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【Medical Tribune 特別企画】インタビューVol.4
薬剤耐性菌問題において微生物検査の迅速化が果たす役割

東北大学大学院内科病態学講座総合感染症学分野/感染制御・検査診断学分野 教授 賀来 満夫 氏
2017.05.09 | Medical Tribuneウェブサイトより転載
賀来 満夫 氏
 2001年に世界保健機関(WHO)は「薬剤耐性菌の増加により抗菌薬はその役割を失いつつある」「先進国における抗菌薬の無意味な処方の増加、発展途上国における低用量の処方のいずれもが薬剤耐性菌の増加に関与する」と警告している。また、薬剤耐性菌は密やかに感染が地域を越え、国を越えて伝播拡大することから、その脅威を「サイレントパンデミック」であると提言している。こうした状況の中、新たな微生物検査機器の開発が進められ、検査の迅速化が図られている。そこで、薬剤耐性菌対策において検査の迅速化が果たす役割について、東北大学大学院内科病態学講座総合感染症学分野/感染制御・検査診断学分野教授の賀来満夫氏にお話を伺った。

薬剤耐性菌対策については「グローバル化」と「地域ボーダーレス化」という視点が重要

—世界的に薬剤耐性菌の脅威が話題となっていますが、わが国で考えられる薬剤耐性菌のリスクとその対策について、先生のお考えをお聞かせください。

賀来 米国や英国において、薬剤耐性菌の制御を国家戦略とすることが相次いで表明されています。米疾病対策センター(CDC)によれば、2001年から2012年にかけて、「悪夢の耐性菌」と呼ばれるカルバペネム耐性腸内細菌科細菌(CRE)が全米中に拡大したことが報告されています。英国においては、インドまたはパキスタンが発生源といわれているニューデリー・メタロβ-ラクタマーゼ(NDM-1)産生菌が、2010年の時点で英国、インド、パキスタン、バングラデシュに拡大していることが報告されています1)
 近年、デングウイルスやジカウイルスによる輸入感染症が話題になっていますが、薬剤耐性菌についても輸入感染症としてグローバルな視点で考えていかなければなりません。わが国では2010年に、インドへの渡航歴を有する男性において、国内初のNDM-1産生菌が確認されたことが報告されました。
 その一方、国内2例目のNDM-1産生菌は海外渡航歴がなく、1例目とはまったく別の施設に入院中の女性から検出されました。つまり、市中感染により感染したと推定されています。ですから、国内においては医療施設だけではなく、高齢者施設や一般社会を含んだ地域全体で考える必要があります。NDM-1産生菌だけでなく、基質特異性拡張型β-ラクタマーゼ(ESBL)産生菌も既に国内に広まっており、薬剤耐性菌の対策については「グローバル化」と「地域ボーダーレス化」という2つの視点を持つ必要があります(図1)。
図1. 感染症のグローバル化と地域ボーターレス化(提供:賀来満夫氏)
図1. 感染症のグローバル化と地域ボーターレス化(提供:賀来満夫氏)

微生物検査の迅速化は薬剤耐性菌の感染制御および抗微生物薬の適正使用に貢献する

—微生物検査の迅速化は、薬剤耐性菌の感染制御に貢献できるでしょうか。

賀来 間違いなく貢献できます。微生物検査は感染症診療・感染制御の要であり、感染症サーベイランスにおいて、微生物検査室から得られた情報と臨床データを組み合わせた「Laboratory-based ward liaison surveillance(LBWLS)」が、院内感染症発症患者の検出に最も有用であることが示されています2)
 薬剤耐性菌の感染制御においては、一般的には管理面でのサポートや教育、抗菌薬の適正使用、サーベイランス、感染制御のための予防策、環境面の対策、除菌などが求められますが、介入の強化が必要な際にはアクティブ・サーベイランスの導入が強く求められます。アクティブ・サーベイランスとしてメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)の迅速診断を行い、その後に隔離措置を行った結果、菌血症を有意に抑制したことが報告されています3)。少しでも早く原因微生物を同定できれば、より早期からの対策が可能となり、薬剤耐性菌の感染制御に貢献できると考えられます。

