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TOPICS: 針刺し損傷防止機構付きペン型注入器用注射針の導入効果について

2017年11月発行
掲載内容は、情報誌「Ignazzo(イグナッソ)」発行時点の情報です。

聖マリアンナ医科大学 感染症学講座 教授 國島 広之先生

1. はじめに

医療従事者は血液や体液に日常的に曝露するリスクがあり、適切な労働安全に関わる対策が必要不可欠である。米国では1986年に看護師が針刺し切創によりHIVに感染したとの報告を受けたことを含め、CDCによる標準予防策が策定された。1992年にはバージニア大学のJanine Jagger教授が開発した針刺しサーベイランスシステム(EPINet:エピネット)による数多くのエビデンスから、2001年に針刺し予防安全法が施行され、針刺し損傷防止機構付き医療機器、いわゆる安全器材の使用が米国の医療現場において急速に普及した。本邦では2003年、木村らがエイズ拠点病院を対象にエピネット日本版を用いてわが国における現状を明らかにし、職業感染制御研究会が発足するなど組織的な活動が行われている。

2. インスリン注射に関わる針刺しリスク

医療施設で自己注射が困難な入院患者にインスリン注射を行う場合、ペン型注入器用注射針が使用されている。しかしながら、これらはあくまでも自己注射を前提として開発され、従来のシリンジに比べ6倍針刺し切創リスクが高く2)、エピネット日本版サーベイでもインスリン注射介助におけるペン型注入器用注射針による受傷割合は増加傾向にある3)。一般的に中空針の方が感染リスクは高いものの、B型肝炎患者の血清1mLあたりのHBV量は107~9コピーとされ4)、ペン型注入器用注射針の容積(0.1~0.2μL程度)においても受傷による感染の危険性はあると考えられる。

3. 針刺し損傷防止機構付きペン型注入器用注射針の導入効果

図1	従来針のみの使用期間と安全機構付き注射針導入後の使用期間における月あたりの針刺し切創発生件数 *ウィルコクソンの順位和検定を行い、p<0.05を有意とした。
図1 従来針のみの使用期間と安全機構付き注射針導入後の
使用期間における月あたりの針刺し切創発生件数
*ウィルコクソンの順位和検定を行い、p<0.05を有意とした。
現在、多くの病院で針刺し損傷防止機構付きペン型注入器用注射針(以下、安全機構付き注射針)が導入され、その効果が確認されている5)。今回、聖マリアンナ医科大学病院(1,208床)、聖マリアンナ医科大学横浜市西部病院(518床)および川崎市立多摩病院 (376床)でのペン型注入器注射針に関する針刺し切創発生件数を調査し、安全機構付き注射針の導入による医療従事者の安全性への効果を調査した6)
安全機構付き注射針には、2011年より発売された注射後に自動的に安全機構が作動して針先(患者側)のみを保護するものと、2014年より発売された針先(患者側)および後針(カートリッジ側)の両側を保護する針刺し損傷防止機構付きのものが存在する。
各針の使用期間ごとの針刺し切創発生件数および各針の使用期間の針刺し切創発生件数を3病院合計の使用期間(延べ月数)で割った月あたりの発生件数を算出し、従来針のみの使用期間における針刺し切創発生件数と安全機構付き注射針の導入後の針刺し切創発生件数の比較を行った(図1)。安全機構付き注射針導入後の針刺し切創発生件数(0.20件/月)は従来針のみの使用期間(0.33件/月)に比べ有意に減少していた(p=0.0396)。受傷59件のなかで要因1〜6の51件(86.4%)は安全機構付き注射針の導入により防止可能な針刺し切創事例であった(表1)。
実際には従来針を使用したインスリン注射介助も行われており、これらによる針刺し切創はゼロにはならないものの、安全機構付き注射針の使用により針刺し損傷要因の9割弱を防止できることから使用環境の整備も必要であるとともに、つまみ上げを行わずに注射するなどの安全器材の適正使用教育も重要である。
また、職種別として清掃員の受傷は4番目に多かった。清掃員の針刺し切創では、感染源を特定することは困難であることから、針刺し切創発生時に適切に対処することは難しいと考えられ、適切な防止策が肝要である。安全機構付き注射針導入後には清掃員の受傷は起こっておらず、清掃員ら非医療従事者を守るためにも安全機構付き注射針は有効な手段であると考えられる。
表1 受傷要因一覧
表1 受傷要因一覧

4. おわりに

現在、病院や社会福祉施設だけでなく、医療従事者の訪問診療や家族によるインスリン注射介助も行われ、針刺し切創は在宅医療でも発生しており7)、さまざまな医療現場での対策が必要とされている。針刺し切創が発生した場合、発生後からフォローアップを含めた検査費用で97,307円/件8)、これに感染症罹患後の治療費用、受診に伴う時間および心因的なケアなどを考慮する必要がある。
本来、医療者の安全対策は最優先であり「防止可能な受傷」として、今後は、医療従事者一人ひとりの自らの安全に関わる意識の向上を第一に、感染対策担当者や施設管理者の理解、診療報酬上の配慮を含め社会全体の対応が必要不可欠である。
文献
1) 木村哲,木戸内清, 廣瀬千也子:医療従事者における針刺し・切創の実態とその対策に関する調査.厚生労働科学研究補助金厚生労働科学特別研究事業.平成14年度報告書.2003年3月.
2) Pellissier G, Miguéres B, Tarantola A, Abiteboul D, Lolom I, Bouvet E: Risk of needlestick injuries by injection pens. J Hospital Injection 2006; 63(1): 60-4.
3) 職業感染制御研究会: エピネット日本版サーベイランス2015(JES2015): http://jrgoicp.umin.ac.jp/index_jes2015.html/2016年10月12日現在.
4) 小池和彦:HIV・HBV重複感染時の診療ガイドライン. 平成20年度厚生労働科学研究費補助金エイズ対策研究事業. 2009年3月.
5) 星野ゆかり, 加島典子, 神山美香, 柳沼厳弥, 糖尿病診療に関する安全管理インスリン・スライディングスケールの標準化と糖尿病サポート室への紹介基準の作成、第56回日本糖尿病学会年次学術集会, 2012年5月.
6) 國島広之、山崎行敬、中谷佳子、細川聖子、駒瀬裕子、三田由美子、竹村 弘, 針刺し損傷防止機構付ペン型注入器用注射針の導入効果, 日本環境感染学会誌, 2017; 32(3) : 123-126.
7) 垣花シゲ, 佐久田朝源, 植村恵美子, 具志堅美智子, 與古田孝夫:在宅医療における針刺し・切創事故—その実態と関連要因—. 環境感染 2002; 17(4): 315-9. 
8) 浦野美恵子, 矢野邦夫, 脇慎治, 室久敏三郎: 県西部浜松医療センター医療従事者における針刺し・切創事故に関するサーベイランスとコスト試算. 環境感染 1997; 12(2): 94-8.