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職業感染対策とワクチンプログラム

職業感染対策実践レポート
2019年10月発行
掲載内容は、情報誌「Ignazzo(イグナッソ)」発行時点の情報です。

川崎医科大学 小児科学 中野 貴司
川崎医科大学 小児科学
中野 貴司

1.職業感染対策としてのワクチン

 医療機関において、予期せぬ感染症伝播をまったくゼロにすることは現実的には難しい。患者は自らの症状を感染症と気付かずに受診することがあり、医療者は不顕性感染者として病原体を排泄していることがある。すなわち、患者、医療者ともに自らが認識しないまま感染源となる場合がある。
 医療機関では宿主免疫能が低下した患者も多く、感染症罹患は大きな健康被害につながり、しばしば法律的問題にまで発展する。したがって医療者は感染症伝播のリスクを最小限に抑えるように努めることが不可欠であり、ワクチンという予防手段を有効に使うことが推奨される。
 ただし、免疫低下者に対しては生ワクチンの接種は不適当である場合が多く、不活化ワクチンの効果は十分に期待できないことがしばしばある。以上より、医療機関で職業感染対策としてワクチンプログラムを実践する場合は、医療者に対する予防接種が主な手段となる1)

2. ワクチンを用いた積極的な予防が医療者に推奨される理由

図1 デングウイルスを媒介する蚊 (a)ネッタイシマカ (b) ヒトスジシマカ(国内でのベクター)
表1 医療者に対してワクチンによる積極的な感染症予防が推奨される理由
 医療者に対しては、一般の人々よりもワクチンで積極的に感染症を予防することが勧められるが、その理由は大きく3つに分けられる(表1)。
 まずは、自らが感染症に罹患することを防止するためである。医療者は感染症患者と接触の機会が多く、職業感染のリスクが高い職種である。
 2つめの理由は、自らが感染源となることを防止するためである。患者の多くは健康弱者であり、感染症に罹患すれば多大な健康被害につながり、しばしば法的問題にも発展する。
 3つめの理由は医療機関の機能を維持するためである。多数のスタッフが感染症に罹って欠勤すれば、診療機能が維持できなくなる恐れがある。

3.ワクチンプログラムの対象者

 医療専門職である医師、看護師、薬剤師、臨床検査技師、放射線技師、リハビリテーション技師などはもちろん、事務職、実習学生、ボランティア、清掃などの業務に従事する委託業者を含め、患者や患者の体液と接触する可能性のあるすべての者が、ワクチンプログラムの対象者に含まれる。
 それぞれの病原体や職種の差異によって、感染源に曝露されるリスクは異なるが、基本的にはすべての医療者をワクチンプログラムの対象として、感染のリスクから守るように努める。新規採用者については、就業開始前に必要な予防接種を済ませておくことが望ましく、学生や実習生の受け入れに際しては、あらかじめワクチンの接種を勧奨しておく。

4.接種の実際

表2 接種不適当者と接種要注意者(文献2より作成)
表2 接種不適当者と接種要注意者(文献2より作成)
①説明と同意
 積極的な接種を推奨することは大切であるが、一方で強制力をともなうものであってはならない。あくまで医療者各個人がワクチンの必要性と重要性を理解した上で、自らの意思決定によって接種を選択することが基本である。

②「接種不適当者」と「接種要注意者」
 接種を担当する者はワクチンに関する知識と技術を十分に持ち合わせていることが不可欠である。たとえば予防接種においては表2に示すような「接種不適当者」が定められている2)。これに該当する者は決して多くないが、成人への接種に際して予診時に妊娠の有無をチェックすることは、忘れてならないポイントである。妊婦は生ワクチンの接種不適当者であり、生ワクチン接種後2ヵ月間は避妊を指導することが必要である。
 「接種不適当者」とは別に「接種要注意者」が定められている(表2)2)。「接種要注意者」は、接種の可否判断に際して注意を要すべき者であるが、「多くの場合に接種を差し控えるべき者」ではない。適切な判断により、可能であれば接種を勧めたい対象でもある。たとえば鶏卵アレルギーの者に対して、通常、MR(麻疹・風疹混合)ワクチンは接種可能である。麻疹ワクチンはニワトリ胚培養細胞、風疹ワクチンはウズラ胚またはウサギ腎臓培養細胞を用いた組織培養によりウイルスを増殖させて製造するが、卵白タンパク質と交差反応性を示すタンパク質含量は極めて少ないことから、鶏卵アレルギー患者であっても接種可能と考えられている2)。起こり得る副反応の頻度や程度を勘案したうえで、リスクよりも麻疹や風疹を予防できるメリットの方が大きいとされている。

③副反応救済制度
 医療者への接種は予防接種法に基づく定期接種ではなく、ワクチンは一般の医薬品と同様の扱いとなる。万が一、副反応が発生した場合は独立行政法人医薬品医療機器総合機構における審査制度に基づいた健康被害救済が適応される。

5.日本環境感染学会による指針

 日本環境感染学会は2009年5月に「院内感染対策としてのワクチンガイドライン」を公表し、2014年9月にその改訂版である「医療関係者のためのワクチンガイドライン」を発刊した3)
 本ガイドラインは個人個人への厳格な予防(individual protection)を目的として定めたものではなく、医療機関という集団での免疫度を高めること(mass protection)を基本的な概念として作成されている。すなわち、ごく少数に起こり得る個々の課題の解決を求めたものではなく、その場合は個別の対応を必要としている3)。また、唯一絶対の方法を示したものではなく、あくまで標準的な方法を提示するものであり、できるだけ本ガイドラインに沿って実施されることが望まれるが、それぞれの考え方による別の方法を排除するものではないとしている。以下、本ガイドライン3)を参考に各疾患とワクチンについて述べる。

