医療関係者向けのページです

I's eye:百日咳

Whooping cough, Pertussis
乳児、小児だけでなく成人にとっても要注意な感染症
2017年11月発行
掲載内容は、情報誌「Ignazzo(イグナッソ)」発行時点の情報です。

急性の気道感染症で、痙攣性咳発作(痙攣咳嗽発作:痙咳発作)を特徴とします。
元々、主に乳児(1歳未満)が罹ると認識され、特に生後6ヵ月未満では容易に重症化して死の危険も伴うなど、極めて重要な感染症と捉えられていました。
しかしながら本邦では、近年ワクチン接種を終了した10歳以上の百日咳患者の割合が高まり、新たに問題となっています1) , 2)
それは、より年長者、特に青年および成人の場合、百日咳に罹っても発熱は微熱程度で、咳き込む以外に一般的な症状は重くないので重篤感が無く、従って、感染者から乳児への予期しない感染、伝播も容易に起こり得る危険が増したことに他なりません。
百日咳はワクチンによって防御できる病気(Vaccine Preventable Disease:VPD)の一つで3)、適切なワクチン接種によって、ほとんどの場合、十分な抗体価を得て感染を防ぐことができるとされています。
ただし、現行のワクチン接種のスケジュール、対応4), 5) では個々の感染防御能の維持に限りがあって、患者発生動向に鑑みても1)、その効果は数年で減弱している様子が容易に推測できます。これは、誰が感染してもおかしくない状況と言えるでしょう。
感染症は社会性のある病気で百日咳も例にもれないという認識のもと、幼少の他者への感染を防ぐために、接種スケジュールの再検討、ならびに青年、成人も追加のワクチン接種をして、改めて防御能の維持を図る必要があるのではないでしょうか。

原因菌

https://upload.wikimedia.org/wikipedia/ commons/8/82/Bordetella_pertussis.jpg
https://upload.wikimedia.org/wikipedia/
commons/8/82/Bordetella_pertussis.jpg
グラム陰性桿菌( 球桿菌と称することも)の百日咳菌(Bordetella pertussis:B. pertussis)が人にとっての主な原因菌となります。
B. pertussisは、ジュール・ボルデ (Jules Bordet) と オクターブ・ジャング (Octave Gengou) によって百日咳の症状を示す乳児の痰から分離され、1906年に報告されました
好気性、オキシダーゼ、ウレアーゼ陽性で非運動性、新しく分離、培養する際には発見者の名前を冠したボルデ・ジャング培地(Bordet-Gengou medium:ポテト-血液-グリセリン寒天培地、BG培地)等を使用します。
発育はかなり遅く、35~37℃好気環境下で、周縁の丸いドーム状をした真珠様光沢のある特徴的なコロニーを認めるまでに3~4日を要します。
Pertussis toxin(PT:百日咳毒素)、Filamentous hemagglutinin(FHA:線維状血球凝集素)、Agglutinogens(凝集素:アグルチノーゲン2、3)、Adenylate cyclase(アデニル酸シクラーゼ)、Pertactin(パータクチン:69KD 外膜蛋白)、Tracheal cytotoxin(気管上皮細胞毒素)、Heat-labile toxin(HLT:易熱性皮膚壊死毒素)等の多彩な生物活性物質を産生し、またこれらが病原性を担っていると考えられています7), 8), 9)
Bordetella 属は現在9菌種に分類されており10)B. pertussisの他にB. parapertussis(パラ百日咳菌)、B. holmesiiの人への感染も、まれに認められます2), 11)

