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感染症アラカルト:呼吸器感染症の検査

2012年10月発行
掲載内容は、情報誌「Ignazzo(イグナッソ)」発行時点の情報です。

長崎大学病院検査部 栁原克紀 先生

はじめに

表1 感染症診断法の種類と特徴
表1 感染症診断法の種類と特徴
 呼吸器感染症の原因微生物は多彩であり、肺炎球菌、インフルエンザ菌といった細菌群からマイコプラズマ、クラミジアならびにレジオネラなどの非定型病原体まで幅広い。原因微生物を同定するために各種検体から鏡検、分離・培養、同定、免疫学的診断ならびに遺伝子診断などが行われる(表1)。

染色・鏡検

表2 良質な喀痰を用いた場合のグラム染色の有用性
表2 良質な喀痰を用いた場合のグラム染色の有用性
 グラム染色は、塗抹、染色、乾燥ならびに鏡検の全行程が5分程度で可能であり、最も迅速かつ有用な検査のひとつである。グラム染色の有用性ならびに信頼性は検体の質に依存している。良質な検体から得られた情報であれば、病原体が観察できない場合でもそれ自体が有用な情報となる。すなわち、良質な検体をとる努力をすべきである。良質検体から得られた情報は、特異度ならびに感度が高いことが報告されている(表2)。1)

尿中抗原検出法

 尿中抗原検出法として、現在は肺炎球菌とレジオネラ菌が臨床応用されている。肺炎球菌尿中抗原キットは、尿中に排泄される肺炎球菌の莢膜多糖抗原をイムノクロマトグラフィー(ICT)で検出する。抗菌薬投与がすでに開始され、喀痰培養で原因菌(肺炎球菌)の検出が困難な場合でも、陽性所見を得られることが利点である。 感度 70 ~ 80%、 特異度 94 ~ 99%(肺炎球菌のほとんどの血清型を検出可能)程度である。Binax Now シリーズの尿中抗原検出キットは、所要時間は15 分と短く、迅速性は極めて高い。検出する肺炎球菌尿中抗原検査における留意事項として、他の微生物と交差反応性はないが、共通抗原をもつ Streptococcus mitis による偽陽性がある。肺炎球菌性肺炎治癒後でも、1~3ヶ月にわたって陽性が続く場合もある。
また、小児においては、上気道における常在肺炎球菌により偽陽性を示すことが報告されており、鼻腔保菌例で50% 程度の偽陽性を示すことも報告されている。さらに、肺炎球菌ワクチン接種後は、偽陽性を示す可能性もあり、ワクチン接種後5日間は検査を行わないことが推奨されている。
レジオネラの尿中抗原検査は、感度、特異度とも高くきわめて有用な検査である。レジオネラに関しては、尿中抗原検出は現在のところ唯一の迅速診断法であり極めて有用である。レジオネラ肺炎は重篤で死亡率も高い上に、β- ラクタム系抗菌薬が無効な肺炎であり、早期診断に基づく適切な抗菌薬療法が必要である。しかしながら、広く用いられている尿中抗原検出キットは、レジオネラ・ニューモフィラ血清型1 に関しては感度が
高いものの他の血清型やニューモフィラ以外のレジオネラに対する感度は低いことに注意する。
 我が国の市中肺炎ガイドラインでは基本的に全ての患者に、外来であっても肺炎球菌尿中抗原検査を、入院の場合には肺炎球菌はもちろん、レジオネラの迅速診断検査、グラム染色、喀痰培養を推奨している。できるだけ簡便かつ迅速に原因菌を推定し、それに対応した治療を行うことを推奨している2)

喀痰中肺炎球菌抗原の検出

表3 喀痰抗原検出と喀痰培養の比較
表3 喀痰抗原検出と喀痰培養の比較
 喀痰中肺炎球菌抗原検出法は、C-polysaccharide (C-ps) を特異的に認識する抗肺炎球菌C-ps ポリクローナル抗体を用いてイムノクロマトグラフィーで検出する。製品名はラピラン肺炎球菌で、2010 年10 月から発売されている。喀痰、上咽頭ぬぐい、中耳貯留液などを臨床検体とし、全行程が25 ~ 30 分程度で完了する。成人下気道感染症160 症例あまりを対象とした検討では感度89.1%、特異度95.3% であった3)(表3)。さらに、尿検体が同時に採取できた142 症例で尿中抗原検査と直接比較したところ、特異度はほぼ同等、感度が有意に高かった 3)。喀痰からの直接的な診断法であり、前述した尿中抗原の欠点を克服できることが期待される。一方、肺炎球菌は一定の割合で上気道に常在しており、特に小児ではその割合が高い。常在している肺炎球菌の検出による偽陽性を示す可能性があることに留意する。臨床研究では、喀痰中の少量の肺炎球菌(約1×10 6CFU/mL 以下)は本キットでは陽性になりにくいことが確認されている3)

