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Ignazzo Interview: JCIの認証取得を目指すことで医療安全と感染対策の意識改革を実現

2016年2月発行
掲載内容は、情報誌「Ignazzo(イグナッソ)」発行時点の情報です。

足利赤十字病院
第一外科部長 高橋 孝行 先生(写真中央)
看護部(感染管理認定看護師)小林 由美江 先生(写真右)
感染制御認定臨床微生物検査技師 川島 千恵子 先生(写真左)

栃木県の地域中核病院である足利赤十字病院は、2015年2月に、医療施設の国際的な認証機関であるJCI(Joint Commission International)の認証を取得しました。国内の施設としては9番目、赤十字病院としては初めてのことです。申請から認証取得までを牽引した同院第一外科部長の高橋孝行先生と、評価基準としてもっとも重要な感染管理に携わる川島千恵子先生と小林由美江先生にJCI認証取得までの経緯についてうかがいました。

新施設は医療安全とセキュリティを重視した構造に

Q1. 足利赤十字病院の概要と特色を教えてください。

高橋:当院は1949年に開設し、2011年に現在の施設に移転しました。総病床数555床(一般病棟500床、精神科40床、結核病棟15床)の地域中核病院であり、一般病棟500床はICUやNICUなどを除けば全室個室です。万一、院内感染が起きても最初から隔離されていることで感染源がすぐにわかり、アウトブレイクも起こりにくいことが特長です。建物は全体が強固なコンクリート基盤の上に載っており、免震構造になっています。移転直前に起きた東日本大震災でも被害はありませんでした。また、JCI認証取得とも関係することですが、セキュリティレベルが高く、院内スタッフのカードキー、入院患者の面会者に渡されるカードキーはそれぞれ出入りできる場所が制限されています。盗難や乳児の誘拐なども想定して万全のセキュリティ体制を敷いているわけです。

感染対策への自信を基盤にJCI 認証取得を目指す

Q2. JCIについて簡単にご説明ください。

高橋:JCI(Joint Commission International;国際合同委員会)とは、米国の医療機能評価機構であるJCAHO(Joint Commission on Accreditation of Healthcare Organization:医療機関認定合同委員会)の国際版として1994年に設立され、現在までに90ヵ国以上に認定審査員およびコンサルタントのチームを派遣しています。JCIの目的は医療機関への教育やコンサルティング、評価を通じての国際的な医療の安全性と品質の改善です。評価のキーワードは「医療安全」、「医療の質の改善」、「第三者評価」の3点です。高い専門知識を持った第三者が厳正に評価することで中立性と透明性が担保され、認証された施設は国際的に見て高いスタンダードに達した病院と見なされます。2015年3月現在、欧州、アジア、南米などで740の医療施設が認証を取得しています。わが国の日本医療機能評価機構のようなものですが、JCI認証取得のハードルは非常に高く、これをクリアするのは並大抵のことではありません。
高橋 孝行 先生
高橋 孝行 先生
Q3.認証取得に動いた契機と院内の意思統一を図るまでの経緯をお聞かせください。

高橋:全面移転でハード面(施設面)での大きな改善を終えたことで、当院は次の段階としてソフト面である「医療の安全」と「医療の質の向上」に着目しました。2012年に病院機能評価Ver6.0の審査を受け、同年10月に認定を受けたのですが、これを契機にトップの間で「もっと高いハードルにチャレンジしてみては」との意識が芽生えたのがきっかけです。私も調べてみたのですが、要求される水準が非常に高いことに驚き、正直言って「当院が取得できるものなのか」と思いました。当時の国内の認証施設は亀田総合病院(千葉県)、NTT 東日本関東病院(東京都)、聖路加国際病院(東京都)など8施設に過ぎず、しかもいずれも有名施設です。足利赤十字病院は地方の中核病院に過ぎませんが、「自分たちにもできるのだ」という強い気持ちで審査申請に踏み切りました。
 2013年7月にキックオフとして、認証取得しているNTT 東日本関東病院の落合慈之院長(現在は名誉院長)をお招きして講演していただきました。落合先生の「医療事故が立て続けに報道されたことで、2000年代の日本の医療はバッシングを受けているが、日本の病院は決して諸外国に劣っていない。その状況を打開し、スタッフに自信を持ってもらうためにも、『当院は患者安全や医療の質向上に十分取り組んでいます』と示したかった」とのお言葉に強くパッションを感じて、私のなかで「当院でも是非やりたい」との気持ちが沸き立ちました。当院の感染対策は高い水準にあることから、まずは感染管理の評価を受けてみる決心をしたのです。同年の11月には米国感染管理・疫学専門家協会会議(APIC)のメンバーを招き、JCIの感染対策領域の評価をしていただきました。この方はJCIの審査員でもあり、JCIの審査方法も学ぶことができました。成績もまずまずだったので、医療安全や医療の質の向上などについて複数のワーキンググループを作りました。院内全体にJCIへの関心が醸成され始め、担当課である「医療情報課」と準備を進めていきました。

