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特集:輸入感染症 2020年オリンピック開催を前に、
海外渡航者増加に向けた対策、懸念される輸入感染症とその備えについて

2019年10月発行
掲載内容は、情報誌「Ignazzo(イグナッソ)」発行時点の情報です。

国立国際医療研究センター 国際感染症センター 守山 祐樹
国際感染症センター長 大曲 貴夫

序文

 日本への渡航者は年々増加しており、今後も2020年東京五輪オリンピック/パラリンピックに向けて更なる増加が見込まれている。オリンピック/パラリンピックのように特定の期間・場所に大量の人が集まることをマス・ギャザリング(mass gathering)と呼び、平時では起こり得ないようなトラブルが発生する可能性があり、感染症もその1つである。前回のロンドン五輪では幸いにして大規模な感染症の流行は認められなかったが、メッカの巡礼(ハッジ)では2000年に髄膜炎菌のアウトブレイクの事例がある。また、米国では2015年に有名テーマパークで麻疹のアウトブレイクが報告されている。マス・ギャザリングでもう1つ大事な要素としては恐怖である。情報不足やデマは容易に人を恐怖に陥れる。医療者は感染症に対する正しい知識を持ってオリンピック/パラリンピックに挑みたい。本稿では2020年東京オリンピック/パラリンピックに向けて、我々は何を知り、どう備えるべきかを簡単に記す。

懸念される輸入感染症とその備え

1.懸念される輸入感染症

 外国人の渡航者の増加で懸念される輸入感染症を以下の4つに分類した(表1)。

表1
1)感染性の高い感染症
 結核、麻疹、水痘は日本でもコモンな疾患であるが、アジア圏で広く蔓延している疾患である。
 季節性インフルエンザは日本では冬季に流行するが、アジア圏では一年を通じて流行している地域もある。また、麻疹は2019年時点で北米をはじめとして世界的に大流行をしている疾患であり注意を要する(https://www.cdc.gov/measles/casesoutbreaks.html)。
 結核は長引く咳嗽や体重減少、寝汗などの徴候があれば可能性について検討する。空気感染する疾患であり待合室の曝露をしないよう、可能性のある患者を早めに見つけ、隔離する必要がある。
 麻疹や水痘は発熱に加え皮疹があるために比較的見つけやすい。これらの感染性の高い感染症は可能ならば医師の診察前に受付や予診で把握したい。麻疹も水痘も空気感染をする疾患であるため、待合室で他患者が曝露しないよう、可能性のある患者を早めに見つけ、隔離する必要がある。感染対策の詳細については別項で説明する。

2)日本では稀な感染症
 デング熱、マラリア、腸チフスは輸入感染症の中でも比較的国内での報告患者数の多い疾患である。世界各国から人が訪れるオリンピック/パラリンピックでもこれらの疾患の流入が懸念される。
 いずれの疾患も発熱以外の症状が非特異的であることが多く1)、症状のみで診断をつけることは難しい。渡航地や潜伏期間、曝露から鑑別を立てることが重要である。
 ただし、2014年に代々木公園を中心としたデング熱の国内発生例2)もあり、必ずしも渡航歴が無ければ輸入感染症とも言えない。「3. 情報収集」で述べるように情報のキャッチアップが必要である。

3)マス・ギャザリングで注意すべき感染症
 髄膜炎菌(Neisseria meningitidis)はマス・ギャザリングでしばしば問題になる病原菌である。髄膜炎菌はくしゃみなどの飛沫感染で伝播し、気道を介し、血中に入り、敗血症や髄膜炎などの死亡率の高い感染症の起炎菌となる。メッカの巡礼のようなマス・ギャザリングや寮生活などの集団生活でしばしばアウトブレイクを起こす。
 侵襲性髄膜炎菌感染症を診察や問診で診断することは難しいが、急速に病状が進行する敗血症を呈する場合や、皮膚に急速に紫斑が出現(電撃性紫斑病)する場合はその原因の一つとして侵襲性髄膜炎菌感染症も疑われるので、血液培養を採取し、速やかに抗菌薬を開始する。
 髄膜炎菌感染症であることが判明した場合は患者を隔離し、曝露者の予防的抗菌薬投与を検討する必要がある。曝露後予防については国立感染症研究所のウェブサイトが参考になる(https://www.niid.go.jp/niid/ja/iasr-sp/2258-relatedarticles/related-articles-406/4147-dj4064.html)。

