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皮膚・粘膜曝露サーベイランス(エピネット日本版サーベイランス:JES)の結果と今後の課題

職業感染対策実践レポート Vol.10
2014年8月発行
掲載内容は、情報誌「Ignazzo(イグナッソ)」発行時点の情報です。

神戸大学医学部附属病院 看護部 感染制御部 感染管理認定看護師  李 宗子 先生
職業感染制御研究会 幹事・JESWG *
網中 眞由美 先生

はじめに

 医療従事者の血液・体液による職業感染については、針刺しや切創によるものが取り上げられる場合が多い。しかし、針刺し・切創だけでなく医療処置や看護ケア等さまざまな場面で血液や体液が医療従事者の皮膚や粘膜に曝露する可能性がある。針刺し・切創とともに血液・体液の飛散等による皮膚や粘膜への曝露の実態を把握することは、血液媒介病原体による職業感染の予防対策を推進していく上で重要である。
 職業感染制御研究会では1997年にバージニア大学の承諾を得て、針刺し・切創サーベイランスツール(エピネット日本版A201)、皮膚・粘膜曝露サーベイランツール(エピネット日本版B201)を日本国内の医療施設に無償提供するとともに、集計・解析ソフトである「Episys(エピシス)」、Episysをさらに強化する分析ツール「見える化君」を提供し、医療施設における血液体液曝露による職業感染対策に役立てていただく取り組みを行っている。また、2009 年からは日本国内の医療施設における血液体液曝露の実態の把握と対策を検討するためにエピネット日本版を用いた多施設サーベイランスを実施している。
 ここでは職業感染制御研究会が2009年および2011年に実施したエピネット日本版サーベイランス( Japan - EPINet Surveillance : JES)の中から、エピネット日本版B(皮膚・粘膜汚染)サーベイランス結果について紹介する。
*JESWG:Japan-EPINet Surveillance Working Group

エピネット日本版B(皮膚・粘膜汚染)サーベイランスの結果

引用:エピネット日本版サーベイ2011 結果概要報告「エピネット日本版B 皮膚粘膜曝露」
(http://jrgoicp.umin.ac.jp/jes/jes2011/JES2011doc5.pdf)

1)JES 参加病院とデータ解析対象病院

 エピネット日本版を使用しているエイズ拠点病院で全国サーベイランスへの参加に同意した117施設がJES参加施設として登録されている。
(http://jrgoicp.umin.ac.jp/index_jes_2.html)
 このうち、2004年4月1日~ 2011年3月31日の期間に発生した皮膚・粘膜曝露事象を1件以上報告した医療機関73施設のデータを解析した。なお、病院規模が明らかになっている施設は73 施設中53 施設であり、許可病床数の内訳は500床以下が13施設、501床~ 700 床が18施設、701床~ 1000床が13施設、1001床以上が9施設であった。

2)皮膚・粘膜曝露サーベイランスデータの分析

  (1)報告件数
 2004年4月1日~ 2011 年3月31日の皮膚・粘膜曝露事象の報告総数は2328 件であった。各年度の施設当たりの平均報告件数は6.1 ~ 7.2 件であった(表1)。報告件数は施設間でばらつきを認める(図1)。ただし、図1は病院規模や過少報告の可能性などが考慮されていないため、参考値としてご覧いただきたい。

