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感染症アラカルト: 「MRSA」アウトブレイク事例 その対応について

2016年2月発行
掲載内容は、情報誌「Ignazzo(イグナッソ)」発行時点の情報です。

高知医療センター 医療局長/検査診療部感染症科長/感染対策センター長
福井 康雄先生

はじめに

 MRSA(Methicillin-resistant Staphylococcus aureus: メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)による院内感染が書籍を通じて日本中に知られてから20年以上が経過した。近年はカルバペネム耐性腸内細菌科細菌(CRE)、多剤耐性アシネトバクターなどの新規耐性菌も報告されているが、依然としてMRSAは感染対策チーム(Infection control team: ICT)が日常的かつ優先的に対応すべき重要な細菌である。今回、当院で経験した2つのMRSAアウトブレイク事例をもとにICTが行った対応について紹介する

事例1

図1 人工呼吸器タッチパネル
図1 人工呼吸器タッチパネル
 重症患者や術後管理を行う集中治療室の事例である。当該病棟においては毎月1-2例の新規MRSA 患者が発生していた状況であったところ、2008年1月から2月にかけて3例の新規MRSA 患者が続けて発見された。普段より検出が多く、アウトブレイクの可能性を考慮し、念のため介入を開始した。初期対応として接触予防策の強化、処置内容と周囲環境の確認、情報共有を行った。しかし、その後もMRSA 患者が出現し合計4名となったため臨時感染対策委員会を招集し、職員の保菌調査と環境調査を行う事を決定した。保菌調査の結果、職員53人中2名に鼻腔MRSA 陽性を確認した。さらに、周囲環境12か所中2か所でMRSAを検出した。パルスフィールド電気泳動検査(PFGE)で患者由来4株と人工呼吸器タッチパネル(図1)から検出した1株が同一パターンを示した。なお、職員のMRSA株は臨床株と一致しなかった。この結果をもとに患者周辺の高頻度接触面に対して厳密な環境整備・清拭を開始した。以上の対策を行い、新規MRSA 患者が1か月間出現しない事を確認してアウトブレイク終息に至った。

事例2

図2 ストレッチャー・スポンジマット
図2 ストレッチャー・スポンジマット
図3 患者移送用スライダー
図3 患者移送用スライダー
 事例1終息後の2008年3月に形成外科・整形外科の一般病棟で8例/月の新規MRSA 患者を認めた。まず、現場の聞き取り調査を行い、同病棟において熱傷患者に対する頻回の局所処置が行われている事を確認した。又、物品の使用状況や運用を調査した結果、シャワーに用いる器具が複数患者で共有されていた。さらに、処置における直接介助と間接介助の役割分担が不明確であった。事例1の経験から職員保菌調査は行わず、環境調査のみ施行した。その結果患者周辺18か所中9か所においてMRSAを検出した。シャワー時のストレッチャー・スポンジマット(図2)、患者移送用スライダー(図3)から検出したMRSAは患者検出のMRSAと同一であった。(図4)現場と協議の上、高頻度接触表面を確実に消毒清拭する、複数スタッフにて処置を実施する、患者皮膚面の保護を徹底するなどの対策を行った。対策の結果、事例1と同様1か月の観察期間後に新規MRSA 患者なき事を確認しアウトブレイク終息と判断した。

考察

図4
図4
 MRSAは1980年代以降我が国の医療関連感染の大きな原因菌である。厚生労働省の行っているサーベイランスによれば、2010年における全耐性菌の89%がMRSAであり依然として高い割合であった2)。MRSA対策が困難である理由の一つにその微生物学的特徴が挙げられる。MRSAを含む黄色ブドウ球菌は様々な環境に付着して長期間生息し、正常人の鼻前庭部にも20-40%定着する3)。事例2においては患者周囲環境から50%の高頻度でMRSAが検出された。
 特に熱傷患者周囲やモニターのアラーム音停止ボタンは注意すべき場所である。
 松永らの報告では一般患者周囲のオーバーテーブルから2%の頻度でMRSAを検出し、さらに環境分離MRSAの抗菌剤感受性と遺伝学的背景は臨床分離株と類似していた4)
 自験例でも環境由来株と患者検出株がPFGEにて一致しており、環境由来のMRSAが患者に伝播した経路は否定できない。MRSAは接触予防策の対象菌でありICTが行うべき感染対策は処置前後の手指消毒を徹底化する事である。一方、MRSA保菌または感染の患者数が増えると保菌圧が高くなるため感染伝播力が高くなる5)。そのため個人の手指衛生遵守率向上のみでは対応が十分でない場合もあり得る。

 CDCガイドラインでは日常的な環境調査は不要とされるが、アウトブレイク時においては患者周囲の細菌調査によって環境汚染の状況を認識する事ができる。その結果として環境清拭・消毒が的確に行われ、MRSA保菌圧が低下することにつながり結果としてアウトブレイク終結に至ったと考えている。
 今回、事例1において職員保菌調査を施行し、患者株と不一致のMRSA 陽性者を認めた。その結果については職員の個人情報であるため厳重に扱う必要がある。結果連絡は個人別に行い、陽性者には日常業務における注意事項を伝達したが、MRSA 除菌は施行していない。これ以降当院ではアウトブレイクを疑う事例においては環境調査を先行して行い、感染継続する場合にのみ職員の保菌調査を行う方針としている。
 厚生労働省が定めた院内感染のアウトブレイク判断基準は1例目の発見から4週間以内に同一病棟で同一菌種による感染症が3例以上特定されるか、同一医療機関内で感受性パターンが類似した菌株による感染症が3例特定された場合である6)
 2008年当時にはこの基準は示されていなかったが、当院ではMRSAを含む耐性菌が検出されると迅速に微生物検査室よりICTメンバーに報告が入る仕組みを行っており異常に気付く事ができた。菌種の総数をモニタリングするとともに、抗菌剤感受性パターンに注意する事がアウトブレイク早期察知に重要である。そのため微生物検査情報は医療関連感染対策に不可欠であると考えている。

まとめ

 微生物検査情報をもとにアウトブレイク対応を開始し、適切に環境調査を行うことがMRSA流行の早期終息に有効と思われた。

高知医療センターの病床数:一般病床 588床、精神病床 44床、結核病床 20床、感染症病床 8床(合計病床数 660床)

文献

1) 伊藤隆光、福井康雄、小野憲昭ら. 環境汚染が原因と考えられたMRSAアウトブレイクの2事例とICTの対応. 環境感染誌2010;25(3):152-157
2) 院内感染対策サーベイランス公開情報 全入院患者部門 2010年報(1月~12月)http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r98520000026ze4-att/2r98520000026zhs.pdf
3) Mandell GL.et al : Principles and Practice of Infectious Disease, 8th Elsevier Chuechill Livingstone 2015
4) 松永宜史、山田陽子、山田加奈子ら. 病院内の高頻度接触表面における細菌学的環境調査. 環境感染誌 2011;26(6):362-368
5) 向野賢治. 感染対策における新しいキーワード 保菌圧とクラウドの考え方Expert Nurse 2013;29(11): 19-23 
6)厚生労働省医政地発1219第1号(2014年12月19日発出)