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蚊媒介ウイルス感染症の職業感染事例から学ぶ標準予防策の重要性

職業感染対策実践レポート
2017年11月発行
掲載内容は、情報誌「Ignazzo(イグナッソ)」発行時点の情報です。

東京医科歯科大学医学部附属病院 感染制御部 貫井 陽子先生
東京医科歯科大学医学部附属病院 感染制御部
貫井 陽子先生

1. はじめに

 2014年に70年ぶりに発生したデング熱の国内感染事例や、2016年のオリンピック開催時にブラジルをはじめとして南米で大流行したジカウイルス感染事例は我々の記憶に新しい。地球温暖化による蚊の生息域の拡大、また、航空路の発達に伴い今後も蚊媒介性ウイルス感染症をはじめとした新興・再興感染症は全世界的に猛威をふるう可能性がある。医療機関としてそれらの感染症に対応するために必要な職業感染対策及び標準予防策の重要性について本稿で述べる。

2. デングウイルス、ジカウイルス感染症について

図1 デングウイルスを媒介する蚊 (a)ネッタイシマカ (b) ヒトスジシマカ(国内でのベクター)
図1 デングウイルスを媒介する蚊
 デングウイルス、ジカウイルスともにフラビウイルス科フラビウイルス属に分類され、近縁のウイルスとして黄熱、日本脳炎、ウエストナイルウイルスなどがあげられる。
 デング熱は蚊が媒介するウイルス性疾患として最も患者数が多く、全世界で毎年3億9千万人程度の感染者がいると推定される。デングウイルスを媒介する蚊としてはシマカ(ネッタイシマカ、ヒトスジシマカなど;図1)が重要である。ネッタイシマカは主に日中にヒトを吸血し(渡航感染症として重要なマラリアを媒介するハマダラカが夜行性であるのと対照的)、蚊の体内でウイルスを効率よく増殖させることができるが、日本には常在していない。一方、ヒトスジシマカは国内において、北海道を除くすべての地方で生存が確認されている。今後も、ひとたびウイルスが国内に持ち込まれた際には、2014年のように大規模な国内感染拡大が生じる可能性がある。シマカの卵が越冬できる最低気温は10℃といわれており、図2に示したように10℃ライン内ではデング熱発生のリスクがあり、およそ25億人が同エリア内に居住しているといわれている。また地球温暖化により同エリアは毎年拡大している1)
図2 デング熱の発生リスクのある地域
図2 デング熱の発生リスクのある地域
(左)図3 デング熱患者で認められる皮下出血 (右)図4 先天性ジカウイルス感染症で認められる小頭症
(左)図3 デング熱患者で認められる皮下出血
(右)図4 先天性ジカウイルス感染症で認められる小頭症
 ジカウイルス感染症は米国の一部や中南米、カリブ海領域で流行が持続し、アジアや南太平洋地域への感染が拡大している。国内でも輸入症例として発症者が確認されている。ジカウイルスもデングウイルスと同様にシマカにより媒介される。特徴的症状についてはデング熱が皮膚の点状出血などの出血症状を伴いやすいことに対し(図3)、ジカウイルス感染症ではギラン・バレー症候群などの神経症状や、先天性感染により小頭症(図4)を引き起こすなどの違いが認められる。これらの症状・診断などの詳細はガイドラインなどを参照されたい2)
 近年、フラビウイルス蛋白の機能や構造が明らかになるにつれ、多くの特異的阻害薬などの開発が進んでいるが、デングウイルス、ジカウイルス感染症に対する特異的な治療薬は現時点で認可されていない。よって予防という概念が重要になってくる。デングウイルスは複数の血清型を有し、異なる血清型間の交差防御力は低く、単価ワクチンでは感染増強の可能性が懸念されるという理由があり、ワクチン開発は困難を極めた。2015年末から2016年初めにサノフィパスツールによって弱毒黄熱ウイルス株をバックボーンとし、デングの構造蛋白遺伝子と置換して作成された最初のデング熱ワクチンDengvaxia(CYD-TDV)が、デング流行地域の9~45歳を対象とし承認登録され、有効性を示している3)。現在、旅行者用のワクチンを含め、さらなるワクチン開発がすすめられている。

3. 職業感染事例の報告

図5 デング針刺し受傷例経過図
図5 デング針刺し受傷例経過図
 病院内における蚊以外のフラビウイルス感染ルートとしては、これまで輸血、臓器移植関連、また針刺し・粘膜曝露による報告が認められる。デング熱については国内発生例を含めてこれまで計8例の針刺し事例における報告がある。図5に医療従事者の針刺しによるデング熱伝播事例を示した4)。発端となった患者は東南アジアへの3週間の旅行後に、発熱、筋肉痛を認め受診し、デング熱と診断された。入院当日に採血にあたった看護師が針刺し受傷し、その後デング熱を発症した。一般的に蚊による感染の際は10〜20コピーという少ないウイルス量で感染が成立するとされるが、針刺し受傷の際にはそれよりも多いウイルス量が必要とされる5)。患者が有熱期の場合は血中のウイルス量は106-7 pfu/mL程度と非常に高値であることが知られており、特に注意が必要である。

4. 感染防止対策の重要性

図6 安全器材使用教育の例
図6 安全器材使用教育の例
 病院における感染対策としては、環境と医療従事者双方に対するものが考えられる。環境では、病院周囲の水たまりなど、蚊の産卵場所となりうる個所を除去することである。医療従事者に対しては、前述の針刺し対策を含め血液への曝露を防止することが重要となる。特に安全器材を適切に使用することは重要であり、当院でも新規入職職員を対象にハンズオンセミナーを開催して教育に努めている(図6)。
 患者が出血を伴う場合には、医療従事者は不透過性のガウンおよび手袋を着用し、また体液や血液による目の汚染のリスクがある場合には、フェイスシールドなどで眼を保護することが重要である。また、流行地域を訪問する場合には蚊に刺されないような、肌の露出を避けることや忌避剤の使用なども必要であることを幅広く教育しなければならない2)
 ジカウイルス感染症については、上記の感染ルート以外にも性行為を介するものや、汗や涙などの体液を介したヒト→ヒト感染の可能性も報告されており6)、今後の知見の蓄積が重要である。
 各医療機関において、B型肝炎・C型肝炎・HIVなどに対する針刺し防止策への取り組みは十分に進められているところであるが、今後2020年の東京オリンピックも控え、デングウイルス、ジカウイルス感染症をはじめとしたさらなる新興・再興感染症対策への備えも重要になるであろう。
参考文献
1) Medlock JM, Leach SA. Effect of climate change on vector-borne disease risk in UK. Lancet Infect Dis. 2015; 15(6): 721-30
2) 蚊媒介感染症の診療ガイドライン(第4版)国立感染症研究所
3) Handinegoro SR et al. Efficacy and long term safety of a dengue vaccine in regions of endemic disease. N Engl J Med. 2015; 373(13): 1195-206
4) Wagner D et al. Nosocomial acquisition of dengue. Emerg Infect Dis. 2004; 10(10): 1872-73
5) Kraiselburd E et al. Quantity of dengue virus required to infect rhesus monkeys. Trans R Soc Trop Med Hyg. 1985; 79: 248-51.
6) Swaminathan S et al. Fatal zika virus infection with secondary nonsexual transmission. N Engl J Med. 2016; 375(19): 1907-1909