厳格な審査基準とその対応策

表1:JCIの審査項目( 第5版基準書、全14章で構成)
表1:JCIの審査項目( 第5版基準書、全14章で構成)
表2:International Patients Safety Goals( IPSG; 国際患者安全目標)
表2:International Patients Safety Goals
(IPSG;国際患者安全目標)
Q4. 審査に至るまでは順調だったのでしょうか。

高橋:JCIの認証基準を示している「基準書」は医療安全と医療の質の改善について14章から構成され、我々が受けた第5版には291の基準と1146の審査項目が記載されています(表1)。
 審査項目のなかには一読しただけでは意味がつかめないものもありました。例えば「国際患者安全目標」(IPSG)というもっとも重要な遵守事項のなかに「患者を確実に識別する2つの識別子を使って患者を認証せよ」とあるのですが、具体的に何を使えとは書いていません。国や施設の状況に応じて対応せよということであり、当院ではすべてのスタッフが病室に入るたびに患者様に名前と生年月日を尋ね、外来でも医師は診察時に名前と生年月日を尋ねるよう徹底しました(表2)。
 医師は医師免許のコピーではなく原本を提出せよ、また、全スタッフの職務規定書を提出せよ、の要請には頭を抱えました。JCIが作られた米国では専門医制度が徹底しており、医療行為の領域が厳然と決められています。このため、パート勤務の医師の履歴などもチェックが必要でした。
 審査前には種々の治療方針や手順を英文にして「ポリシー」として提出します。ポリシーは200条以上にもなりました。審査結果がポリシーと違っていれば「全然違うではないか」と指摘されます。また、JCIは「ポリシーは直接かかわる部署だけでなく、院内すべてに周知徹底させよ」と要求しています。
 ポリシーは、いわば縦糸と横糸によって織りなされている、統一性と整合性のとれたものです。JCIが求めているように、安全や衛生などについて全員の認識を統一し、部署特有のローカルルールを廃止して院内全体の共通ルールを作ることは重要です。しかし、実際問題として1000人以上の院内スタッフに認識を徹底させるのは大仕事でした。また、当院は大学関連病院であり、毎年医師の3割が入れ替わることも意思統一を難しくしています。

JCIとのwebカンファレンスで院内の関心を高める

Q5. 審査を前にJCI 側とコミュニケーションをとってアドバイスを得ていますね。

高橋:JCI側に、2015年初めの審査を希望すると伝えたことで、2014年を迎えた各ワーキンググループは精力的に活動していました。1146に上る審査項目のなかでも、特にIPSGの30あまりの項目は最重要項目であり、1つでも基準に達していなければ絶対に認証されません。IPSGを中心に各章の勉強会を行っていたのですが、時間が決定的に少なく、間に合わないかもしれないとの危惧がありました。そこで4月から元JCIサーベイヤーにコンサルティングをお願いし、14章すべてについて米国-日本間でwebカンファレンスを始めました。時差の関係で日本側メンバーにとっては6~8時の早朝会議でした。最初はIPSGワーキングのためだったwebカンファレンスは増加して100人を超え、最後には会場が満席となり、JCIへの意識が高まっていきました。webカンファレンスは5月までの2ヵ月間に計15回行いました。
 その後7月にコンサルテーションチームによる第1回目の模擬審査を受けました。これは認証取得の可能性があるかどうかの脈をみるためのものです。指摘された事柄を修正して、ポリシーの作成と英訳作業に取り掛かり、本審査直前に何とか完成しました。本審査では各部門のプレゼンテーションがあり、日本式のプレゼンではなく、「はじめに結論ありき」の欧米流の構成と、シンプルにまとめることを心掛けました。