感染および症状

B. pertussisは患者の上気道分泌物の飛沫や、直接接触によって感染します。
取り込まれた菌は先ず上気道に至り、更に下気道、小気管支の粘膜上皮または繊毛(せんもう)間で増えていきます。
感染力は麻疹ウイルス並みに強く、免疫のない家族間では、二次発症率が80%を超えるとされています18)
潜伏期間(未発症期間)は通常7~10日で、次に普通の風邪症状を示すカタル期が1~2週間続きます。さらに乾いた咳と発作性の咳(咳嗽)が特徴の痙咳期が3~6週間続き回復期に至ります2)
痙咳期の咳嗽がいわゆる百日咳の名の由来となるもので、短い連続した咳嗽(staccato)の後、息を吸い込むときに笛を吹くようなヒューという音(笛声 てきせい:whoop)が出て、これが繰り返されます。
この様に咳嗽発作を繰り返すことをレプリーゼ(reprise:反復)といいます。苦しい咳嗽が続くので、しばしば嘔吐を伴うこともあるようです。
また咳嗽は夜間に多く、何かしらの誘発原因によって咳き込むと、息も詰まることから顔面浮腫や充血、そして最悪の場合は呼吸停止から突然死に至ることもまれにあります。
なお、カタル期に最も多く排菌されるので2)、この期間は二次感染に、特に注意を必要とします。

検査/病原診断

感染の有無確認、確定診断の方法として、培養検査、血清学的検査、遺伝子検査があります。
培養検査は特異性に優りますが、気道に存在する菌量が乳児の場合でも少なく、さらにワクチンを既に接種した人や成人からは菌分離に困難を伴います。
血清学的な検査では抗PT IgG抗体が主な対象12)となりますが、WHOでは免疫系が未発達の乳児およびワクチン接種後1年未満の患者には適応できず、また母親からの移行抗体に関しても注意を必要としています13)
なお、より感染早期の抗体を確認できるIgAとIgM抗体測定キットが、2016年10月に体外診断薬として承認されています14)
遺伝子検査は最も高感度な検査方法です。日本ではPCR法よりも簡便なLAMP 法(loop-mediated isothermal amplification)15)が開発され、2016年11月に保険適用となりました。
「 小児呼吸器感染症ガイドライン2017」によると、1週間以上咳嗽があって(1歳未満では期間の限定なし)、他に吸気性笛声(whoop)、発作性の連続性の咳嗽(staccato)、咳嗽(咳き込み)後の嘔吐、無呼吸発作(チアノーゼの有無は問わない)のうちの一つがあれば、百日咳と臨床診断されます16)
臨床診断がなされれば、次は検査診断の対象となり菌培養、抗体価の確認または最も迅速、高感度なLAMP法検査も保険で行われ、確定診断に至ります。

治療

確定診断後にマクロライド系抗菌薬を投与します。
エリスロマイシン(EM)、クラリスロマイシン(CAM)、またはアジスロマイシン(AZM)が使用され、投与期間はそれぞれ14、7、5日間です17), 18)
アレルギーを有するなど、マクロライド系抗菌薬を投与できない場合は、代替的にトリメトプリム/スルファメトキサゾール(ST合剤)が使用されます(生後2ヵ月以上)18), 19)。なお、AZMおよびST合剤は保険適応外です。
重篤な状態の乳児では空気感染を避けるために隔離入院が推奨され、入院は排菌がほぼ無くなるとされる5日間の抗菌薬投与が終了するまで継続されます21)
B. pertussisは呼吸器粘膜に侵入して粘液の分泌を亢進させるので、場合によっては去痰薬の投与、乳児では、吸引によって過剰な粘液除去が救命につながることもあるようです。
適切に抗菌薬が投与されれば、痙咳期には、ほぼ排菌されなくなります2)
ただし、B. pertussisの産生する生物活性物質によって咳嗽は継続するので、これらが排出、または不活化され作用しなくなるまで症状に耐える必要があります。
ところで、B. pertussisに対する抗菌薬感受性試験の方法はまだ確立されていません。
臨床分離株のMIC50、MIC90から耐性株出現の有無を推測している段階ですが22), 23)、幸いにして使用される抗菌薬に対する高度耐性株の報告は、本邦ではまだありません。
できれば、投与にあたって先ず抗菌薬感受性試験を行うべきですが、実験室レベルのMIC測定等では時間と手間もかかるので、耐性株出現に備えるためにも、標準化された簡便な試験方法の確立が待たれるところです。

