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特集1:Jagger先生と編集委員との座談会
医療従事者の感染制御と労働安全:普遍的な血液体液曝露対策を築くには?

2016年2月発行
掲載内容は、情報誌「Ignazzo(イグナッソ)」発行時点の情報です。

米国での連邦法制定までの経緯等を踏まえ、日本の感染制御、特に医療従事者の感染対策に焦点をあて、日本における普遍的な血液体液曝露対策のさらなる向上を目指す戦略を考える

対談者

• Janine Jagger
(M.P.H., PhD., Professor of Medicine at the University of Virginia School of Medicine)
• Ignazzo編集委員の先生方(敬称略)
賀来 満夫(東北大学大学院医学系研究科 内科病態学講座 感染制御・検査診断学分野教授)
金光 敬二(公立大学法人 福島県立医科大学 感染制御学講座教授)
満田 年宏(公立大学法人 横浜市立大学附属病院 感染制御部・部長 准教授)
高野 八百子(慶應義塾大学病院 感染制御センター 感染症看護専門看護師)
Photo credit: David Scull, White House photo
Photo credit: David Scull, White House photo
司会(賀来) Jagger 先生の来日に伴い、本日は先生方にお集りいただき、「医療従事者の感染制御と労働安全、普遍的な血液曝露対策を築くには」をテーマに座談会を開催いたします。まずはJagger 先生から感染対策における米国連邦法(Needlestick Safety and Prevention Act)の成り立ちとその社会的影響についてお話しいただきたいと思います。2000年のクリントン大統領(当時)の連邦法署名式の写真は有名ですが、大統領の右隣がEPINet™(Exposure Prevention Information Network)を開発し、そのサーベイランスによってエビデンスを収集し、必要な予防策を導き出して、医療従事者の感染制御の法制化まで導いたJagger 先生です。

針刺し安全予防法のインパクト
~医療従事者を血液由来病原体から守るには何が必要か?

図1 2015年現在EPINet™が使用されている国・地域(2015年 JSIPC講演スライドより)
図1 2015年現在EPINet™が使用されている国・地域
(2015年 JSIPC講演スライドより)

図2 米国における針刺し切創・血液体液曝露予防の取り組みの経緯(2015年 JSIPC講演スライドより)
図2 米国における針刺し切創・血液体液曝露予防の取り組みの経緯
(2015年 JSIPC講演スライドより)
Jagger 私は1991年に針刺し切創・血液体液曝露に関するサーベイランスであるEPINet™を開発しました。EPINet™は現在95か国で使われており、日本は初期の段階から使用している国の1つです(図1)。EPINet™は自施設の状況の客観的評価ツールであり、グローバルに蓄積されたデータから方法論を学べる国際的なリソースでもあります。
 米国における針刺し切創・血液体液曝露予防の取り組みの経緯を図2に示しましたが、思いつくものをすべてやってきたというのが実際かもしれません。まず、CDC(米国疾病管理予防センター)が1987年にガイドラインを策定し、1991年にOSHA(米国労働省労働安全衛生局)が血液媒介病原体への職業的曝露に対する基準を制定しました。OSHAの基準は何年もかかって強化され、ついには2000年に法制化されたことで様々な予防措置が展開されています。またこの間、FDA(米国食品医薬品局)は危険性のある器材に対して何度か警告(Safety Alert)を出しており、これに基づいて危険性がある器材の変更が実現しました。さらに1998年からは医療従事者の組合が州レベルで安全器材の導入に関する強力なロビー活動を実施し、最初の州法がカリフォルニアで制定されました。カリフォルニアは米国の人口の10%を占める非常に影響力のある大きな州であり、ここで何か起これば国全体に影響が及びます。他の州でも州法が制定され、2000年にクリントン大統領が連邦法案に署名し、米国において安全器材の導入が法制化されたわけです。

