずアウトブレイクの話をするようにしています。

患者やご家族のためにも早期の公表が大切

Q10. 2008 年のアウトブレイクは公表後、メディアにも報道され、一般の方々もテレビなどを通して広く知ることになりました。病院内の状況はどのようなものでしたか?

稲垣:外来の患者やご家族の方からは、VRE はどのような菌かということについて質問を多く受けました。

須川:電話での問い合わせは多くあり、病院に行くことで菌に感染することを心配される方がいらっしゃいました。一方、入院している患者に対しては、アウトブレイクを公表する前からVRE スクリーニングを行っており、検査の同意を得るために説明文書を渡してVRE 感染の可能性を説明していたため、大きな混乱は起きませんでした。
アウトブレイクの際に陽性と判定された患者に対しては、院内伝播を起こして保菌された原因について、患者本人やご家族に説明しました。多くの方にはご了承いただけましたが、普段の介護や医療のケア方法が感染予防の観点から不十分と思われた患者もいらしたので、何が不十分かを教えていただき、その内容に基づいた改善点を全体研修で共有していきました。
 一番つらかったことは、公表する前の時点で、当院に入院され、後にVREを保菌することになった方から、公表後に「早く病院が公表していれば、この病院には入院しなかった」と言われたことです。保菌したことで、自分が家族に菌を移してしまわないか、ということをすごく心配されていました。現場で起こっていることを早く伝えないと、患者に迷惑をかけてしまうということを痛感しました。

VREスクリーニングの現状と病院間ネットワーク

Q11. 現在はどのようにVRE スクリーニングを行っていますか?

須川:陽性患者がいる病棟については、入院される患者全員を対象にスクリーニングを行っています。それ以外の病棟については、2008 年に当院に入院したことがある方、VRE 陽性歴のある方、成人でおむつ交換をされる方、他院、他施設から転院されてくる方、MRSA 陽性歴のある方が対象です。

稲垣:医師から説明し、同意をいただいた上で検査をさせていただいていますが、断られる患者さんは稀で、ほぼすべての方に対しスクリーニングが行えています。

須川:私は感染症看護の専門看護師(CNS)の資格を得るために大学院に通っていましたが、その際に、当院の患者さんのデータを用いて統計解析を行い、スクリーニング項目を作りました。スクリーニング対象者は、その基準に一つでも該当する方としています。

Q12. 病院間のネットワークについて教えてください

須川:アウトブレイクの際、同時期に入院していた患者で転院された方がいましたが、転院先の施設にアウトブレイクについて説明をし、患者全員にVRE スクリーニングを受けていただきました。それをきっかけに連携ができ、病院間で情報交換を行うようになりました。

感染対策を行っている施設の方々へ

Q13. 感染対策を行っている施設の方々へのメッセージをお願いします。

須川:病棟ラウンドの際、問題点を指摘するだけでなく、適切に対策が行われている点についても評価し、現場スタッフに伝えることがモチベーションを高めるために大切だと思います。現場の写真を撮るとき、対策が不適切な箇所のみでなく、適切な箇所も撮ることで他部署にも工夫などが分かりやすくなると思います。現場のスタッフと上手にコミュニケーションをとりながらラウンドを行っていくことが、感染対策が成功する秘訣であると思います。