感染防御

VPDである百日咳の防御はワクチン接種が基本となります。
全菌体を使用した単味の百日咳ワクチン(P)はジフテリアトキソイド(D)との二種混合(DP)、更に1968年からは破傷風トキソイド(T)も含めた三種混合(DTP)で接種が進められました7)
Pが原因と思われる脳炎等の重篤な副反応がきっかけとなって、1981年よりPは全菌体ではなく細胞成分(精製したものにアジュバントを添加:沈降精製物、主成分はPT、FHA)に変更され、以後DTaP(DT + acellular Pertussis:無細胞百日咳)ワクチンが接種されるようになりました7)
2012年12月からは更に不活化ポリオ(IP:Inactivated Polio)ワクチンが追加され、現在はDTaP -IPが対象者に接種されています24)
接種は、まず1期として生後3~12ヵ月の間に20~56日の間隔をおいて3回、追加として、更に6ヵ月以上の間隔(標準的には12~18ヵ月の間隔)をおいて1回行われます(1期合計4回、7歳6ヵ月までに最終接種)。 そして、2期として11~12歳の間に1回aP無しのDT二種混合で行われます4), 5)
ところで、青年、成人のB. pertussis 感染が問題となっている昨今、米国では青年、成人用のDTaPとしてTdapの使用が2005年に認可されました18)
TdapはDTaPからジフテリアトキソイドを減らして発赤、腫脹等局所反応に配慮したもので、思春期以降の免疫力強化用(ブースター)として用いられます18)
本邦ではTdapの製造販売は承認されておらず、DTが同様の目的のために使用されてきましたが4)、残念ながらaPが含まれず、これでは三種混合の、真のブースターとして機能していません。
2016年2月に阪大微研の製造するDTaP(トリビック®)で一部変更がなされ(未発売)2)、成人も含む全年齢層への接種環境は本邦でも整いつつあるように思いますが、しかしながら、まだTdap相当の製品は供給されていません。
トリビック®の一部変更は歓迎されますが、青年、成人のB.pertussis 感染者の相対的増加が観られる現在、さらに製品の選択肢を増やして市場へ導入し、より広範に周知を図らなければなりません。米国への留学にあたっては、Tdapの接種を求められる可能性もあります。
なお、家族等患者との濃厚接触者にはCAM、EMを7~14日間予防投与して対応します20)

感染症法上の取り扱い

5類感染症で、指定届出機関(小児科定点医療機関)は週ごとに保健所へ届け出る必要があります25)

学校保健安全法上の取り扱い

第二種に指定され、出席停止期間は病状ごとの、学校医他の医師の判断によりますが、基本的には ” 特有の咳が消失するまで又は5日間の適切な抗菌薬療法が終了するまで ” とされています26)