Discussion1:日本に現存する医療従事者の血液体液曝露対策の基準、ガイドラインなどについて

表1 院内感染防止に関する留意事項
表1 院内感染防止に関する留意事項
図3 日本における安全器材の市場推移
図3 日本における安全器材の市場推移
賀来 日本の医療従事者の血液媒介病原体の感染対策のガイドラインをJagger 先生にお示しします。表1は厚生労働省が2005年に出した院内感染防止の指針です。医療従事者の職業感染の問題を重要視しており、マイルドな表現ではありますが、職業感染防止策としてリキャップの原則禁止、注射針専用の廃棄容器の設置、安全器材の活用を指導しています。この厚生労働省指針の通達以降、翼状針・留置針の安全器材の使用が増えていきました(図3)。とはいえOSHAの血液媒介病原体基準のような規制がいまだ日本にはなく、こうした実情を踏まえて日本の方向性についてご意見をいただきたいと思います。
高野 米国で法制化後に針刺し切創が大幅に減っていることから、法制化の意味は大きいと感じています。一方、日本でも翼状針・留置針は安全器材が多く使われているのですが、針刺し切創が大幅に減っているようには思えません。厚生労働省による指導以上に我々専門家の取り組みが重要なのでしょうか?
Jagger もし、今、市場に出回っている製品の50%が安全機構付きの針に替われば、針刺し切創は大幅に減りますし、残りの50%が安全機構付きの針に替わるのも時間の問題でしょう。従来型の針の使用率を低下させなければなかなか結果につながりません。米国ではOSHAによる監査があり、罰則もあります。OSHA が監査結果を公表することもあり、結果が芳しくなかった場合は「安全性における法律を守っていなかった」との批判も広がります。
満田 その反面、安全器材と称されている製品でも針刺し切創は完全になくなったわけではありません。結局、現段階ではどの国も、第三者が製品を評価して、医療従事者が中立な立場で正しい器材を選択できるような制度にはなっていませんね。
Jagger 第三者による評価を行っている国はないと思いますが、多くの国ではリサーチグループが複数の病院のデータを収集しており、データは多くの施設で使われています。また、たしかに安全器材であっても、針が付いている限り、針刺し切創は起こり得ます。ただ、初めて安全器材が登場したときには受傷率は約75%も低下しました。現在は90~95%低下しています。安全器材に慣れるためのトレーニングが必要であり、使い方に慣れてくれば受傷率は減ってきます。
賀来 日本の実情に合ったガイドラインを、厚生労働省、学会、専門家集団が共同で作り上げていくことが重要になってきますね。
満田 日本ではAIDS拠点施設を中心としている職業感染制御研究会のサーベイランスとは別に、国公立大学附属病院の感染対策協議会にも職業感染予防の作業部会があり、加盟大学病院のサーベイランスを行っています。今後、これら感染リスクの高い施設における安全器材の導入が針刺しのリスクをどう軽減できるかのアウトカムが出てくれば中小の病院への波及効果が期待できます。
賀来 日本と米国の状況は異なりますが、Jagger 先生から何かアドバイスはありませんか?
Jagger まず、理想的な「要件」が何なのかの合意が必要です。どのような器材を用いるかの合意が必要であり、専門家としてのコンセンサスを構築します。少なくとも1つのドキュメントのなかに意思決定者、そして様々な領域の第一人者が理想的な形は何か、どうあるべきかを謳うことも大切です。次にそのコンセンサスが得られた政策案をどう具現化していくかです。日本の体制のなかで専門家団体として何ができるのか、どこに圧力をかけるべきかを研究して実施していくことです。米国では医療従事者の組合が大きな力を持っており、その動向にはマスコミの注目も集まっています。

Discussion2:血液体液曝露の実態と対策、日本特有の状況について

図4 日本における針刺し切創の原因器材
図4 日本における針刺し切創の原因器材
賀来 針刺し切創の5大原因器材は、注射針、縫合針、翼状針、薬剤充填針、静脈留置針です。日本では翼状針・接続なし針・ランセットによる針刺し切創は減少している半面、ディスポーザブルの注射針の針刺し切創は依然として多い(図4)。Jagger 先生はこうした日本の状況をどう思われますか?
Jagger 特に重要になってくるのは採血針ですね。安全器材でないものが多く使われているだけではなく、もっとも重篤な影響を及ぼすものとして考えなければなりません。採血針対策を重点的に行うのが現実的な戦略と思います。たとえば日本では採血専門の医療者の学会などがありますか?
満田 日本には採血専門検査技師の資格制度がなく、看護師や臨床検査技師などが主に採血しています。採血の業務指針はありますが、検体の精度管理的な指針であり、医療従事者の安全についての指針ではありません。
Jagger 日本では、医療訴訟などの場合、病院長は法的な責任を負っているのでしょうか?
賀来 医療関連感染が起こったときには最終的には病院長の責任が問われます。しかし、患者さんに起きた場合にはメディアからも指摘され、行政からも叱責・指導を受けるわけですが、医療従事者の感染については院長の意識レベルは非常に低いことが大きな問題だと思います。
高野 メーカー側が申し合せて安全装置の付いていない翼状針の製造を中止してもらえれば、と思います。そうした目で見ていかなければと考えています。
満田 安全器材が導入されたことで一般病棟での針刺し切創が減った半面、当院では手術室での針刺し切創と体液曝露が全体の4~5割を占めています。そこで職業感染制御研究会では新たな試みとしてエピネット日本版の手術室バージョンを作成し、標準プロトコル化しました。
金光 日本のどの施設でも同じなのかもしれませんが、当院でも縫合針による針刺し切創は増えており、原因の1つとしてハンドフリーテクニックが守られていないことが挙げられます。
Jagger 米国でも手術室での針刺し切創は多いのが実情であり、我々も手術室については病棟とは別個に調査しています。手術室での受傷の約50%は縫合針によるもので、10%程度が注射器の針です。メスはそれより少ないですが、これらが3大原因です。日本の外科医は早くから鈍的縫合針を使っていますが、米国ではほとんど使われてなく、我々が啓発しようとしているところです。

Discussion3:今後の展望:日本で感染制御と労働安全のはざまで今後どのように普遍的な血液体液曝露対策を発展させることができるのか?