Q6. いよいよ本審査ですね。審査の実際についてお教えください。

高橋:JCIの審査は医療安全と医療の質の改善の観点から、①1人の患者様の入院から退院までの経過をすべて追跡し(患者トレース)、②併せて病院組織やシステムについても詳細にチェックしていきます(システムトレース)。当院を担当した審査員はそれぞれシンガポール、ブラジル、台湾、米国から来た4人でした。JCI審査員は世界各地で養成されています。
 患者トレースについては審査員が対象の患者様に聞き取り調査して、入院中に医師や看護師がその患者様と家族に何を説明し、どんなことを言ったか、また、患者様が理解できたかどうかをすべてチェックし、電子カルテの記入漏れも容赦なく指摘します。システムトレースでは審査員が通訳とともに院内を見回って施設構造や機器類、そして医療従事者の行動をくまなくチェックします。防火体制とセキュリティの観点からドアというドアやエレベーターの細かい部分までを点検し、使用期限の切れた機器や試薬をたちどころに見つけ出します。手指衛生が十分でないスタッフを呼び止めて聞き取りすることもありました。

認証取得の鍵となった高レベルの感染管理

Q7.JCI 認証取得にあたって重要な役割を担ってきた感染対策の組織と取り組みについてお聞かせください。

小林:院長をトップとした感染対策委員会(ICC)があり、高橋先生が委員長を務めています。ICCの実働チームとしてICD3人、臨床検査技師1人、薬剤師2人、看護師2人、ME1人、事務方1人の合計10人程度の感染対策チーム(ICT)があります。さらに現場における遵守を推進する30人程度の「感染リンクスタッフ会」があります。これはいわばICTと現場スタッフのつなぎ役です。意識の高いスタッフの集まりであり、実際に目に見える行動をして全スタッフのロールモデルになっています。
川島 千恵子 先生
川島 千恵子 先生
Q8.感染対策に関わる重要な部署として臨床検査部(細菌検査室)はどんな準備をされたのでしょうか。

川島:普段からの積み重ねですが、まずデータの準備をしました。MRSA、耐性菌、CDトキシン陽性件数の週報(毎週Webにアップ)、アンチバイオグラムなどをPCI項目の資料とし、ベンチマークとしてはJANISの検査部門還元情報を提出しました。実際の活動としては、リンクスタッフを中心に各部署から感染スタッフを選任し、それぞれの部署で標準予防策ができているかを再度見直しました。以前から実施していたチェックリストを基に大項目を設定し、それぞれの部署に合った小項目約30項目をチェックリストに準じて毎週確認していきます(表3)。具体的には手指衛生の実践、感染性廃棄物の管理、個人防護具の適正使用、環境衛生の実践、そしてスタッフ教育です。審査では当然のことながら感染性廃棄物の分別、試薬の使用期限について厳しくチェックされました。環境衛生については多岐にわたって取り組みました。5S(整理、整頓、清掃、清潔、躾)に準じて常に水回りなどに注意し、細菌が繁殖しやすいスポンジはすべて使い捨てに変更しました。技師の教育については、年1回、感染管理について全員の認識を一致させ、レベルアップを図る目的でリンクスタッフによる勉強会を行っています。その後は「基本は手指衛生!!」をモットーに、グリッターバグ※を使った手洗いを実施し、各自が洗い残しを再確認することで日常業務に生かすようにしています。
Q9.特に困ったことなどはありませんでしたか。

川島:段ボールの運用についての日本と米国の考え方の違いに戸惑いました。段ボール箱は輸送手段であり、搬入後は別容器への入れ替えを求められました。段ボール箱はできるだけなくす方向を目指しましたが、すべてなくすわけにはいきません。ICTで検討を繰り返し、チェックリスト兼許可証を発行し、規定条件を満たせば許可する運用としました(表4)。

