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Ignazzo Interview: 薬剤師として

八戸市立市民病院における感染対策への取り組み
2006年10月発行
掲載内容は、情報誌「Ignazzo(イグナッソ)」発行時点の情報です。

八戸市立市民病院 平賀 元先生
薬局長

略歴
昭和51年 東北薬科大学 薬学科卒
平成13年 八戸市立市民病院 薬局長
平成14年 青森県病院薬剤師会 副会長
平成17年 八戸地区病院薬剤師会 会長
平成18年 日本病院薬剤師会 理事

組織について

Q どのような組織・体制で取り組まれていますか?

 当院では、感染症対策委員会を設置し、その下に「MRSA班」「B型・C型肝炎班」「結核班」「ICT班」「AIDS班」の5つの班を結成しています。委員会は特別委員である院長・看護局長・薬局長・事務局長と各班のメンバーの総勢30数人で構成されます。各班のメンバーは医師、看護師、薬剤師、臨床検査技師、事務の6〜9名からなり、各班間の横断的かつ多職種の連携によるチーム医療を実践しています。


Q 5班体制を構築した理由を教えてください。

班体制は「MRSA班」「B型・C型肝炎班」「結核班」の設置からスタートしました。その後、「ICT班」を設置し、さらに行政が推進する拠点病院制に基づき、当院が県内のエイズ拠点病院として位置付けられたことに伴い、「AIDS班」を新設しました。現在の5班体制になったのは約5年前です。感染症対策には、個別の問題も多く、リアルタイムに対応できる体制づくりが求められます。そういう意味で、感染症対策委員会のメンバー全員を頻繁に集めることは難しいですから、少人数で構成される班体制はもっとも動きやすいスタイルだと考えたわけです。今後の課題としては、SARSや高病原性鳥インフルエンザH5N1型、災害医療、特に細菌兵器や天然痘によるテロ災害(化学災害の中のひとつの分野としてテロ災害がある)などが発生した場合、どのように臨機応変に対応するかということです。

各班の活動と病棟ラウンド

Q 具体的にどのような活動をなさっていますか?

 感染症が発生したときのルールづくりを進めています。各班はルールの素案を作成し、その素案を感染症対策委員会に諮った上で、感染対策における院内ルールとして規定しています。もちろん、感染対策におけるコモンセンスが見直されれば、各班がルールを改変します。時間をかけて改変していると対応が遅れることになりかねませんので、各班はスピーディーに改変作業に入ります。例えば、消毒薬メーカーの情報により、そのメーカーが製造販売する消毒薬の有効期限が半年間から1年間へ延長したという連絡があった場合、担当班がルールの改変作業に迅速に着手します。ただ、メーカーから「有効期限が延長した」という報告があったとしても、そのデータを必ず吟味し、根拠を明確にしておくことも重要です。 各班が改変したルールの内容を感染症対策委員会が十分に認識し、各委員が職場に持ち帰ってスタッフに説明の後、ICT班が病棟ラウンドでスタッフの実施状況を調査していきます。感染対策でも「Plan−Do−Check− Action」のPDCAサイクルが大切ということです。

Q ICT班の病棟ラウンドは、どのように行われていますか?

 ICT班が毎週1回の割合で病棟ラウンドを実施しています。その調査内容は「水回りを中心に」「手指擦り込み式の消毒用アルコールの使用状況はどうか」「消毒用アルコールの開封年月日・使用期限が記載されているかどうか」などポイントを絞って実行しています。ラウンドの結果、何か問題があれば、感染症対策委員会にその案件を提示し改善するという流れです。 また、感染対策スタッフのこうした活動以外でも、例えば、棚卸業務の際も漫然と行うのではなく、消毒薬の使用量をチェックしながら実施するといった、地道な作業も効果を上げていると考えています。

