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糖尿病治療における医療従事者の針刺し損傷による医療コストについて

必見!諸外国医療経済事情
2022年12月発行
掲載内容は、情報誌「Ignazzo(イグナッソ)」発行時点の情報です。

聖マリアンナ医科大学 感染症学講座 教授 國島 広之

國島 広之

1. はじめに

 2019年に発生した新型コロナウイルス感染症では多くの医療従事者に職業感染がみられました。患者の安全や医療の継続のために、医療施設における職員の安全確保は、今まで以上に極めて重要な課題となっています。わが国では糖尿病の有病者は1000万人以上、約100万人の方がインスリン治療を行っていると言われており、加えて高齢化の進展に伴い、医療者のみならず介護や社会全体で支えていくことが求められています。糖尿病患者に適切な医療を提供するためにも、私たちが日々のケアのなかで安全に従事することが必要不可欠です。科学的根拠(エビデンス)や医療コストを含めた理解のもとに、糖尿病診療に関わる安全器材を普及させることが急務となっています。

2. 医療従事者の針刺し・切創の実態

 日常的に血液や体液に曝露するリスクがある医療従事者については、適切な労働安全に関わる対策が不可欠です。職業感染制御研究会による全国調査「エピネット日本版サーベイランス(JES)」によって国内の医療機関における針刺し・切創発生率の実態が明らかにされました。原因器材の内訳の推移を見ると、従来は中空針、縫合針、翼状針、薬剤充填針、静脈留置針が多かったものの、安全器材の開発と医療機関での採用、安全教育もなされていることで、現在は翼状針と静脈留置針の割合は低下傾向にあります。
 一方、手術件数が増加していることもあり縫合針の割合は増えています。特筆すべきこととして、インスリン注入器用注射針などの薬剤充填針の割合が増加しています。インスリン注射器の使用は各病棟や在宅・社会で広く行われており、その影響は大きいものと考えられます。インスリン注入器用注射針による針刺し・切創増加の背景としては、翼状針や静脈留置針、縫合針では安全器材の導入が進んでいるものの、インスリン投与用の安全機構付きペン型注入器用注射針の導入は2014年時点でもいまだ1/4程度にとどまっており、この導入の遅れが針刺し・らず介護や社会全体で支えていくことが求められています。糖尿病患者に適切な医療を提供するためにも、私たちが日々のケアのなかで安全に従事することが必要不可欠です。科学的根拠(エビデンス)や医療コストを含めた理解のもとに、糖尿病診療に関わる安全器材を普及させることが急務となっています。切創の割合が増加傾向にあることの理由と考えられます。
 職業感染対策にもエビデンスによる対策が求められています。そのなかでも、針刺し・切創によって生じる経済的損失を明らかにすることで、より改善の方向に進むと思われます。医療従事者が安心して働けるゼロリスクの環境づくりは金額だけで評価できるものではないものの、リスク対策の費用対効果を算出することで説得力も出てきます。
 我々は日本における医療従事者の針刺し・切創の経済的損失を検討したところ、針刺し・切創の発生後から検査費用、フォローアップ費用などとして1事例あたり6万3,711円が費やされます。わが国では年間52万5000件の針刺し・切創事例が報告されていることから、損失は年間総額334億円にも上ります1)。実際には感染症罹患後の治療費用や受診に伴う負担、受傷者に対する心因的なケアなども必要になり、中小の医療機関、診療所や社会福祉施設では専門的な対応がし難いこともあることから、金額ならびに社会的な負担はさらに膨らむはずです。すべての医療従事者は、適切な針刺し・切創防止策を講じることで、この莫大な損失をゼロにできることを改めて認識する必要があります。

3. 糖尿病領域における医療従事者の針刺し・切創

 医療施設で自己注射が困難な入院患者にインスリン注射を行う場合、ペン型注入器用注射針が使用されています。「インスリン注入器用注射針は細く、感染リスクはないだろう」と思っている方がいるとしたら、それは大きな誤解です。使用後のインスリン注入器用注射針が血液汚染されていることはすでに知られており、ペン型注入器では逆血することもあります。たとえばB型肝炎患者の血清1mLあたりのHBV量は107~9コピーとされており、B型肝炎ウイルス、C型肝炎ウイルスはペン型注入器用注射針の容積(0.1~0.2μL程度)の血液量でも十分に感染が成立すると考えられます。
 また、先ほども述べたように、インスリン注入器用注射針などの薬剤充填針による針刺し・切創の割合は増えており、自己注射を前提として開発されたペン型注入器用注射針は従来のシリンジに比べて針刺し・切創リスクが6倍高いとの報告もあります2)。対策は急務なのです。

4. 安全機構付き注射針導入による針刺し・切創の抑制効果を検証

 現在、多くの施設で針刺し損傷防止機構付きペン型注入器用注射針(安全機構付き注射針)の効果が確認されており、我々も聖マリアンナ医科大学病院、聖マリアンナ医科大学横浜市西部病院、川崎市立多摩病院でのペン型注入器注射針に関する針刺し・切創発生件数を調査し、安全機構付き注射針の導入による医療従事者の安全性への効果を調査しています3)
 安全機構付き注射針には、注射後に自動的に安全機構が作動して針先(患者側)のみを保護するものと、針先 および後針(カートリッジ側)の両側を保護する針刺し損傷防止機構付きのもの(BD オートシールド デュオ™)があります。我々は、それぞれの注射針の使用期間ごとの針刺し・切創発生件数と各針の使用期間の針刺し・切創発生件数を3施設合計の使用期間(のべ月数)で割った月あたりの発生件数を算出し、従来針のみの使用期間における針刺し・切創発生件数と安全機構付き注射針の導入後の針刺し・切創発生件数を比較しました。
 その結果、安全機構付き注射針導入後の針刺し・切創発生件数(0.20件/月)は従来針のみの使用期間(0.33件/月)に比べて有意に減少していました(p=0.0396)(図)。事故のうちわけは、リキャップ時、注射後の廃棄時、前回の針が装着されたままといった使用後が大半を占めており、受傷59件のうち51件(86.4%)は安全機構付き注射針の導入によって防止可能な事例でした。
 我々のような大学病院以上にインスリン投与治療を行っている施設やクリニックには、是非、このデータを参考にして取り組んでいただければと思います。実際には患者が使い慣れている従来針を使用しての注射介助を行わざるを得ないこともあり、また、安全機構付き注射針であっても、穿刺中に患者が動いてしまうこともあることで、針刺し・切創はゼロにはなりません。しかし、安全機構付き注射針の使用によって、リキャップせざるを得ないペン型注入器において針刺し損傷要因の9割弱を防止できたと言えます。ただ、患者が使い慣れている従来針を完全に廃止するわけにもいかず、安全機構付き注射針と混在していることは問題のひとつです。

引用文献

1) Kunishima H, et al. Estimating the national cost burden of in-hospital needlestick injuries among healthcare workers in Japan. PLoS One 2019; 14: e0224142.
2) Pellissier G, et al. Risk of needlestick injuries by injection pens. J Hospital Injection 2006; 63: 60-4.
3) 國島広之, ほか. 針刺し損傷防止機構付ペン型注入器用注射針の導入効果. 環境感染 2017; 32: 123-6.

販売名:BD オートシールド
医療機器承認番号:22300BZX00136000
製造販売元:日本ベクトン・ディッキンソン株式会社