6.麻疹・風疹・水痘・おたふくかぜ


表3 生ワクチンを複数回接種する理由
①2回の接種歴が最も大切
 麻疹、風疹、水痘、おたふくかぜの予防には、それぞれ生ワクチンがある。これら4疾患については、1歳以上で2回の予防接種歴があることが最も大切である。ガイドライン3)掲載のフローチャートでも、まずそれが最優先と記載されている(図1)。 
 麻疹と風疹の予防にはMRワクチンが広く使われている。麻疹と風疹いずれかのワクチンの接種歴が2回、もう一方のワクチンの接種歴が1回の者に対して、MRワクチンを追加接種して差し支えない。
 ワクチンの接種歴が不明の場合は、1ヵ月以上の間隔をあけて2回接種する。明らかな罹患既往のある者以外は、2回の接種でこれら4疾患の予防に努めることを原則とする。また、罹患既往のある者にワクチンを接種しても支障はない。

②2回接種が必要な理由
 生ワクチンを複数回接種する理由は2つ、一次性ワクチン効果不全(primary vaccine failure: PVF)対策と二次性ワクチン効果不全(secondary vaccine failure:SVF)対策である(表3)4)。複数回接種を推奨すると、「2回の接種間隔は何年空けることが適切か?」とSVF対策を想定しての質問をしばしば受けるが、適切な間隔は確定していない。PVF対策も同様に大切であることを強調しておきたい。

③抗体検査は必須ではない
 ガイドライン3)にも記載されているが、抗体検査は必須ではなく、抗体価測定を行わずに1ヵ月以上の間隔で2回のワクチン接種を行うことでも支障ない。
 数値で示される抗体価は感染防御能を反映する絶対的な指標と考えられがちだが、決してそうではない。一定レベル以上の抗体価をもっていても、当該感染症にかかる場合もある。一方で、抗体価は低くても、当該病原体に対する個体としての総合的な免疫力(細胞性免疫や自然免疫などを含む)が強固であれば疾患には罹患しない。血中抗体価の数値は、個体の免疫力を反映するひとつの代替指標・代用物(surrogate)である。

図1 麻疹・風疹・水痘・おたふくかぜワクチン接種のフローチャート(文献3から引用)

7.B型肝炎

 B型肝炎ウイルスは血液や体液中に存在する。また、出血などで体外に出たウイルスは、乾燥してもすぐには感染力を失わず、少なくとも1週間は感染性を保つと考えられている5)。劇症肝炎や肝硬変、肝がんの原因となるB型肝炎ウイルスに対する予防は医療者にとって大切である。
 接種スケジュールは初回接種に引き続き、1ヵ月後、6ヵ月後の計3回接種で1シリーズである。3回目の接種から1~2ヵ月後にHBs抗体検査を行い、10mIU/mL以上の抗体価が獲得されていれば防御免疫が付与されたと考える。1シリーズ接種後に抗体獲得が達成されなかった場合は、追加接種を計画する。一度10mIU/mL以上の抗体価が確認されれば、原則としてその後の抗体検査やワクチンの追加接種は不要である3)

8.インフルエンザ

 自らの罹患予防、感染源とならないこと、欠勤防止のいずれの観点からも、積極的なワクチン接種が推奨され、接種不適当者(表2)に該当しないすべての者が対象である。
 インフルエンザワクチンは製造の過程で鶏卵を使用するため、ごく微量の鶏卵成分が含有される可能性はあるが、卵アレルギーにより本ワクチンが接種できない者は、鶏卵成分によるアナフィラキシー既往者などごく少数の者である。
 また、ウイルスの病原性をなくした不活化ワクチンであり、胎児に影響を与えるとは考えられておらず妊婦は接種不適当者に含まれていない。インフルエンザへの曝露機会の多い医療関係者は、妊婦又は妊娠している可能性のある女性であっても、ワクチン接種によって得られる利益が不明の危険性を上回ると考えられ、ガイドライン3)ではインフルエンザワクチンの接種が勧奨されている。ただし、元々自然流産が起こりやすい妊娠初期の特性や、妊婦に薬剤であるワクチンを使用するということの説明を行い、被接種者の十分な理解を得た上で接種する。

9.おわりに

 代表的なワクチン予防可能疾患について概説したが、髄膜炎菌感染症と破傷風に関する追補版6)も発行されている。また、百日咳や帯状疱疹など、他にも指針の提示が望まれる疾患がある。内容のアップデートも加えて、ガイドライン改訂版の発行が計画 されている。

文献

1) 中野貴司.医療者へのワクチン接種なぜ必要か.Pharma Medica 36 (5):33-36,2018.
2) 予防接種ガイドライン等検討委員会:予防接種ガイドライン2019年度版. 公益財団法人予防接種リサーチセンター, 東京, 2019.
3) 日本環境感染学会 ワクチンに関するガイドライン改訂委員会.医療関係者のためのワクチンガイドライン第2版.環境感染誌 29,suppl.:S1-S14,2014.
4) 中野貴司.麻疹・風疹の予防接種Q&A 3.INFECTION CONTROL 28 (7):715-718,2019.
5) 国立感染症研究所.B型肝炎に関するファクトシート.平成22年7月7日版.
6) 日本環境感染学会 ワクチンに関するガイドライン改訂委員会.医療関係者のためのワクチンガイドライン追補.環境感染誌 32,suppl.:S1-S6,2017.