ー近年、抗菌薬の適正使用(AMS※)が求められていますが、微生物検査の迅速化はAMSにも貢献できるでしょうか。

賀来 抗菌薬の適切な選択が、血流感染や院内肺炎/人工呼吸器関連肺炎といった重症感染症の予後に影響を及ぼすという報告があります4-6)。また、敗血症患者において、発症後1時間以内に適切な抗菌薬が投与された場合の生存率は79.9%で、その後は1時間ごとに7.6%ずつ生存率が低下することが示されており7)、感染症治療においては、適切かつ速やかな抗菌薬投与が求められます。
 ですから、速やかに原因微生物を同定し、薬剤感受性を明らかにすることができれば、AMSに対しても貢献できると考えられます。なお、検査を行う前に抗菌薬を投与すると検査の感度が経時的に低下してしまうため8)、抗菌薬の投与前に適切な検体を採取し、グラム染色や血液培養を行うことが重要です。

※AMS:antimicrobial stewardship

リスク・コミニュケーションを推進し、トータルマネジメントで薬剤耐性菌を制御

ー臨床微生物領域において、企業やメディアが果たすべき役割をご教示ください。

賀来 薬剤耐性菌の問題は一筋縄にはいきません。米国における感染症対策のオピニオンリーダーであるWeinstein氏は、「薬剤耐性菌の問題は感染伝播予防、抗菌薬、地域での拡大、環境要因といった要素を多角的に考えていかなければならない」としています。
 地域という点においては、地域におけるサーベイランスの共有化が鍵となります。具体的には、施設や地域における抗菌薬の使用量や検出・分離される薬剤耐性菌のモニタリング、薬剤感受性パターンの解析やフィードバックなどについて、情報提供や啓発活動を行っていただき、地域における感染制御に関する情報の共有化に積極的に関わっていただきたいと思います。
 同時に、一般の方々への啓発も重要です。薬剤耐性菌を必要以上に恐れたり、保菌者を差別するような事態は避けなくてはなりません。われわれは「キッズかんせんセミナー」を開催して子供たちに正しい知識や手洗いの重要性などを伝えたり、地域の医療施設と共同で啓発ポスターを作成しています。企業やメディアも医療従事者と協力し、薬剤耐性菌や感染症リスクの啓発、感染症対策の情報提供を行い、医療従事者、行政、企業、一般市民、メディアでの「リスク・コミニュケーション」を推進していくことが必要不可欠です。
 なお、リスク・コミニュケーションには「One Health」の概念を盛り込むことが重要です。One Healthとは、人・動物・環境の衛生に関わる方々が連携して対策に取り組むべきという考え方であり、人に対する薬剤耐性菌だけでなく、家畜から人への感染・伝播についても対策を考えていく必要があります。厚生労働省の薬剤耐性(AMR)対策アクションプランにおいても「医療、畜水産等の分野における抗微生物剤の適正な使用を推進する」と明記されており、One Healthの概念が反映されています。
 また、薬剤耐性菌による死亡リスクの増大や入院期間の延長、医療費の増加といった損失や、それらへの対策を行ったことによるアウトカムの算出など、医療経済的な視点から捉えた薬剤耐性菌問題の解析についても取り組んでいただければと思います。
 薬剤耐性菌制御のストラテジーには、多層なフィルターによる総合的かつ多角的な対応が必要であり(図2)、そのためには医療施設だけなく、社会や地域と連携・協力するコンソーシアムの構築が求められます。その上で、薬剤耐性菌の意味を、社会全体でいま一度再認識していくことが求められると思います。
図2. 薬剤耐性菌制御のストラテジー(提供:賀来満夫氏)
図2. 薬剤耐性菌制御のストラテジー(提供:賀来満夫氏)


1) Pitout JD. Lancet Infect Dis 2010; 10: 578-579.
2) Glenister H, et al. Am J Med 1991; 91: 121S-124S.
3) Huang SS, et al. Clin Infect Dis 2006; 43: 971-978.
4) Ibrahim EH, et al. Chest 2000; 118: 146-155.
5) Alvarez-Lerma F. Intensive Care Med 1996; 22: 387-394.
6) Rello J, et al. Am J Respir Crit Care Med 1997; 156: 196-200.
7) Kumar A, et al. Crit Care Med 2006; 34: 1589-1596.
8) Musher DM, et al. Clin Infect Dis 2004; 39: 165-169.