 (2)曝露者の職種と発生場所  職種別にみると看護師が最も多く、全体の50.6%(1179/2328件)、医師、研修医はそれぞれ全体の19.3%(450/2328件)と12.9%(300/2328件)、助産師4.5%(104/2328件)、臨床検査技師3.4%(79/2328 件)の順で多く報告された(図2)。
注)調査結果の限界
 皮膚・粘膜曝露の発生場所は、病室(集中治療室を除く)が全体の34.3%(799/2328件)、手術部22.5%(523/2328件)、特殊検査処置室7.6 %(177/2328 件)、集中治療室6.7 %(157/2328件)、病室外(廊下、ナースステーション等)6.4%(148/2328件)、救急部門5.2 %(122/2328 件)、外来診察室(処置室)4 . 3 %(100/2328件)の順で多く報告されている(図3)。3番目に多く報告された特殊検査処置室の詳細は、内視鏡室、血管造影室、CT室、MRI室、気管支鏡検査室などである。
 (3)曝露した血液体液の種類と曝露源となった患者の感染症
 曝露した血液体液の種類は、血液または血液製剤が69.5%(1617/2328件)を占め、唾液8.6%(201/2328件)、痰4.9%(115/2328件)、吐物2.4%(55/2328 件)であった(図4)。その他の体液は全体の12.5%(292/2328件)を占めるが、その詳細は便、腸液、胃液、ドレーン廃液、透析の廃液、眼内還流液、母乳、創部洗浄液など多岐にわたる。このことからも医療従事者はさまざまなケアや処置の場面で、血液体液曝露の危険に晒されていることがわかる。
 曝露源となった患者の感染症は、HCV陽性者が35.9%(835/2328件)と最も多く、HBs 抗原陽性者10.7%(249/2328件)、梅毒陽性5.2 %(120/2328件)、 HIV 陽性2.3 %(53/2328件)、HBe 抗原陽性1.7%(39/2328件)、ATLA1.7%(39/2328件)であった(図5)。一方、曝露源の患者がHIV、HCV、HBVのすべてに陰性である場合の報告は9.8%(229/2328件)であり、曝露源の患者にこれらの感染症がない場合には、血液体液曝露報告がなされていない可能性が考えられる。
(4)汚染組織・状態と汚染時の状況
 血液体液が曝露した組織では、眼への曝露報告が60.1%(1399/2328件)と他の組織への曝露に比べて多い傾向を認める(図6)。ここからもより感染のリスクが高いと判断した眼への曝露が他の部位に比べて積極的に報告され、無傷な皮膚(創のない皮膚)への曝露の場合は、リスクが低いと判断されて報告されない事例のあるのではないかと推測する。眼以外の曝露が過少報告である可能性は否めないが、眼への曝露は実際に起こっており、稀な曝露でないことも事実である。
 曝露時の状況は、防備していない皮膚・粘膜に触れたものが82.1%(1912/2328件)であった。また防備していた場合であっても防衣や防具のすき間から皮膚に触れたものが10.2%(237/2328件)、防衣や防具を浸透して触れたものが3.4%(80/2328件)あった(図7)。
(5)曝露時に着用していた防護具とケア/ 処置の緊急性
 曝露時に着用していた防護具は、一重の手袋が49.5%(1152/2328件)、外科手術用マスク18.9%(441/2328件)、外科手術用ガウン12.1%(282/2328件)の順であった(図8)。
 一方、血液体液曝露報告2328件のうち、いずれの種類の防護具も使用していなかった事例は579件(24.8%)であり、そのうち自由記載欄となっている「状況と背景」の記載から処置やケア前に血液体液曝露の可能性を予測し、適切な防護具を使用することが可能であったと推測できる事例が321件認めた。
 ケアや処置の緊急性では、緊急処置であったのは13.6%(316/2328件)で、79.1%(1842/2328件)は緊急を要する処置ではないことからもケアや処置の前に血液体液曝露の可能性があるかを考え、判断し、適切な防護具を選択して使用できることが理想である。(表2)。
(6)汚染理由-汚染はどのように起こったか
 患者から直接曝露が40.8%(950/2328件)、検体容器から漏れて/こぼれて9.6%(224/2328件)、IV チューブ/バッグ/ ポンプから漏れて7.9 %(184/2328件)、栄養チューブ/ その他のチューブが外れて/ 漏れて5.4%(125/2328件)の順であった(図9)。
 (7)血液体液との接触/ 曝露時間と接触/ 曝露量
 血液体液との接触・曝露時間は69.9%(1628/2328件)が5分未満であり、多くの場合曝露後直ちに洗浄などの対応がとられている(表3)。
しかし、1時間以上が4.0%(92/2328件)認める。1時間以上接触/曝露があった92事例中、45事例が手術室での曝露であった。
 血液体液の接触/曝露量は、少量(5cc未満)が80.7%(1879/2328件)、中等量(5~50cc)7.4%(173/2328件)、大量(50cc以上)1.3%(31/2328件)であった(表4)。
 (8)曝露者のHBs 抗体の有無
 HBs抗体を獲得していた曝露者は、ワクチン接種による者が64.5%(1502/2328件)自然陽転等による抗体陽性者3.0%(69/2328件)、抗体未獲得者15.8%(368/2328件)、自身の抗体獲得の有無が不明なものが8.6%(200/2328 件)であった(表5)。

3)予防対策の推進と課題

  (1)個人用防護具(PPE)の利用
 血液体液曝露による職業感染のリスクは針刺し・切創によるものだけでなく、皮膚・粘膜への飛散等による曝露事象についても予防対策を推進していく。皮膚・粘膜への血液体液曝露による医療従事者の職業感染のリスクを低減するためには、個人用防護具(PPE)の適切な使用が重要である。使用目的に合った、医療従事者が利用しやすいPPE の選択(複数の種類を常備することも含む)、
利用しやすい場所への配置等とともに、PPE の使用方法や使用場面について標準予防策に基づいた教育や指導、実施状況の確認を行うことが必要である。

 (2)眼の防護
 特に血液体液等の飛散から眼を守るための個人用防護具の利用が進んでいない。感染管理担当者は自施設の眼への曝露予防対策を是非とも点検していただきたい。ゴーグルやフェイスシールドなどの眼を保護する個人用防護具が院内に適切に配置されているか。また眼を保護する個人用防護具は、血液体液が飛散する可能性があるケアや処置の際に利用されているか。十分に利用されていない場合は、その原因を現場の利用者となる職員とともに検討して改善に取り組む必要がある。

(3)皮膚・粘膜曝露サーベイランス
 今回エピネット日本版サーベイランスを実施し、エピネット日本版A(針刺し・切創)に比べ、エピネット日本版B(皮膚・粘膜汚染)を使用している医療機関が少ないことが分かった。エピネット日本版A(針刺し・切創)のみを使用し、エピネットB(皮膚・粘膜汚染)を使用していない医療機関を複数認めた。血液体液曝露による職業感染対策を考えていく上で、針刺し・切創事例にだけ焦点を当てるのではなく、皮膚・粘膜曝露についても併せてサーベイランスを行うことを勧める。感染対策担当者は自施設のエピネット日本版B(皮膚・粘膜汚染)によって報告された事例について詳細に検討することで、予防対策の立案に役立てることができる。
 またエピネット日本版B(皮膚・粘膜汚染)では、眼など曝露者がより感染のリスクが高いと自己判断した事例のみが報告されやすい傾向があると考えられる。職業感染のリスクが低いと自己判断した事例が報告されにくい可能性があるため、どのような場合であっても自己で判断せず、報告する体制の整備が必要である。

職業感染制御研究会の活動に賛同し、エピネットデータの提供にご協力くださった医療機関の皆様に感謝いたします。