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新型コロナウイルス感染症に対するPCR検査

2020年9月発行
掲載内容は、情報誌「Ignazzo(イグナッソ)」発行時点の情報です。

東邦大学医学部 微生物・感染症学講座 助教 青木 弘太郎

2020年2月に3711人の乗員乗客を乗せたダイヤモンド・プリンセス号内で新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が集団発生し、PCR検査により4月15日までに確定症例712例が確認されました。2月初旬から、東邦大学医学部微生物・感染症学講座において石井先生、青木先生を中心に新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の遺伝子配列に基づいたPCR検査の構築および大量検体を処理できる全自動PCR検査装置を用いた感染検査プロトコルの設計が行われ、当該検査にも利用されました。COVID-19の感染拡大はいまだ終息を見ませんが、感染拡大前からこの感染症の危険性に気づき、迅速かつ真摯な対応を続けてこられた検査現場の実態について青木先生にお話しいただきました。

■全自動RT-PCR検査装置を用いたSARS-CoV-2の検出

Q1 感染症にかかわるゲノム解析の役割・進歩についてお聞かせください。

今回のSARS-CoV-2の速やかな同定は、ゲノム解析の進歩によるところが大きかったと思います。ゲノム配列のハイスループット解析能力を持つ次世代シーケンサー(NGS)の普及により、SARS-CoV-2の全長ゲノムが迅速に解読され公開されたことにより、PCR系の確立も速やかに進みました。病原体そのものから、あるいは原因不明感染症の患者検体から、疾患の原因と考えられる病原体のゲノム配列を解析するスピードは、NGSを用いることで2002~2003年アジアやカナダで感染拡大したSARSや2012年アラビア半島諸国で発生したMERSの場合と比べると数百倍速くなっていると思います。

Q2 全自動RT-PCR検査の感染検査プロトコルの作成についてお聞かせください。

BD マックス™ 全自動核酸抽出増幅検査システムを用いたSARS-CoV-2の検出検査プロトコル作成を開始した際には、すでにSARS-CoV-2遺伝子検出用のRT-PCR検査法を立ち上げていた国立感染症研究所からプライマーおよびプローブを分けていただき、RNAの抽出系や用いる酵素、反応系などについて試行錯誤を繰り返しながら検討を重ねました。初めての実験系を限られた試薬で構築するなかで、失敗すると試薬を無駄に消費し、時間だけが過ぎていくというプレッシャーがありました。しかし、これまでの分子生物学的実験で培った経験や勘のおかげで、約1週間でSARS-CoV-2の検出プロトコルをBD マックス™ システムに搭載することができました。

■ダイヤモンド・プリンセス号の乗員乗客のPCR検査を担った現場の状況

Q3 当時の研究室の体制についてお聞かせください。

当研究室は検査室ではないので臨床検体を扱かった経験は浅く、施設も人員の技術も未熟であったと思います。しかし、石井先生のご指導の下、ウイルスが含まれている可能性があり、採取から梱包までの手順が不明で外装が汚染されている可能性もある検体の置き場所、作業スペースや検査フローを一方向性にして、検査にかかわらない人はもちろんのこと、検査する人がウイルスに曝露しないように細心の注意を払いながら研究室の体制を構築しました。また、検査室感染は絶対に起こしてはならないというなかで、ウイルスの特性に応じた感染対策をしっかりと行いました。その結果、ダイヤモンド・プリンセス号に関しては約200検体、その他の検体を含めると2020年8月までに約2400件の検査を実施しましたが、大きな問題もなく一人の感染者も出ておりません。

Q4 PCR検査の判定におけるご苦労についてお聞かせください。

今回のPCR検査では、体外診断用医薬品ではなく、我々の責任で構築したPCR検査系を用いて判定しなくてはならないということで、精度管理を徹底しました。例えば、検出限界値、希釈サンプルにおける検出直線性、および日差再現性を確認しました。また、増幅曲線は機械に判定を任せるのではなく、石井先生、私と大学院生の3人で確認しました。さらにネガティブコントロールを反応系に入れて試薬汚染による偽陽性を出さないように注意を払いました。PCR検査の感度について、COVID-19を疑う症状発症後3日目頃に感度が最大となり、その前後では感度が下がるという報告があります。したがって、微妙なウイルスのシグナルを判定する際には、患者の症状や発症後経過日数の情報が大変重要になります。しかし、ダイヤモンド・プリンセス号あるいは行政検査の検体については、患者の症状などを含めたバックグラウンド情報が知らされていなかったため、判定に悩んだケースもありました。

■PCR検査のピットホール

Q5 今回実施されたPCR検査で遭遇した問題点についてお話しください。

通常PCR検査のなかでは核酸増幅のアナリティカルフェーズが重要視されます。しかし実際には、検体の採取、輸送および核酸抽出を含むプレアナリティカルフェーズが最も重要な部分であり、ここを含めた検出限界値を知っておくことが重要だと思います。「陰性」を証明してほしいと要求されても、「ウイルス量ゼロ」は証明できません。証明できるのは「ウイルス量は検出限界値未満」ということです。さらに検体採取後に感染する可能性があるので、この証明は検体を採取した時点でのみ有効であり、検体採取後には「昔の話」になってしまうことに留意していただきたいと思います。

■今後期待される遺伝子系の新しい機器やその使い方

Q6 先生が注目されている遺伝子系の新しい試薬・機器などをご紹介ください。

タカラバイオや島津製作所が開発した検査用の試薬は、鼻咽頭ぬぐい液だけでなく唾液にも使え、従来のRT-PCR装置で使用できます。BD マックス™ 全自動核酸抽出増幅検査システムに加えて、プレシジョン・システム・サイエンスより8月3日、全自動PCR検査装置が国内で発売されました。この全自動装置のメリットは、煩雑な検査作業から解放され、検査の判定、試薬や検査結果の管理といった重要性の高い作業に時間を使えることです。さらに、用手法検査と比べるとウイルスに曝露する機会が少ないので感染リスクも減少します。

Q7 どのようなPCR検査のあり方がベストだとお考えですか?

感染制御上重要なケースに対象を絞りPCR検査を実施すべきと考えます。特に医療従事者を守るための院内PCR検査は今後重要になってくると思います。そして、検査結果に基づいた適切な対策を講じることが求められます。また、頑健なPCR検査体制構築のためには、精度管理を理解し、検査に問題が発生した場合には迅速に是正できる人材を増やしていくことも重要だと思います。

販売名:BD マックス
製造販売届出番号:07B1X00003000125
製造販売元:日本ベクトン・ディッキンソン株式会社