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感染症アラカルト: 感染症検査ニューテクノロジーの効果的な活用法

2019年3月発行
掲載内容は、情報誌「Ignazzo(イグナッソ)」発行時点の情報です。

長崎大学大学院医歯薬学総合研究科 展開医療科学講座 病態解析・診断学分野/長崎大学病院 検査部 栁原 克紀

はじめに

 科学技術の進歩に伴い、新規感染症検査機器の開発が進められている。質量分析装置は迅速性と経済性を兼ね備えた微生物同定機器である。遺伝子検査も汎用性に優れ、微生物の検出以外に薬剤耐性遺伝子や病原遺伝子の検出が可能である。新しい微生物検査は培養を基本とした従来検査法と比較して、より早く微生物や耐性遺伝子を検出し、感染症の診療に貢献できる。感染症検査機器が進歩するなか、我々はその特徴をよく理解し、施設の状況やコストなども踏まえて、使用していくことが重要である。

質量分析装置(図1)

図1 質量分析装置(MALDI-TOF MS)
図1 質量分析装置(MALDI-TOF MS)
 質量分析装置(Matrix-assisted laser desorption/ionization timeof-f light mass spectrometr y:MALDI-TOF MS)は期待される診断機器である。簡便かつ短時間で結果が得られ、ランニングコストの面からも多くの医療機関で導入されるものと予想される。MALDI-TOF MSはレーザーでイオン化した高分子を飛散させ(MALDI、図2)、真空管の中での飛行時間(TOF、図3A)を測定してマススペクトル(MS、図3B)を作成することで、主にタンパク質の質量を分析する装置である。この飛行速度は質量が小さい分子ほど速く、質量が大きい分子ほど遅くなるという特徴がある。
 検出器までの到達時間が分子の質量によって変化するため、飛行時間を分子質量に置き換えてマススペクトルが作成される。操作はきわめてシンプルである。寒天培地に発育したコロニーを釣菌し、専用プレート上でマトリクスと菌株を混ぜる。このマトリクスがあることにより、タンパク質が分解されずにイオン化が可能となる。プレートを乾燥後、装置本体に組み込み、コンピュータ制御下にレーザーで励起し、得られたマススペクトルと、装置内に登録されている約3000菌種のデータベースを照合する。独自のアルゴリズムによって信頼度のスコアが高い菌種が同定結果として提示される。
 同定には主にリボソームタンパク質のマススペクトルパターンが利用されており、一般的な生化学的同定法との一致率は種レベルで約85%、属レベルで約95%との報告が多い1)。コロニー釣菌から同定まで約10分で可能という迅速性は大きな長所であり、高い正確性と再現性を併せ持っている。我々の検討でも、臨床サイドへの報告は1日程度早くなることが示された(図4)。
 一般細菌以外にも真菌、嫌気性菌の同定も可能である。現行のデータベースでも、従来の検査では同定できなかった株が本装置同定できることがしばしば経験され、生化学的同定検査の弱点を補う側面もある。前処理も単純な操作であり、特別な知識や経験を必ずしも必要としないことも長所であり、消耗品はマトリクス程度であり、ランニングコストの面からも優れている。
 弱点としては一部には識別が困難な微生物が存在し、Streptococcus属、Enterobacter属ならびにAcinetobacter属では同定の信頼度が低下することがある。また、Shigella 属は同定が不可能な代表的な菌で、Escherichia coliと誤同定してしまうため、その判断には十分に注意しなければならない。今後はデータベースの充実により同定精度が向上する。
 血液培養陽性検体の直接同定は期待されるもののひとつである。通常の作業とは別に専用の試薬を用いて菌体抽出のための前処理を行うことで、血液培養陽性検体からの同定も可能である。この前処理は約30分程度の時間と抽出のための試薬費用が別にかかる。検体からの直接の検出も不可能ではないが、体細胞などの混入物がない検体が望ましい。尿検体を用いた検討では、1×105個程度の菌数があれば同定可能であった。また、耐性菌が産生するβ-ラクタマーゼが抗菌薬を分解することを利用して、薬剤耐性菌の早期検出に応用できることも明らかになった2)。本装置は既に欧米を中心に広く普及し、わが国でも導入が徐々に進んでいる。