薬剤師としての取り組み

Q 薬剤師として、どのような感染対策に取り組んでこられましたか。

 当院の薬剤部では、抗菌薬使用実態の把握から始まり、抗菌薬の年間使用量や系統別の使用動向など病院全体と各診療科別のデータを作成し、情報の可視化、共有化を進めてきました。また、 1999年(平成11年)にオーストラリアの基準に準拠して、当院独自の抗菌薬の使用ガイドラインを作成しました。 
 オーストラリアは自国内に製薬企業を持たないという利点を生かし、中立的な医薬品適正使用政策を進めている国です。また、近隣にバリやインドネシアを控えており、感染症の脅威も他国以上と認識されています。従って、オーストラリアの基準を参考とすることにより、公正で有効性の高いガイドラインの作成が可能になると考えたわけです。
 抗菌薬の採用に関しては、薬事委員会で採用する抗菌薬を各診療科の医師が申請できない仕組みを導入し、管理しています。さらに、抗菌薬の採用品目の決定には、感染症対策委員会の承認が必要となっており、厳しい評価の結果、当院の採用品目については、いわゆる第四世代セフェム系抗菌薬(抗菌薬使用のガイドラインでは第三世代セフェム系抗菌薬のひとつ)といわれるカテゴリーの薬剤は注射用マキシピームのみで、カルバペネム系抗菌薬もチエナムとカルベニンの2剤のみとなっています。
 当院の使用ガイドラインでは、抗菌薬を「使用制限あり」「使用制限なし」「要監視薬剤」などランク付けしています。ガイドラインの作成前に医局を対象に行ったアンケート調査の結果をみると、「抗菌薬の術前投与の方法を知っている、かつ抗菌薬の使用方法を順守している」と回答した診療科は1科のみでした。しかしながら、ガイドライン作成後には術前・術中の投与が大半で、術後投与は減る傾向にあります。
 系統別の使用動向をみると、ペニシリン系抗菌薬が全体の5分の1、第一世代セフェム系抗菌薬が同3分の1を占め、ペニシリン系抗菌薬、第一世代セフェム系抗菌薬、第二世代セフェム系抗菌薬を合わせると、全体の7、8割を占めています。ガイドラインの作成後、第三世代セフェム系抗菌薬や併用投与の多いホスホマイシンの使用量が低減するという結果が出ています。さらに、各診療科別の抗菌薬の使用状況を医局会で年2回提示しています。これにより、どの診療科が、またどの医師がどんな抗菌薬を使用しているかという把握と、監視の効果を発揮しています。感染対策において、抗菌薬の使用実態に関する情報をデータ化し、院内における抗菌薬の使用状況について「可視化」「共有化」を進めることにより、医師の処方薬の標準化や、薬剤選択の適正化を進めるという成果が上がっています。

感染対策における薬剤師の役割

Q 感染対策において、薬剤師は院内でどのような役割を担っておられますか。

 薬剤部では、患者様の検査データや医師の処方薬に関する情報をリアルタイムにWeb上でチェックできます。薬剤師はWeb上の画面を随時確認し、この検査データのとき、この処方薬で本当に良いのかなどを検証しています。例えば、細菌検査データの再確認が必要であれば、細菌検査室に電話をかけて、臨床検査技師に検査結果を問い合わせることもあります。一方、医師が処方した薬でも、検査データ等から強力な抗菌薬を使用すべきでなかったり、高額な抗菌薬を使用する必要がなかったりする場合には、薬剤師が処方医に対し処方薬の変更を提案することもあります。また、薬剤部に集まる感染対策上重要なさまざまな情報を元に、MRSAやESBL※ 等の発生警報を、メールで迅速に発信することも行っています。

