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コラム:毒のはなし

2017年11月発行
掲載内容は、情報誌「Ignazzo(イグナッソ)」発行時点の情報です。

ヤドクガエル
ヤドクガエル
今年に入って毒に関するニュースが続いた。東南アジアの空港では国家的要人がVXガスにより殺害され、中東紛争地ではサリンと思われる化学兵器により子供を含む多くの市民が命を落とした。さらに国内では生後6か月の乳児がボツリヌス症により亡くなるという痛ましいニュースも報道された。毒という物質の恐ろしさは、それを認知した時にはすでに身体を侵されていることである。
そもそも日本語の「毒」は、英語圏では「Poison」「Toxin」「Venom」などと分けて呼ぶことがある。Poisonは毒全体を意味するが液体で「呷る毒」のイメージがあり、Toxinは「毒素」と訳し、Venomは昆虫や爬虫類の「毒腺」に由来する。毒の強さはLD50(半数致死量)で推察できる。右下の表に主な毒の強さを並べてみたが、生物由来の毒が上位にあることが一目瞭然であり、ヒ素・青酸カリ・サリン(VX)などが弱毒に見えてしまうほどである。
さて生物由来の毒であるが、高等生物になるにつれて毒を保有する生き物は減少するようである。およそヒトは毒を産生することはなく、時折毒づいたり言葉に毒を含ませる(毒を吐く)程度であるが、哺乳類の中にはモグラの一部やカモノハシ、鳥類ではニューギニアに生息するモズの仲間がまれに毒を持つ。これが爬虫類や両生類、昆虫などになると明らかに他へ害を及ぼす目的の毒を持つものがある。植物に至っては多種のアルカロイドが毒として作用する。さらに下等な生物を見ると糸状菌(カビ)の類はマイコトキシンと総称される約300種の毒があり、その一部はキノコの毒にも類縁性がある。さらに海洋生物では魚類や貝類など多種の生物が毒を持つ。しかしこれらはプランクトンや藻類を含む食物連鎖の終着点として魚貝類が蓄えていることによる。ちなみにフグ毒であるテトロドトキシンはプランクトンに由来するといわれるが、実はVibrio属やAeromonas属など多種の海洋微生物が産生していることが分かっている。
表 致死性の高い毒
表 致死性の高い毒
人類を最も困らせているのは細菌が産生する毒であろう。これらは明らかに毒素(Toxin)という表現が相応しく、少量でも人体に強烈な毒性を発揮する。地球上で最強の毒素はボツリヌス菌(Clostridium botulinum)が産生するボツリヌストキシンAである。1gで1,000万人以上の命を奪うことも可能である。ボツリヌス菌の兄弟ともいえる破傷風菌(Clostridium tetani)も強毒を産する。赤痢菌から大腸菌に毒素遺伝子が移動したといわれるベロ毒素は青酸カリに比べ1,000倍以上の毒性を持つ。ちなみにジフテリア菌(Corynebacterium diphteriae)はジフテリア毒素を作る遺伝子を持っておらず、菌に感染しているベータファージが持っている遺伝子によって作られる。強毒菌といわれるジフテリア・百日咳・破傷風はDPTワクチンにより予防することができるが、このワクチンは菌に対する抗体を作るのではなく、毒素を不活化したトキソイドワクチンであり、毒素に対する抗体を得る。大腸菌O-157などが産するベロ毒素は強毒であり症例数も多いため、ワクチンの開発が望まれる。 人類は毒を薬に転じる技術を持っており、植物由来のアルカロイドからは多くの医薬品が開発された。ヤドクガエルが持つ毒素の1種のエピバチジンにはモルヒネの200倍の鎮痛効果がある。サソリの持つクロロトキシンは脳腫瘍の一種であるグリオーマと特異的に結合するため「腫瘍ペイント」として利用され、1cm以下の腫瘍の位置が特定できるそうだ。地上最強の毒素であるボツリヌストキシンAも「ボトックス®」という名で美容外科の「しわ取り薬」として利用することを可能にしている。人類は毒を持つ生物ではないが毒を使いこなすことができる。争いごとなどに使わず医療に使って欲しいものである。
(文責:日本BD 吉田 武史)
引用: 「毒と薬」 監修 鈴木 勉 新星出版社 Salvitti L.R et al. Toxins 2015, 7(2), 255-273