新規遺伝子検査機器

 遺伝子検査も今後発展が期待される。遺伝子検査はある一定の知識や手技などの習得が必要なうえに、特殊な機器を要する点やコストの面などから、臨床現場での活用場面は限られてきた。
次々に新しい技術を用いた機器が開発され、応用範囲が拡がってきている。煩雑となりやすい核酸抽出の操作を含めて、核酸増幅・検出までを1台で行える装置も登場してきた。サンプルを機器に装着後、全自動でこれらの過程を行うため、時間の短縮に加え、コンタミネーションのリスクが回避できる。“カートリッジ”や“フィルム”の種類を変更することで検出ターゲットを変える方法をとるシステムも開発されている。また、実施者が神経をとがらせていた手技的な課題に対しても、“カートリッジ”や“フィルム”の中で遺伝子抽出~遺伝子増幅~検出の一連のプロセスを行うため、きわめて簡便である。

BD マックス™ 全自動核酸抽出増幅検査システム(図5)

図5 BDマックス(全自動核酸増幅システム)の概要    販売名:BD マックス 製造販売届出番号:07B1X00003000125
図5 BDマックス(全自動核酸増幅システム)の概要
販売名:BD マックス 製造販売届出番号:07B1X00003000125
 ここで紹介するBD マックスは、サンプルを機器に装着後、全自動でこれらの過程を行うため、時間の短縮に加え、コンタミネーションのリスクが回避できる。また、操作のプロセスが少なく、施行者の技術にも左右されにくい。同時に24検体で測定可能なため、多検体処理にも対応できる。
 本装置は海外で先行して利用されており、米国ではB群溶連菌、MRSAならびにClostridioides difficileの検出キットが承認されているほか、オリジナルのプライマー・プローブを用いて独自の検出系を作成することもできる。MRSAのキットは主にサーベイランスを想定して作成されているが、本装置を用いて積極的にMRSAを検出することで、院内感染対策上の貢献が期待されている。我々が救急救命センターと共同で実施した臨床研究でも、通常の培養検査より、MRSA検出感度が高く、迅速性にも優れることが示された(図6)3)

おわりに

図6 遺伝子検査によるMRSA検出
図6 遺伝子検査によるMRSA検出
 感染症検査機器は技術革新に伴って進化してきており、治療薬選択や患者のマネジメントに大きく貢献できる。しかしながら未完成な部分も多い。どのような患者群にどの診断法を用いていくかも課題である。感染症診療や院内感染対策に関わる医師と検査を行う臨床検査技師が相談して、施設毎の運用について決めていく必要がある。感染症検査のニューテクノロジーをうまく組み合わせて使うことで大きく貢献できる。

1) van Veen SQ, Claas EC, Kuijper EJ. High-throughput identification of bacteria and yeast by matrix-assisted lasor desorption ionization-time of flight mass spectrometry in conventional medical microbiology laboratories. J Clin Microbiol. 2010; 48: 900-7.
2) Yasuhide Kawamoto, Kosuke Kosai, Hiromi Yamakawa, Norihito Kaku, Naoki Uno, Yoshitomo Morinaga, Hiroo Hasegawa, Taiga Miyazaki, KOICHI IZUMIKAWA, Hiroshi Mukae, and Katsunori Yanagihara Performance evaluation of the MALDI Biotyper Selective Testing of Antibiotic Resistance– β -Lactamase (MBT STARBL) assay for the detection of extended-spectrum β -lactamase (ESBL) and cabapenemase activity in Enterobacteriaceae" Diagnostic Microbiology and Infectious Disease (in press).
3) Morinaga Y, Yamano S, Akamatsu N, Kaku N, Nagaoka K, Migiyama Y, Harada Y, Hosogaya N, Yamamoto Y, Tasaki O, Yanagihara K, Kohno S. Active Surveillance of Methicillin-Resistant Staphylococcus aureus with the Fully Automated Molecular Test in an Emergency Medical Center.Jpn J Infect Dis. 2015 Mar 13.