小林:準備に関してはICTとしてはもともとあったものをさらに充実させ、改めて準備したものは特にありません。JCIの審査ではネガティブな部分も敢えてきちんと数値化して出し、どう対応したかについてもあらかじめ準備しました。アウトブレイク事例などもオープンにし、どう対策して、どう収束させたかについてアピールしました。ただ、院内へのフィードバックと周知についてはまだ少し足りないかなと思っており、これからの検討課題です。
表3:感染対策遵守チェックリストのチェック項目( 2015年5月改訂版)
表3:感染対策遵守チェックリストのチェック項目( 2015年5月改訂版)
表4:段ボール使用許可チェックリスト兼許可書
表4:段ボール使用許可チェックリスト兼許可書
図1:アルコール使用量とMRSA陽性率
図1:アルコール使用量とMRSA陽性率
Q10.基本的には感染対策としてサーベイランスを行っていれば、そのデータをもとに審査項目の準備ができるわけですね。 高橋:そうですね。そもそも大前提として、常日頃のサーベイランスがなければ感染対策はできません。  JCIの審査は「データありきのプロセス重視」が徹底されていました。いくら結果がどうだといっても実際にプロセスをきちんと測定して数値化して示し、現場で実際にやっているということが第三者によって評価できるかどうかがすべてなのですね。例えば手指衛生についても、病室への入退室時に手洗いを励行していることを説明し、アルコール使用量とMRSA 陽性率の推移を数値化して審査に提出しました(図1)。

究極目標は万全の感染予防と対策
次回はより高いレベルを

小林 由美江 先生
小林 由美江 先生
Q11.認証取得までにさまざまなご苦労がありました。結果としてよかったとお考えでしょうか。

高橋:全員の努力の甲斐あって、当院は本審査の直後の2015年2月付けで、国内では9番目、赤十字病院としては初めてJCI 認証を取得しました。ただし、これで満足するわけにはいきません。なぜならばJCIは普及のためにも初回の審査ハードルをやや低めに設定しており、次回以降の審査ではそのハードルを上げるのです。「今は及第点ぎりぎりであり、次回までに改善していただきたい」とのメッセージが込められており、考え方によっては最初から100点満点を目指すと、次回以降に余力が続かないとも言えます。私自身もまだまだ不完全と思っており、そう思っているからこそ次回の審査に向けて頑張ろうとの気持ちになれるのです。
図2:手指衛生が必要な5つの場面(WHO)における手洗い遵守率の推移
図2:手指衛生が必要な5つの場面(WHO)に
おける手洗い遵守率の推移
小林:高橋先生はじめ、関係者には審査に本当に多大な時間を使って協力していただきました。メンバーのプロ意識が強く、また、同じ方向を向いていたことで成功したと思います。また、JCI認証申請をきっかけにこれまで感染対策にかかわりが薄かったスタッフともつながりを築くことができました。事務方の協力は重要であり、病院環境やシングルユースデバイスなどの物品の取り扱いについても意識を同一にしないと成し遂げられませんでした。今回のJCI審査における当院の感染対策の評価は高く、院内におけるICTや感染リンクスタッフ会の評価も高まったかと思います。私自身のやりがいと自信も高まりました。しかし、JCI認証取得があってもなくても、究極の目的である感染予防と対策の重要性は変わりません。感染対策の活動は継続して行っており、特にJCI認証取得のためとしてやっているわけではありません(図2)。

川島:検査部では現在、各部署の目標の1つである『Q(I Quality Indicator:医療の質)の充実と改善の実行』に向けて医療安全(IPSG)、医療の質(QPS)への取り組みを新たに始めています。患者様と医療従事者自身を感染の脅威から守ることを常に心掛けて仕事をするよい機会となりました。

高橋:認証取得の喜びも束の間であり、3年後の審査に向けての準備が控えています。今度はもっとハードルが高くなります。次回も認定されたら日本なりのJCIのあり方を考えてみる余裕も出てくるかもしれません。しかしそれをするにしてもまずは次回に向けて努力することが今は必要です。