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I's eye:重症熱性血小板減少症候群ウイルス

Severe fever with thrombocytopenia syndrome virus (SFTSV)
マダニの媒介する新たな新興感染症の出現
2016年2月発行
掲載内容は、情報誌「Ignazzo(イグナッソ)」発行時点の情報です。

はじめに

フタトゲチマダニ http://www.nih.go.jp/niid/ja/sfts/3143-sfts.htmlより引用
フタトゲチマダニ
http://www.nih.go.jp/niid/ja/sfts/3143-sfts.html
より引用
 2009年以降中国で、マダニ類に刺咬された(咬まれた)と思われる人たちに原因不明の重症熱性血小板減少症候群(Severe feverwith thrombocytopenia syndrome:SFTS)が認められ、当初Anaplasma phagocytophilum感染a)が原因として疑われましたが、ほとんどの患者で病原菌は検出されませんでした1)
 そこで、湖北省、河南省、安徽省(あんぎしょう)、江蘇省、山東省、遼寧省の6つの省でSFTSと診断された患者から血液を採取して、組織培養法によるウイルス粒子の回収と共に電子顕微鏡による視覚的な観察、及びウイルス核酸(RNA)の検出、塩基配列の解析等核酸レベルの確認、並びにELISA他の血清学的な方法で分析したところ、SFTSに関連しSevere fever with thrombocytopenia syndrome virus(SFTSV)と命名される新規のブニヤウイルス(Bunyavirus)の存在が明らかとなりました(2011年に報告)1)
 本邦では、2013年1月に初めての患者が報告され2), 3)、韓国でも、2013年にSFTS 様の症状を示した患者の血清からウイルスが分離されました4)
 さてSFTSVを媒介する生物(ベクター)に関してですが、中国では、マダニ類に分類されるフタトゲチマダニ、オウシマダニの2種から、韓国ではフタトゲチマダニからSFTSVが分離されています5)
 本邦では、複数のマダニ種(フタトゲチマダニ、ヒゲナガマダニ、オオトゲチマダニ、キチマダニ、タカサゴキララマダニ)からSFTSVの遺伝子が検出されていますが、これら全てのマダニ種が実際にヒトへの感染に関与しているのかは今のところ未確認です5)

現在の患者発生地、本邦の現況

2015年8月26日現在の基本情報(国立感染症研究公表)
2015年8月26日現在の基本情報
(国立感染症研究公表)
 中国では、これまでに中部を中心とする12省(安徽省、湖北省、河南省、山東省、遼寧省、陝西省、四川省、雲南省、広西省、江西省、浙江省、江蘇省)と北京市(直轄市)で、SFTSの発生が報告されています6)
 韓国でも、概ね全土にわたって患者、及びSFTSV分離の報告があります4)
 そしてアメリカのミズーリ州でも、SFTSV様(近縁)ウイルス(Heartland virus)に感染した患者(2名)の報告が2012年になされています7)
 本邦では、2013年以降2015年9月3日現在までに長崎、佐賀、福岡、熊本、大分、宮崎、鹿児島、愛媛、高知、徳島、香川、山口、島根、広島、岡山、兵庫、京都、和歌山、三重、及び石川の20県で報告されており、患者数は150名を超えました3)
 発症の頻度に年代で違いはあるかも知れませんが、患者は60歳以降の高齢者が多く、致死率は約30%と高率です。
 ちなみに、中国での現在の致死率は本邦より低い約6%と報告されていますが5)、日中で患者の症状等に大きな差を認めないことから、この差は軽症者の見積りの差、すなわちその確認がなされているかの差によるものと考えられているようです。
 ところで、過去の国内感染事例確認のために保存された血清を精査したところ、既に2005年には感染者のいることが明らかとなりました2)
 そして、確認された感染事例には2013年以降の患者報告とは異なる県も含まれていました。
 感染の危険は全国に及ぶ可能性を、改めて考える必要がありそうです。

原因ウイルス

 新型のブニヤウイルスSFTSVは、マイナス鎖の1本鎖RNAウイルスに分類されるブニヤウイルス科(Bunyaviridae)フレボウイルス属(Phlebovirus)に属し、粒子径は100nm前後で、エンベロープと共に、表面には感染に関与する糖タンパク(Gn/Gc)が発現しています。
 また染色体RNAは3分節していて、併せて、ブニヤウイルス科の特徴を示しています8)
 さてフレボウイルス属以外に、オルトブニヤウイルス属(Orthobunyavirus)、ナイロウイルス属(Nairovirus)、ハンタウイルス属(Hantavirus)、トスポウイルス属(Tospovirus)がブニヤウイルス科に含まれ、フレボウイルス、オルトブニヤウイルス、ナイロウイルスの3属ではげっ歯類と反芻動物が自然宿主となり、ダニ等節足動物の一部がベクターとして機能しています。
 そして、植物が自然宿主であるトスポウイルス属以外、終末宿主であるヒトへは自然宿主、またはベクターを介して感染することになります9)
Severe fever with thrombocytopenia syndrome virus(SFTSV)
Severe fever with thrombocytopenia syndrome virus(SFTSV)
Xue-Jie Yu, et al., N Engl J Med 364(16):1523-32, 2011より引用
Saleh Eifan, Esther Schnettler et al., Viruses 5:2447-2468, 2013より引用

染色体RNA 8)
染色体RNA 8)
Saleh Eifan, Esther Schnettler et al., Viruses 5:2447-2468, 2013より引用