4)危機管理対策が必要な感染症
 中東呼吸器症候群(MERS)やエボラ出血熱、新型インフルエンザなどの危機管理対策の必要な疾患も、オリンピック/パラリンピックを契機に流入してくる可能性がある。現在、日本ではこれらの疾患の報告例は無いが、2015年に隣国の韓国でMERSのアウトブレイクがあったことは記憶に新しく3)、エボラ出血熱は2019年現在でもアフリカ大陸で報告がある。
 これらの疾患を疑うにはまず「3-2世界各国のアウトブレイク情報」で記すような方法で世界的な流行状況を知ることが肝要である。またこれらの疾患を疑った場合は保健所と相談し、適切な医療機関への移送を検討する。現場の感染対策については以下のガイドラインが参考になる(表2)。
表2 危機管理対策が必要な感染症の感染対策の参考になるガイドライン
ガイドライン名URL
成人の新型インフルエンザ治療ガイドラインhttps://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/kenkou/kekkaku-kansenshou/infulenza/kenkyu.html
新型インフルエンザ等発生時に初期対応を行う「 検疫所」「医療機関」「保健所」における感染対策に関する手引き(暫定 1.0 版)http://www.medic.mie-u.ac.jp/kansen-seigyo/research/images/2015.6%20influenza_kansentaisaku.pdf
患者同士の感染を防ぐ<新型インフルエンザの外来診療における感染予防策https://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou04/inful_booklet.html
中東呼吸器症候群(MERS)等の新興・再興呼吸器感染症発生時感染防止対策指針http://www.tohoku-icnet.ac/Control/activity/guide.html
中東呼吸器症候群(MERS)・鳥インフルエンザ(H7N9)に対する院内感染対策https://www.niid.go.jp/niid/ja/index/2186-infectious-diseases/disease-based/alphabet/ hcov-emc/idsc/4853-mers-h7-hi.html
エボラ出血熱に対する個人防護具(暫定版)・医療従事者に関する個人防護具ガイドラインhttp://www.med.or.jp/doctor/kansen/ebola/003348.html

2.職員の受けておくべき予防接種について

 医療機関で働く者が日本環境感染学会の発行している「医療関係者のためのワクチンガイドライン」(http://www.
kankyokansen.org/modules/publication/index.php?content_id=17)に沿って事前にワクチン接種を済ませておくことが推奨される。
 具体的には麻疹、風疹、おたふく、水痘については2回のワクチン接種歴もしくは抗体陽性(図1)を満たすように準備をしておくことが必要である。特に受付職員、事務員は感染性の高い疾患に罹患した患者に接触する可能性が高いにも関わらず、医療機関としての対応が漏れがちであるため、注意を要する。

図1 麻疹・風疹・流行性耳下腺炎・水痘ワクチン接種フローチャート

3.情報収集について

 輸入感染症は非特異的な症状を呈することが多く、鑑別が難しい。かといって無闇やたらと輸入感染症を疑う事もできない。また、感染症診療において、現在の流行状況を知らないということは恐怖とパニックに繋がる。そこで、現時点で何が流行しているのか、目の前の患者さんがどの感染症の可能性があるのかを知っておくことは感染対策を考える上で非常に有用である。

1)輸入感染症診療の原則
 輸入感染症診療の原則は渡航元、潜伏期間、曝露などを知ることである(表3~5)。これらからある程度、輸入感染症の鑑別は絞られてくる。

2)世界各国のアウトブレイク情報
 厚生労働省検疫所のウェブサイトであるFORTH(https://www.forth.go.jp/index.html)に海外感染症発生情報の速報が載っている。またニュース(BBCやCNNのような国際的なニュース番組が望ましい)も重要な情報源である。
 より早い情報を得るのであれば、ProMED(https://www.promedmail.org/index.php)が助けになる。ProMEDはアメリカの組織Federation of American Scientists による新興感染症モニタリングのプロジェクトであり、メーリングリストのシステムを用いて感染症の発生・研究・制御などに関する報告や議論を行っている。時には誤った情報が含まれることもあるが、非常に早い時点での情報が入手可能である。情報が多すぎる傾向はあるが、Hot topicsのタブだけでも十分な情報が得られる。

3)オリンピック/パラリンピックに向けた国内サーベイランス
 オリンピック/パラリンピックの期間中、都内では感染症サーベイランスが実施される。また、原因不明の重症の感染症をいち早く拾い上げるためのサーベイランス(疑似症サーベイランス)は2019年から運用が開始されている(https://www.niid.go.jp/niid/images/epi/PDF/gijisyo-gildeline-190325.pdf)。これらの情報を元に可能性の高い感染症の候補を挙げていきたい。