賀来 労働安全と感染制御という切り口があり、米国ではOSHAのような労働省直轄の連邦機関があり、罰則規定もあるなかで進んでいますが、日本は労働省が厚生労働省として一緒になっており、法令化もされていません。広い意味では感染制御は労働衛生、医療安全のなかに含まれるので、方向性が難しいなと感じています。最後に、今後の日本の方向性について各先生方のご意見をうかがいたいと思います。
高野 法制化まではいかなくても何かオフィシャルな指針が欲しいですね。国としてガイドラインや提言などを出していかなければ小さな病院ではなかなか実施することは難しく、B型肝炎ワクチンでさえ病院の持ち出しになっているという現状です。
金光 血液体液曝露対策について国は母子感染防止、輸血の安全対策、針刺し切創防止など、いくつかのことを同時に行っていく必要があると思います。このうち母子感染防止と輸血の安全対策は効果を上げているのですが、針刺し切創防止についてはまだまだです。日本環境感染学会や職業感染制御研究会、日本看護協会などの関連学会や団体が力を合わせて推進していくしかないと考えています。
賀来 メディアの方とJagger 先生を囲んでディスカッションをする機会があったのですが、やはり厚生労働省をどのように動かすか、国をどう動かしていくかの戦略を我々専門家集団が持つ必要があり、メディアも引き入れて問題提起していくことが必要だとつくづく思います。
 国内の大学で多剤耐性アシネトバクターのアウトブレイクがあったときに日本環境感染学会と日本臨床微生物学会と日本感染症学会と日本化学療法学会の4つの学会が共同で提言を出しました。そのことに対して厚生労働省は強い関心を抱き、専門家集団の意見として受け入れているのですね。やはり我々専門針の製造を中止してもらえれば、と思います。そうした目で見ていかなければと考えています。
満田 安全器材が導入されたことで一般病棟での針刺し切創が減った半面、当院では手術室での針刺し切創と体液曝露が全体の4~5割を占めています。そこで職業感染制御研究会では新たな試みとしてエピネット日本版の手術室バージョンを作成し、標準プロトコル化しました。
金光 日本のどの施設でも同じなのかもしれませんが、当院でも縫合針による針刺し切創は増えており、原因の1つとしてハンドフリーテクニックが守られていないことが挙げられます。
Jagger 米国でも手術室での針刺し切創は多いのが実情であり、我々も手術室については病棟とは別個に調査しています。手術室での受傷の約50%は縫合針によるもので、10%程度が注射器の針です。メスはそれより少ないですが、これらが3大原因です。日本の外科医は早くから鈍的縫合針を使っていますが、米国ではほとんど使われてなく、我々が啓発しようとしているところです。家集団が厚生労働省と国をどう動かしていくかの戦略を立てていかなければならないと思います。そのためにはメディアも引き入れて問題提起していくことが必要です。まずはデータを示して、企業やメディア、国民に、針刺し切創と血液曝露の防止がいかに重要かをアピールしていくべきかと思います。
Jagger 最も曝露の影響を受け、だからこそ安全対策の意識の高い看護師の役割は重要であり、看護師の声を統合していくことが重要だと思います。また、安全器材の導入にはコストがかかるかもしれませんが、実際に針刺し切創が起きた場合のトータルコストを考える必要があります。「受傷率を大幅に低下させるこうした器材が導入できないということは問題である」との認識が必要です。先生方が言われたように、専門家集団が声を上げ、そのなかでコンセンサスが得られれば強い力になります。また、メディアが関心を持つことで国民の理解も進むでしょう。
賀来 ありがとうございました。やはり針刺し切創のインパクトがいかに大きいのか、受傷した人がどんな思いでいるのか、お金の問題だけではなく精神的なダメージも含めて訴えていくことが重要です。先ほど言ったコストの問題もあり、イグナッソでは今後とも安全機構付き鋭利器材の医療経済評価の手法についても訴えていきたいと思っています。
Jagger 私はこの件に関して20年以上も活動を続けてきました。日本の先生方の熱意にはいつも感心させられています。日本の施設はサーベイランスデータの抽出にも積極的に関わっていただいています。こうした状況は米国では見られません。先生方のような専門家集団がこの問題を重視し、時間と労力を費やしていることがよく分かります。こうした皆様の力をこの問題に対する1つの影響力にしていただきたいと思います。日本の先生方が他の国とは違う日本の独自のやり方で対処してきた創造性は素晴らしく、教育的な観点からも学ぶべきところは多いと思っています。そうした意味で日本の同僚の皆様に感謝申し上げます。

* EPINet™ はバージニア大学の商標です。