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全国エピネット日本版A2011 調査およびアンケート調査の結果と今後の課題

職業感染対策実践レポート Vol.9
2012年10月発行
掲載内容は、情報誌「Ignazzo(イグナッソ)」発行時点の情報です。

神戸大学医学部附属病院 看護部 感染制御部 感染管理認定看護師  李 宗子 先生
神戸大学医学部附属病院 看護部
感染制御部 感染管理認定看護師 李 宗子 先生

内容

1.感染管理担当者にとっての針刺し・切創の意味
2.全国エピネット日本版A2011 調査及びアンケート調査の結果抜粋より
3.インスリン注射における針刺し予防の現状(当院の調査結果も含めて)
4.今後の課題

1. 感染管理担当者にとっての針刺し・切創の意味

<針刺し防止効果の評価方法>
 今年(平成24 年)の4 月の診療報酬改定に伴い、感染防止対策加算の大幅な増加があり、今までICT 活動がなかなか進まなかった施設でも、にわかにICN( 感染管理担当看護師)の育成に力を入れだしたところも増えてきた。
 しかし、現場の感染管理担当者のレベルアップもさることながら、同じ施設内での事務担当の方々や、感染管理状況を審査する方々にも、もう少し基本的な知識(特に血液・体液曝露対策)を持ってほしいと思うこともしばしばある。
 医療安全の立場ではヒヤリハット報告が多く出されているほど高評価されるのに、なぜ自己申告である針刺しに関しては、その増加件数だけで低く評価されるのか。本来、各病院での針刺し発生状況を適切に評価するためには、まず大きく2つの前提が必要である。1つは母数をそろえたリスク調整された発生率を出すことと、もう一つは、針刺しの発生に対してどの程度報告されているかを示す数値が必要ということである。
 前者の方法に関しては、EPINet ™( エピネット):Exposure Prevention Information Network の開発者で、米国の針刺し安全防止法:Needlestick Safety and Prevention Act 制定の功労者でもあるバージニア大学Janine Jagger 教授らが既に次の3つの方法を紹介している。
<針刺し報告指数>
 また、後者の方法については、エピネット日本版の導入に寄与された木戸内清氏が、入院HCV 抗体陽性患者率を指標に、針刺し報告指数を提案している。  この考え方でいうと、報告された針刺し事例のうちHCV の曝露事例が少ないほど、針刺し報告の頻度は高く、職員の認識も高いという傾向にあるともいえる。

2.全国エピネット日本版A2011 調査 およびアンケート調査の結果抜粋より

注)調査結果の限界
 既にイグナッソVol.7 でも紹介のあった、職業感染制御研究会では、針刺し切創サーベイランスツール(エピネット日本版)の開発と普及がすすんでおり、2012 年現在、エピネット日本版は国内の約1,200 の病院等で利用されている。
 最新データとしては、2011 年8 月に全国エイズ拠点病院より収集された1996 年度~ 2010 年度のエピネット日本版A(針刺し・切創報告書)のデータ(51,000 件、のべ施設数1680 施設)をデータベース化し、Episis201 等で解析した結果を、1996 年度~1999 年度、2000年度~2003 年度、2004 度~2008 年度、2009 年度~ 2010 年度の4時期で比較し、経時的な状況変化を全国エピネット日本版A 2011調査としてまとめている。
 また、同上の施設で2004 年度(229 施設)、2008 年度(112 施設)、2010 年度(75 施設)にアンケート調査した内容も一部附記する。これらはすでに職業感染制御研究会ホームページ URL:http://jrgoicp.umin.ac.jp/ で公開されている。
ここではその中で特徴的な事項について抜粋、紹介する。

1)全国エピネット日本版A2011 調査結果 抜粋

図1 針刺し・切創の発生場所
図1 針刺し・切創の発生場所
・受傷者の職種は 1996 年より報告全体に占める看護師の割合が過半数を占め、医師の割合が約1/3 を占めるが、近年看護師の割合が減少傾向、医師の割合が増加傾向にある。

