医療関係者向けのページです

微生物検査室における感染防止対策

職業感染対策実践レポート
2022年12月発行
掲載内容は、情報誌「Ignazzo(イグナッソ)」発行時点の情報です。

福島県立医科大学 保健科学部 臨床検査学科 豊川 真弘
福島県立医科大学 保健科学部 臨床検査学科
豊川 真弘

1.はじめに

 バイオセーフティ(biosafety)の原則は、様々なバイオハザード(biohazard;生物危害)から、①作業者本人を守ること、②共同作業者を守ること、③周辺のまったく無関係な人や環境を守ることにある。そのためには、微生物の封じ込めに必要なハード(検査室設備など)と安全対策を正しく行うためのソフト(安全な微生物学的技術、標準予防策、教育訓練など)の両面から適正化に取り組む必要がある。

2. 微生物のリスク群とバイオセーフティレベル

 世界保健機関(WHO)では、微生物を4つのリスク群(表1)に分類しており、すべての微生物検査室はバイオセーフティレベル(BSL)2またはそれ以上のレベル(結核菌を扱う場合はBSL3など)に設定することを推奨している1)。一方、わが国では特定病原体を対象にした独自の分類(一~四種病原体)が採用されており、分類に応じた取扱い・設備基準等が定められている(表2)。
バイオセーフティレベル分類に関連する主な作業方式と安全機器(WHO)
特定病原体の分類(厚生労働省)

3.エアロゾル対策としての生物学的安全キャビネット

 エアロゾルは、空気中に浮遊した微小な液体のコロイド粒子または固体粒子で、臨床材料や菌液を取り扱う様々な状況において発生し得る。エアロゾルは操作者の五感による検出は極めて困難であり、気づかぬうちに汚染が広がることから、最も重要なバイオハザード対策課題のひとつである。エアロゾル対策の第一歩は、エアロゾルが発生しやすい状況を知り、それぞれにおけるリスクの低減化を行うことであり、理想的にはリスクを伴うすべての操作を生物学的安全キャビネット(biosafety cabinet:BSC)内で実施することが望ましい。表3にエアロゾルの発生要因と対策法を示した。
エアロゾルの発生要因と対策法

4.標準予防策

 標準予防策(standard precautions: SP)は、1990年に米国のPublic Health Serviceより提唱された概念で、「すべての人の汗以外の湿性体液由来物質(血液、体液、排泄物等)は感染性物質として取り扱う」ことを前提としている。具体的には、患者(検体)および周囲の環境に接触する前後には手指衛生を行い、湿性体液由来物質の曝露が予想される場合にはリスクに応じた防護具を使用する。標準予防策は感染対策の基本であり、微生物検査業務においても適用される。表4に微生物検査室で実施すべき標準予防策の具体例3)を示した。

5.個人防護具

 個人防護具(personal protective equipment: PPE)には、手袋、マスク、ガウン、ゴーグル、フェイスシールド、キャップなどがあり、リスクに応じて必要な防護具を選択して使用する。微生物検査室においては、通常の微生物検査業務(抗酸菌培養を含む)を安全キャビネット内で適切な手技のもとで行う場合には、手袋、マスクおよびガウンが必須PPEとなる。一方、安全キャビネットを使用する場合であっても、培養された濃厚な結核菌を同定や感受性試験などのために取り扱う場合には、N95マスクやゴーグルの併用が望ましい。

6.感染性廃棄物の取扱い

 感染性廃棄物は、「医療関係機関などから生じ、人が感染し、若しくは感染するおそれのある病原体が含まれ、若しくは付着している廃棄物またはこれらのおそれのある廃棄物(環境省)」と定義されており、その適用は、「形状」、「排出場所」及び「感染症の種類」をもとに客観的に判断される(図1)。微生物検査室から排出される感染性廃棄物は感染リスクが高いことから、自施設にて高圧蒸気滅菌処理後に廃棄することが望ましい。一方、廃棄物処分業者に滅菌処理を委託する場合には、保管・搬送を含む取扱い方法について十分に協議する必要がある。

7.事故および災害時の対応

 汚染事故が発生した際の対応マニュアルや火災・地震等が発生した際の災害対策マニュアルを作成しておくことが望ましい。また、それらを用いた実施訓練を定期的に実施する。

8.健康診断とワクチン接種

 定期健康診断は必ず受診する。これにより職業感染の追跡調査や気づかぬうちの感染の発見に役立つことがある。なお、特定病原体を取り扱う者は定期健康診断の際に血清保存を行うことが望ましい。
 医療従事者はその職務形態上、伝染性ウイルス(麻疹、水痘、風疹、流行性耳下腺炎ウイルスなど)や血液媒介病原体(B型肝炎ウイルスなど)への曝露リスクが高い。このため、ワクチンで予防できる疾患(vaccine-preventable disease:VPD)に対しては、特別な理由がない限り、事前にワクチン接種を実施すべきである。

9.おわりに

 微生物検査室における感染防止対策について概説した。今回誌面では触れなかったが、いくつかの機関・学会より新型コロナウイルス(SARS CoV2)の検査を含めた感染対策に関する指針・提言が公開されているので参考までに表5に提示した。

表5 新型コロナウイルス(SARS CoV2)の感染対策に関する指針・提言等(2021年6月現在)
・日常検査体制の基本的考え方の提言 第1版(日本臨床検査医学会)2020年4月13日
 https://www.jslm.org/committees/COVID-19/20200413-2.pdf
・2019-nCoV(新型コロナウイルス)感染を疑う患者の検体採取・輸送マニュアル(国立感染症研究所)
 https://www.niid.go.jp/niid/ja/diseases/ka/corona-virus/2019-ncov/9325-manual-200121.html
・新型コロナウイルス感染症 病原体検査指針 第3.1版(厚生労働省等)2021年3月3日
 https://www.mhlw.go.jp/content/000747986.pdf
・医療機関における新型コロナウイルス感染症への対応ガイド 第3版(日本環境感染学会)2020年5月7日
 http://www.kankyokansen.org/uploads/uploads/files/jsipc/COVID-19_taioguide3.pdf

感染性廃棄物の判断フロー

文献

1) WHO. 実験室バイオセーフティ指針(第3版) 2004.
 https://www.who.int/csr/resources/publications/biosafety/Biosafety3_j.pdf
2) 一般社団法人日本臨床衛生検査技師会(監修).臨床微生物検査技術教本.丸善出版,p126, 2017
3) 岡田淳(編著).必携バイオセーフティ指針.医歯薬出版株式会社,p74,2010
4) 環境省 環境再生・資源循環局.廃棄物処理法に基づく感染性廃棄物処理マニュアル.P5,2012.
 http://www.env.go.jp/recycle/misc/kansen-manual1.pdf