感染機序、症状/病原性

SFTS診療の手引き【第3版】より引用
SFTS診療の手引き【第3版】より引用
 ウイルス粒子表面に発現する糖タンパク(Gn/Gc)を介して感染細胞表面のC型‐レクチン(DC-SIGN)b) c)に結合し接着、細胞内部に侵入して増殖します10)
 時間と共に様々な臓器に障害を引き起こしながら発熱期(1-7日)、臓器不全期(8-13日)を経て回復期(14日-)(または死亡)に至ります。
 38℃以上の発熱、消化器症状(嘔気、嘔吐、腹痛、下痢、下血のいずれか)、血小板減少(10万/mm3未満)、白血球減少(4000 /mm3未満)、基準値上限を超える血清酵素(AST、ALT、LDH)の上昇が典型的な症状として見て取れますが、発症の初期には、発熱、消化器症状(下痢や嘔吐)等のみで、SFTSに特徴的な症状が現れるわけではありません11)
 なお、本邦では現在、感染症法の四類感染症に定められており、2013年3月4日以降、診断した医師は直ちに最寄りの保健所に届け出ることが義務づけられています12)

検査

 確定診断には、血液、血清等からのSFTSVの分離・同定、RTPCRによるSFTSV遺伝子の検出、急性期、及び回復期(発症後2週間以降)におけるSFTSV に対する血清抗体価(中和抗体価)の有意な上昇の確認が必要であり、現在国立感染症研究所ウイルス第一部で検査が可能と伝えられています13)
 遺伝子の検出には、先ず核タンパクを標的としたプライマーを用いて被検試料を増幅しますが、SFTSVの遺伝的な多様性も考慮して2種類のプライマーセット(セット1、2)が適応されます14)
 血清学的診断には急性期および回復期のペア血清を用い、感染を証明するためIgG 抗体価の有意な上昇の確認、またはIgM 抗体の検出が必要となります。感染研ではSFTSV感染細胞と非感染細胞を1:3の比で混合し、これを抗原とした間接蛍光抗体法により急性期、回復期のIgM、IgG 抗体価の測定を行っています13)
 ウイルス分離は急性期患者血清をVero 細胞に接種して行い、細胞中のSFTSV抗原の有無を、特異抗体を用いた間接蛍光抗体法用いて判定します13)
 なお、SFTSVは感染症法上の三種病原体18)に指定されているので、分離、及び同定はBSL3(Biosafety Level 3)の基準19)を満たした実験室で行う必要があります。

感染防御

 ワクチンがありませんので、残念ながらSFTSVの感染を防ぐウイルス学的な防御手段は存在しません。
 従って、野外でマダニに咬まれないように、先ずは服装で身を守ります。そしてマダニを介さない感染にも留意して、感染者の血液、体液、排泄物等との直接接触を避けることも重要です。
身を守る服装15)
軍手の着用、シャツの袖や裾は軍手やズボンの中に入れる、ズボンの裾に靴下を被せる、帽子を被る、首を露出しない、着衣は表面の滑らかなツルツルの素材がよい。

 ところで、感染は糖タンパク(Gn/Gc)を介してなされるので、Gn/Gcが感染防御抗原、すなわちワクチンの候補となり得るのではないかと想像に難くありません。

治療

 標準的な原因療法は未だありません。
 中国では代表的な抗ウイルス薬であるリバビリン17)投与が試みられましたが、効果は認められていません16)
 今のところ症状別に対症療法を試みるしか方法はなく、本邦ではステロイド剤の投与がなされていますが、その治療効果を示す明確な証拠は確認されていないようです11)。原因療法を確立するためにも、同系統のウイルス(マイナス鎖の1本鎖RNAウイルス)感染に効果を認められる、または効果を推測できるリバビリン以外の薬剤投与を試みることも必要ではないかと思いますが、患者数の少なさもあって、新しい治療薬の開発は医療経済学的に難しいと、現状では考えられます。

ダニは嫌われもの、しかし…

 クモ綱ダニ目マダニ亜目…と分類されるように、クモの類縁ともいえるダニが好きという人は、ほとんどいないと思います。
 刺咬、吸血され、そして時にはSFTSVが如く生命に危険を及ぼすウイルスの感染を起こす場合もある訳ですから、一般的にダニは、不快と忌避の対象でしかないでしょう。
 しかし、少し冷静にダニに関して調べてみると、実は人に害を及ぼす種類は全体の10%にも満たないという事実に気付きます。
 そして驚いたことに、時に人は、ダニの効用を享受することもあるようです。
ダニの効用:一部のチーズをダニに作ってもらっている。チーズダニ20)と言われるダニがいて、ダニの作り出した代表的なものにミモレット(フランス)、アルテンブルガーチーズ(ドイツ) 、エダムチーズ(オランダ)があり、多くの人(主に欧米人ですが)に好まれている。

 ヨーロッパではダニの作りだしたチーズ(乳製品)を日常的に食べ、本邦でも好物に挙げる人は少なからずいるのでしょう。
 ダニがいないと味わえない食べ物もある訳です。とは言え、チーズより先ずは身の安全。
 マダニのいそうな所へ行く場合は、くれぐれも肌を露出させないよう十分に心がけ、準備を怠らないようにしましょう。
(文責:武沢 敏行)



a)アナプラズマ症
マダニが媒介し、新興感染症に分類される発熱性疾患。
原因菌は、顆粒球に、特異的に感染する偏性寄生性グラム陰性桿菌の
Anaplasma phagocytophilum で、1996年に分離された。
http://idsc.nih.go.jp/iasr/27/312/dj312d.html
b)C型‐レクチン
結合のためにCaイオンを必要とする動物レクチン
レクチン:糖鎖に結合性を示すタンパク質の総称
c)DC-SIGN
樹状細胞特異的ICAM-3結合ノンインテグリン
Dendritic Cell-Specific Intercellular adhesion molecule-3-Grabbing Nonintegrin

参照1)~20)はCD-ROMに記載