・針刺し・切創の発生場所は、病室( 32.0% )、手術室(27.1%)、病室外(10.1%) で全体の7 割を占める。病室および病室外の針刺しの割合が減少傾向にある半面、手術部の割合が増加傾向にある( 図1)。
図2 針刺し・切創の発生状況
図2 針刺し・切創の発生状況
・針刺し・切創の発生状況では、使用中が最も多く(26.9%)、廃棄容器関連の受傷(15.4% )、数段階の処置中(11.1%)、使用後廃棄まで(8.9%) の順となっている。リキャップによる受傷が全体に占める割合は8.8% である( 図2)。しかし、「リキャップ」「使用後廃棄まで」による針刺しが全体に占める割合は減少傾向が続いており、使用前、器材の分解、廃棄容器関連の針刺しの割合が増加傾向である。
図3 針刺し・切創の原因器材
図3 針刺し・切創の原因器材
・ 針刺し・切創原因器材をみると、従来の針刺し4 大原因器材は、注射針、縫合針、翼状針、静脈留置針であるが、翼状針は減少傾向にあり、静脈留置針も近年減少傾向に転じている。反面、手術部の割合の増加とともに縫合針による報告事例は増加傾向にある(図3)。

・薬剤充填式注射針(インスリン関連)による針刺しが増加傾向にある。(使い捨て)注射針においてもインスリン注射目的で使用された針が、原因器材全体からみて4.2%を占めていたが、特に薬剤充填針8.1%のうちインスリン注射目的で使用された針が7.3 % であった。これは、図2の発生状況の減少傾向である「リキャップ」の中で、増加傾向を示している器材でもある。
この問題については、後記のアンケート調査および当院の調査を踏まえて検討を加える。

2)アンケート調査結果 抜粋

図4 100 稼働病床数あたりの針刺し件数とHCV 針刺し割合 各々の平均値の比較
図4 100 稼働病床数あたりの針刺し件数とHCV 針刺し割合 各々の平均値の比較
・ 100 稼動病床数あたりの針刺し件数およびHCV 針刺し割合各々の平均値を比較した(図4)。

・針刺し件数においては、2004 年度は大学病院で8.2 件、大学病院以外で5.3 件、2010 年度は前者7.9 件、後者5.3 件であり、どちらの年度でも大学病院と大学病院以外で有意差がみられた(P<0.01)。

・単なる針刺し報告数の比較だけではなく、針刺し報告率の指標として用いられるHCV 陽性の針刺し割合を用いて、一定の条件をそろえた比較した。HCV 針刺し割合においても、2004年度は大学病院で23.1 件、大学病院以外で16.9 件、2010 年度は前者21.5 件、後者13.7 件で、どちらの年度でも有意差をもって大学病院のほうが、大学病院以外よりも針刺しの報告が多くなされている(P<0.01)。
図5 職種別針刺し・切創発生頻度
図5 職種別針刺し・切創発生頻度
・ 2010 年度の調査施設全体の針刺し発生頻度を、職種別針刺し発生頻度でみると、各職種のフルタイム100 名あたりで最も高い職種は研修医で、9.7 件、次に医師4.1 件、看護師3.5 件、臨床検査技師3.0 件であった(図5)
図6 新規採用者の教育実施割合(職種別)
図6 新規採用者の教育実施割合(職種別)
図7 新規採用者の実技トレーニング実施割合(職種別)
図7 新規採用者の実技トレーニング実施割合(職種別)
・新規採用者の針刺し損傷予防教育実施割合(職種別)を2008 年度、2010 年度でみると、職種毎の割合は医師以外大きく変わらず、最も実施しているのが看護師で90%強、次いで研修医80%弱、臨床検査技師50%弱であった。医師は参加施設数の差もあるが、38%から23%に減少傾向がみられた(図6)。

・針刺し予防のために重要な、安全機能付き器材や針捨て用廃棄箱の使用方法を含む新規採用者の実技トレーニング実施割合(職種別)は、2008 年度、2010 年度でみても、職種毎の割合はあまり変化なかった。最も実施しているのが看護師で90%弱、次いで研修医60%弱、臨床検査技師20%強であった(図7)。
図8 新規採用職員にたいするHBs 抗体検査の推奨の有無・ワクチン接種状況
図8 新規採用職員にたいするHBs 抗体検査の推奨の有無・ワクチン接種状況
・ 医療従事者として臨床現場に出る場合に必須となる HBs 抗体検査・ワクチン接種状況は、新規採用職員の2008 年度と2010 年度でみると、共に就職後に抗体検査、ワクチン接種を病院負担で実施する施設が過半数を占め、うち費用の病院負担は70%近くを占めていた(図8)。入職前に推奨する施設は6% ~ 4% で変化なかった。今後、医療系学校での接種状況との関連も検討する必要があるだろう。
図9 安全器材導入状況
図9 安全器材導入状況
・ 安全器材導入状況 は2004 年度、2008 年度、2010 年度と経年経過を見ると、ほぼ全種類の器材導入が増加傾向にある。翼状針98.7%、静脈留置針96.0% を筆頭に、ランセット、血液ガス、閉鎖式輸液システムが多い。また近年、シリンジ採血の需要に応じた血液分注器の導入が著しく増加傾向を示している(図9)。
図10  器材別10 万本使用器材あたりの針刺し発生頻度
図10  器材別10 万本使用器材あたりの針刺し発生頻度
・ 器材別 10 万本使用器材あたりの針刺し発生頻度について、安全器材導入が最も多かった翼状針と静脈留置針が各々10.0件、4.3 件と開きがあった。この差はどこに問題があるのか、安全器材の有無に関わらず器材の問題点を検討するためには、今後針刺し時の報告の際、器材の商品名も報告項目に加える必要があるかもしれない(図10)。