血清診断

血清抗体価
 マイコプラズマ、クラミジアなどの非定型病原体は分離培養が困難であるため、診断には血清抗体価が用いられる。生体の反応として産生された特異的抗体価の測定は診断に有用である。感染初期と2 週間後のペア血清を用い、4 倍以上の抗体価の上昇がみられたとき診断できる。近年、マイコプラズマについては、特異的IgM 抗体を検出する迅速簡易抗体検出キットが臨床応用されている。マイコプラズマならびにクラミジア抗体価による診断を表4 に示す4)
表4 マイコプラズマ、クラミドフィラ(クラミジア)抗体価による診断
表4 マイコプラズマ、クラミドフィラ(クラミジア)抗体価による診断

遺伝子診断

 遺伝子診断は検体から直接、微量な病原体の遺伝子を増幅・検出する方法である。呼吸器感染症領域では、培養に時間を要する結核や非結核性抗酸菌などの検出に広く臨床応用されている。肺炎の診断においては、染色法や培養法では診断できない非定型病原体の診断に有用になるものと期待される。LAMP(Loop-Mediated Isothermal Amplification)法を用いたマイコプラズマ遺伝子検出は、簡便且つ迅速な核酸増幅を測定原理とした検査試薬キットであり2010 年に上市された。LAMP 法とは標的遺伝子の6 つの領域に対して4 種類のプライマーを設定し、鎖置換反応を利用して一定温度で反応させることを特徴とする。同検査キットでは、喀痰、咽頭ぬぐい液等を検体とし、検体採取から2 時間以内に結果を得ることができるため、臨床現場での応用が期待されている。

multiplex PCR を用いた多剤耐性肺炎球菌の診断

 肺炎球菌の耐性化は分子レベルで解明されており、ペニシリンやマクロライドへの耐性機序や関与する遺伝子変異が報告されている。ペニシリン結合蛋白遺伝子の変異(pbp1a, 2b, 2x)、マクロライド耐性に関わるリポソームのメチル化(ermB) と薬剤排出ポンプ遺伝子(mefA) を用いて、multiplex PCR により肺炎球菌検出に加えて耐性遺伝子も同定する。また。lytA 用いて肺炎球菌の同定および定量を実施した(図1)。これらの遺伝子検査の結果は培養検査とほぼ同等の成績が得られた5)。検体採取後数時間で結果が判明する本法は、抗菌薬選択に有用であると思われる。
 解決すべき点として、非特異的PCR 反応やPCR 阻害等の一般的な問題に加え、喀痰中の常在菌が有する耐性遺伝子の混入など呼吸器感染症特有の問題が挙げられる。呼吸器感染症の診療においても遺伝子検査を臨床応用することで、耐性菌を迅速に診断し、適切な抗菌薬療法ができるものと期待される。
図1 既存の検査法と遺伝子迅速診断の比較
図1 既存の検査法と遺伝子迅速診断の比較

文献

1)Sputum gram stain assessment in community-acquired bacteremic pneumonia. 
Gleckman et al J. Clin. Microbiol. 1988 ; 26 :846-9
2) 日本呼吸器学会 成人市中肺炎診療ガイドライン 2007.
3)Izumikawa K, Akamatsu S, Kageyama A, Okada K, Kazuyama Y, Takayanagi N, Nakamura S, Inoue Y, Higashiyama Y, Fukushima K, Ishida T, Sawai T, Yoshimura K, Nakahama C, Ohmichi M, Kakugawa T, Nishioka Y, Aoki N, Seki M, Kakeya H, Yamamoto Y, Yanagihara K, Kohno
S. Evaluation of a rapid immunochromatographic ODK0501 assay for detecting Streptococcus pneumoniae antigen in sputum samples from patients with lower respiratory tract infection. Clin Vaccine Immunol. 16:672-8, 2009
4) 田中裕士 マイコプラズマ抗体やクラミジア抗体検査の解釈と有用性は? ガイドラインサポートハンドブック 呼吸器感染症(河野 茂編)P.64-69, 医薬ジャーナル社 2011
5)Fukushima K, Yanagihara K, Hirakata Y, Sugahara K, Morinaga Y, Kohno S, Kamihira
S. Rapid Identification of Penicillin and Macrolide Resistance Genes and Simultaneous Quantification of Streptococcus pneumoniae in Purulent Sputum Samples Using a Novel Real-time Multiplex PCR Assay J. Clin. Microbiol. 2008;46(7):2384-8