表3 患者の渡航先から鑑別診断を検討するうえで重要な情報

表4 患者の潜伏期間から考慮すべき感染症4~6)

表5 患者の曝露から考慮すべき感染症4~6)

4.患者が受診した際の対応について

1)感染対策
 上記に述べたように、オリンピック/パラリンピックの期間は感染性が極めて高い疾患が増加する可能性がある。待合室で曝露することを避けるために、診察室に入る前から可能性のある患者を拾い上げ、感染拡大防止に努めたい。
 発熱に加え、皮疹を呈する患者の場合、麻疹、風疹、水痘などの感染性の高い疾患を考える。また長引く咳のある患者では結核を想起する。
 一度の質問ではどうしても重要な情報の聴取が漏れてしまいがちなので、フローチャート(図2)のように、繰り返し質問をしていく。事務方が隔離すべき患者の早期の拾い上げの鍵となるが、医療知識に乏しいことも多いため、院内講習会などでその必要性についてレクチャーをし、「なぜその質問をするか」の意味付けをする事も有用である。
 感染対策については厚生労働省の出す「外国人患者受入れのための医療機関向けマニュアル」(https://www.mhlw.go.jp/content/10800000/000501085.pdf)の第2章の8、感染症対策が参考になる。


図2 患者診察前のフローチャート
2)診察時の考え方
 3-1で述べたように、渡航元、潜伏期間や曝露で考える。ある程度の規模の病院であればデング熱迅速キット(保険適応あり)やマラリア迅速診断キット(保険適応なし)などのキットを置いておけば診断の役に立つだろう。

3)診察後の対応
 診察の結果、感染症届け出疾患(麻疹、水痘、結核等)の可能性があれば、担当地区の保健所に連絡し対応を協議する。曝露者が出てしまった場合、曝露後の対応も併せて協議する必要がある。

5.テロへの備え

 幸いオリンピック/パラリンピックで大規模なテロリズムが起こったことはないが、米国の9.11の際の炭疽テロや国内でも地下鉄サリン事件などのようなテロリズムの懸念はある。
 CDCはバイオテロで使用される可能性がある病原体として「炭疽」「天然痘」「ボツリヌス」「ペスト」「野兎病」「ウイルス性出血熱」をカテゴリーAとして挙げている。国立国際医療研究センターではこれらの疾患の診療指針をウェブサイトで公開しており、参考にされたい(http://dcc-irs.ncgm.go.jp/material/manual/)。
 炭疽テロの事例でそうであったように、最初の数例はバイオテロと認知されない可能性がある。3-3で述べたような疑似症サーベイランスはこのような疾患の拾い上げに有用であると期待されており、原因不明な重症感染症をみた際には積極的なサーベイランスへの報告をしたい。

6.最後に

 オリンピック/パラリンピックで流入が懸念される輸入感染症とその備えについて記した。輸入感染症は敬遠されがちなジャンルであるが、患者が来てしまえば「診れない」「わからない」とは言えない。まずは知ることが輸入感染症診療への第一歩であり、本稿がその一助となれば幸いである。

引用文献

1) S. Kutsuna et al., “Comparison of clinical characteristics and laboratory findings of malaria, dengue, and enteric fever in returning travelers: 8-year experience at a referral center in Tokyo, Japan,” J. Infect. Chemother., vol. 21, no. 4, pp. 272–276, 2015.
2) S. Kutsuna et al., “Autochthonous dengue fever, Tokyo, Japan, 2014,” Emerg. Infect. Dis., vol. 21, no. 3, pp. 517–520, 2015.
3) K. H. Kim, T. E. Tandi, J. W. Choi, J. M. Moon, and M. S. Kim, “Middle East respiratory syndrome coronavirus (MERS-CoV) outbreak in South Korea, 2015: epidemiology, characteristics and public health implications,” J. Hosp. Infect., vol. 95, no. 2, pp.
207–213, 2017.
4) A.M. Spire, “Assessment of travellers who return home ill,” Lancet, vol. 361, no. 9367, pp. 1459–1469, 2003.
5) A. Humar, J. Keystone, "Evaluating fever in travellers returning from tropical countries" BMJ vol. 312. pp. 953-956, 1996
6) 濱田篤郎 “海外渡航に関連した感染症” 日本臨床微生物学雑誌 vol. 20, no. 3, pp.163-168