3.インスリン注射における針刺し予防の現状(当院の調査結果も含めて)

図11 総注射機会回数における実施者・内容別割合 
図11 総注射機会回数における実施者・内容別割合 
図12 看護師の該当器材による注射実施割合の高い病棟(トップ5)
図12 看護師の該当器材による注射実施割合の高い病棟(トップ5)

(図11、12 引用:第16 回日本糖尿病教育・看護学会学術集会発表資料)
・病院におけるペン型注入器によるインスリン注射の問題点は、本来在宅患者が自己注射することを目的とした安全機能のついていない注入器を、患者教育上やインスリン単位の間違いを防止するために医療従事者(看護師)も使用している点にある。

・原則的に考えると、本来自己注射目的であっても、高齢や病状の変化によって家族にゆだねる状況もあり、針刺し防止機構がなくてよいというものではない。

・糖尿病の教育入院ではペン型注入器による注射の実施者は主に患者になるが、いわゆるシックデイとして、糖尿病患者が入院する場合は、看護師が実施または介助する割合が高くなる場合がある。

・当院で 2010 年11 月24 日~ 12 月7 日の2 週間に一般病棟(796 床)におけるペン型インスリン注入器による注射を実施している糖尿病患者130 名の調査をした結果、患者の実施割合は53.0%、看護師の実施割合は35.8%、看護師の介助・指導割合は11.2%であった(図11)。

・この結果を 10 万本あたりの針刺し損傷リスクで考えると、当院の場合、使用されている(あるいは出庫されている)ペン型インスリン注入器用注射針の35.8%を看護師が使用しているため、それに合わせて母数を補正すると、2.79 倍高くなった。

・使用病棟において看護師の実施割合を比較すると、主に教育入院が多い糖尿病内科病棟より外科病棟の方が3 倍~ 7 倍と著明に多い傾向にあった(図12)。

・先に述べた病院におけるペン型注入器によるインスリン注射の問題に加え、近年、糖尿病患者の増加に伴い、インスリン注射針の流通量が増加している。そのことが、安全機能付き器材が普及していないこととあいまってインスリン注射針による針刺しが増加するという連鎖がある。日本では、2012 年5 月時点で、1社からペン型注入器用安全機能付きインスリン注射針が販売されているが、その器材の臨床使用評価が待たれるところである。

4.今後の課題

 この度、全国エピネット日本版A2011 調査結果とアンケート調査結果とを比較・分析したことにより、針刺し・切創の現状がさらに具体的になり、個別的課題もあきらかになった。
 発生状況や発生器材の中で、その割合が増加傾向にある状況や器材については、安全器材や廃棄容器に関連する受傷事例の割合も含めてさらに詳細な検討が求められている。教育・指導においては、安全器材の正しい使用方法を含めたトレーニングの実施向上にむけた具体的な働きかけについても、有効事例を広く紹介していくことも必要である。
 また、手術部における針刺し・切創の問題では、単に縫合用の鈍針の普及率だけでなく、使用場面の詳細な分析が求められている。そのためには手術部特有の詳細な情報収集と分析が必要であると考えられ、現在感染制御研究会ではOR 版エピネット日本版の開発を進めている。
 そして、サーベイランスの精度を上げるために、これまではHIV 拠点病院を中心にデータ収集してきたが、ベンチマークとしてのデータとするためには、より多くの施設が参加でき、web 上で各施設へ即時にフィードバックできるシステムを構築していく必要があると考える。