※Extended Spectrum beβta)( Lactamas(e基質特異性拡張型βラクタマーゼ) の略 Ignazzo創刊号I's eyeに掲載。


Q 薬剤師が他の感染対策スタッフと医師を結ぶハブ的な機能を担い、また情報を薬剤部に集中させることで、迅速で的確な対策を打てるシステムが出来上がっているのですね。

 そうですね。薬剤師は、検査データに基づき、薬剤の価格も含めてフラットで偏りのない情報をもって、医師に対して処方設計を提案できる立場にあるのではないかと考えています。抗菌薬だけではありませんが、当院の場合、薬剤に関する疑義照会は月間約 1000件に上り、このうち処方変更・中止は約100件あります。
 2005年末には、疑義照会の内容や服薬情報提供文書を、電子カルテ上に記入したり、PDF形式のファイルで添付するという独自のシステムを完成し、医師と薬剤師の間で必要な情報提供をスムーズに行える環境を整えました。そして、各部署の医療関係スタッフに適正な情報を提供するため、当院薬剤部ではDI( Drug Information)室が独立した組織として機能し、3人の専任の薬剤師を配置しています。また大切なことは、薬剤部への情報要求に対して迅速に回答するだけでなく、その後の転帰を必ず確認することです。そのような地道なコミュニケーションが、医師との信頼関係の構築につながっていると考えています。

地域サーベイランス

Q データの「可視化」「共有化」ということでは、八戸市内では八戸市立市民病院、青森労災病院、八戸赤十字病院、八戸医師会臨床検査センターの4施設で抗菌薬の使用状況を調査していると伺っていますが、具体的にはどのような活動をしておられますか。

  八戸は地理上、陸海空のすべての輸送路が整っています。青森空港からは週に4便のソウル便が、またハバロフスク便も就航しています。このため、病原体がいつ、どこから入ってくるか分かりません。当院は、地域医療支援病院でもあり、院内だけでなく、八戸市民の安全と安心を確保しなければなりません。その一環として、八戸市内の抗菌薬の感受性に関する動向を調査しています。4施設とも統一のフォーマットを作成し、月単位でサーベイランスを実施しています。調査結果は6カ月間や3年間という経時変化として、一覧で見ることができます。このデータは開業医にも配布し、八戸市内の抗菌薬の使用状況を把握していただいています。また、薬剤耐性が進行しているデータが見つかれば、八戸医師会臨床検査センターと八戸市立市民病院、青森労災病院、八戸赤十字病院で構成される地区協議会で話し合い、当該の検体を提出している施設に該当データと協議会のコメントを添えて送付しています。これにより、当該施設が抗菌薬の使用について改善するよう促しています。

コスト削減効果

Q 感染症対策でコストの合理化に結び付いた事例はありますか。

  消毒薬の使用量の適正化を図るため、1病棟で、綿球ではなく親水性ウレタンスポンジ(高機能消毒スポンジ)を使用し、1カ月間の使用状況を調査したことがあります。1カ月分の調査データから1年分の使用量を試算して、その費用対効果を考慮して親水性ウレタンスポンジを導入しました。その後、単包化製剤が発売され、試算の結果、単包化製剤のほうが安価で、消毒効果を担保できるのではないかという結果が出ています。従って、親水性ウレタンスポンジから単包化製剤への切り替えを検討しています。看護師長には、良い製品が発売されコストが見合えば、いつシフトしても良いという姿勢で対応していただきました。消毒薬の切り替えにしても、やはり数字を作ることが求められるということでしょう。

感染制御専門薬剤師

Q 感染制御専門薬剤師の認定制度がスタートしたことにより、臨床現場における薬剤師の役割としてどのようなことを期待されますか。

  感染制御専門薬剤師の誕生により、院内外の感染対策における薬剤師の位置付けが今以上に明確化されるでしょう。当院では今後、病棟ラウンドを担当しているDI室の薬剤師1人に、感染制御専門薬剤師の認定を取得してもらう予定です。これにより、私を含めて2人の薬剤師が感染制御専門薬剤師として感染対策に取り組むことになります。これからの薬剤師はジェネラリストでありながら、1つあるいは2つの専門領域を身に付けているというのが望ましい姿だと考えています。専門領域を身に付けた薬剤師がさらに活躍することにより、院内における薬剤師の足場が一段と固まっていくことを期待しています。