ところで悪者の百日咳菌(B. pertussis)ですが、40年ほど前に、有用菌として利用できるのではないかと”一瞬 ”注目されたことがあり
ました。
菌体成分を投与されたマウスが低血糖(hypoglycemia)を起こすことは以前より報告されていましたが27) 、糖尿病を発症したラットに菌体成分を投与したところ劇的に高血糖状態が改善され、しかもそれが持続するという現象が新たに観察されました。
これは理想の糖尿病薬となるか!との見出しが雑誌や全国紙の三面を、飾ったことを記憶しています。
作用因子は、現在PTと称される百日咳毒素の一部(ランゲルハンス島β細胞を活性化させるタンパク質Islet-Activating Protein:IAP)28) であることが示されましたが、PTはaPの重要な成分であることからも明らかなように、強力な抗原性を有しているので頻回投与などとんでもなく、泡沫(うたかた)の夢物語に終わりました。ちなみに、経口では効果がなく、非経口的(注射)投与が必須でした。
百日咳菌はやはり悪者、人類の敵です。
(文責:武澤 敏行)
参照
1) 百日咳患者の年齢分布_IASR国立感染症研究所
https://www.niid.go.jp/niid/ja/pertussis-m/pertussis-iasrtpc/7075-444t.html
2) 百日せきワクチン ファクトシート2017年_国立感染症研究所
http://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-10601000-Daijinkanboukouseikagakuka-Kouseikagakuka/0000151503.pdf
3) KNOW-VPD
http://www.know-vpd.jp/vpdlist/index.htm
4) 日本の定期、任意予防接種スケジュール_20歳未満_2012年4月1日現在
http://idsc.nih.go.jp/vaccine/dschedule/2012/ImmJP12.gif
5) 日本小児科学会が推奨する予防接種スケジュール 2016年10月日版
https://www.jpeds.or.jp/uploads/files/vaccine_schedule.pdf
6) Jules Bordet and the discovery of Bordetella pertussis
http://www.antimicrobe.org/hisphoto/history/BordetPertussis.pdf
7) 百日咳とは_NIID 感染症研究所
https://www.niid.go.jp/niid/ja/kansennohanashi/477-pertussis.html
8) Molecular aspects of Bordetella pertussis pathogenesis Locht, C., INTERNATL MICROBIOL 2:137–144, 1999
9) Pertussis toxin and adenylate cyclase toxin: key virulence factors of Bordetella pertussis and cell biology tools
Nicholas H Carbonetti, Future Microbiol 5:455–469, 2010
10) Bordetella 属分類
Manual of Clinical Microbiology, 10th Edition-ASMscience
11) Characterization of Bordetella holmesii isolates from patients with pertussis-like illness in the Netherlands
Mooi, FR., FEMS Immunol Med Microbiol 64:289–291, 2012
12) 百日せき抗体EIA「生研」
http://www.info.pmda.go.jp/tgo/pack/22300AMX00565000_A_01_04/
13) Pertussis vaccines: WHO position paper – August 2015_IgG検査 乳児に向かない
http://www.who.int/wer/2015/wer9035.pdf?ua=1
14) ノバグノストⓇ 百日咳 /IgA、ノバグノストⓇ 百日咳 /IgM
http://www.info.pmda.go.jp/downfiles/ivd/PDF/341508_22800EZX00041000_A_01_01.pdf
http://www.info.pmda.go.jp/downfiles/ivd/PDF/341508_22800EZX00042000_A_01_01.pdf
15) Loopamp® 百日咳菌検出試薬キットD
http://loopamp.eiken.co.jp/products/bp/index.html
http://www.info.pmda.go.jp/downfiles/ivd/PDF/170005_22700EZX00022000_A_01_01.pdf
16) 小児呼吸器感染症診療ガイドライン2017
http://www.jspid.jp/pub/sguideline.html
http://www.biken.or.jp/WP/wp-content/uploads/VN3-2.pdf
17) 咳嗽に関するガイドライン第2版
http://www.jrs.or.jp/uploads/uploads/files/photos/1048.pdf
18) The Pink Book_CDC
https://www.cdc.gov/vaccines/pubs/pinkbook/downloads/pert.pdf
19) Alternative agent to macrolides is trimethoprim-sulfamethoxazole_ST合剤、代替投与_Table4
Recommended Antimicrobial Agents for the Treatment and Postexposure Prophylaxis of Pertussis_2005 CDC Guidelines
https://www.cdc.gov/mmwr/preview/mmwrhtml/rr5414a1.htm
20) Postexposure prophylaxis(暴露後の防御)_予防内服_Table4_2005 CDC Guidelines
21) MSDマニュアル_プロフェッショナル版_百日咳
http://www.msdmanuals.com/ja-jp/プロフェッショナル/13- 感染性疾患/グラム陰性桿菌/ 百日咳
22) 各種抗菌薬に対する百日咳菌の感受性_IASR国立感染症研究所
http://idsc.nih.go.jp/iasr/26/301/dj3015.html
23) 2001年から2002年に分離された Bordetella pertussis の薬剤感受性成績と分子疫学的検討
http://journal.kansensho.or.jp/Disp?pdf=0780050420.pdf
24) ワクチン.net
http://www.wakuchin.net/vaccine/dpt-ipv.html
25) 感染症法に基づく医師の届出のお願い
http://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/kenkou/kekkakukansenshou/kekkaku-kansenshou11/01.html
26) 学校において予防すべき感染症の解説
http://www.mext.go.jp/a_menu/kenko/hoken/__icsFiles/afieldfile/2013/05/15/1334054_01.pdf
27) Lymphocytosis and Histamine Sensitization of Mice by Fractions from Bordetella pertussis CLAUSEN, C., et al., J Bacteriol 96(5):1484-1487, 1968
28) Islets-Activating Protein (IAP) in Bordetella pertussis that Potentiates Insulin Secretory Responses of Rats: Purification and Characterization YAJIMA, M., et al., J Biochem 83(1):295-303, 1978