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特集:結核で慌てないために

2017年11月発行
掲載内容は、情報誌「Ignazzo(イグナッソ)」発行時点の情報です。

結核予防会結核研究所 抗酸菌部 御手洗 聡 先生

はじめに

 結核は日常診療においてほぼ忘れられた存在になりつつある。2017年3月時点での全国の平均罹患率は13.7/10万人まで低下しており1)、2023年頃には罹患率10以下の低まん延状態になると予想される。しかしながら、罹患数は減少するものの若年層での外国出生者の占める割合の増加に示されるように、日本も欧米型の「くすぶり状態」を長く続けると思われる。ここでは「地雷」を踏まないための対応、あるいは踏んでしまった後の対応について述べたい。

まずは「疑う」こと

 結核は結核菌による感染症であり、無治療の場合、自然治癒は数年かかって3割程度である。ある程度の季節性はあるが、亜急性から慢性の感染症の特徴として、明確な流行周期がないのでインフルエンザのように「今流行っているから」という理由による推定は難しい。しかも近年は長期の咳症状を示す他の下気道感染症(マイコプラスマ等)も周期性がわからなくなっている。異型肺炎はもともと結核との鑑別が難しく、さらに一次結核様の所見を示す可能性が高い高齢者結核などは、一般細菌感染症と間違えやすい。そこで言えることは「2週間以上の咳/痰」の患者を診たら、確率は低いと思っても結核の検査を実施しておく、という単純なことである。高齢者は典型的な気道感染症状を示さず「何かしら具合が悪い」というだけの場合もあるので、聴診によるスクリーニングは必須である。現状であれば、高齢者の胸部浸潤影を見たら全て結核の検査を行う。「陽性」になることはまずないが、陽性を見逃した場合を考えれば、コストは必ずしも高くはない。

実際の検査方法

 結核の検査をオーダーする際に重要なことは、抗酸菌塗抹検査と培養検査を必ずセットで実施することである。結核菌は1〜2日で培養陽性にはならないので、塗抹陽性を見逃すと感染性のある患者が長期間放置される可能性が生じる。また、検査は必ず2回以上実施する(一般には3回)。1回だけの検査では、20%程度「陽性」を見逃す可能性がある2)。現代であれば、最初から「核酸増幅法」をセットにしてオーダーしてもよい。核酸増幅法は感度でMGITなどの液体培地培養に劣るが、塗抹検査よりも高感度で、なおかつ迅速である。ただし現状では月に1回しか保険適用されないので、複数日の検体を混合して使用してもよい。
 検査の際にさらなる高感度化を考えるなら、排痰指導を行った方がよい。ポイントは、①早朝痰を採ること、②深い咳とともに喀出される膿性痰を集めること、③検体量として3〜5 mL以上採取すること、④採取した検体はすぐに検査すること(保存は冷蔵庫で3日まで)である。排痰指導するだけで、検出感度は2〜3倍高まる3)
 上記は肺結核を想定しているが、全体の2割程度は肺外結核である。肺外結核では他に対する感染性は低いと考えられるが、結核性髄膜炎など診断が遅れると致命的な場合もあるので、感染・発病リスクが高いと思われる患者では注意を要する。
 表1に日本結核病学会が示している発病リスクの高い患者の一覧を示した4)
表1 潜在性結核感染症患者の発病リスク
表1 潜在性結核感染症患者の発病リスク

空気感染対策

 結核菌はヒトからヒトへ感染する。従って、感染対策上最も重要なことは、感染源となる活動性結核患者(肺結核・気管支結核等)を迅速に見つけ出し、物理的に隔離することである(既述)。また、結核菌はエアロゾル感染する菌であるので、空気中の菌濃度を可能な限り低下させることも重要である。そのための方策としては、換気(機械換気)により強制的に部屋の空気を入れ換えることが第一に考えられる。一般に1時間に12回以上の室内換気を実施すると、約30分で空気中の粉塵の99.9%が除去可能と言われている5)

結核患者が発生したらどうするか

 活動性結核が診断された場合、感染症法に基づき、最寄りの保健所に届け出る。さらに患者の症状(咳嗽・喀痰の有無)、前述の検査と胸部レントゲン所見などを参考にして排菌(周囲に対する感染性)の有無を判断する。感染性ありと判断されれば、これも感染症法に基づいて隔離を目的とした入院勧告を行うことになる。その後、患者については適切に治療を実施する。
 患者に対する措置とは別に、接触者健康診断(健診)を実施する。接触者健診の目的は①潜在性結核感染症の発見と進展防止、②新たな結核患者の早期発見、及び当該患者も「接触者」であり得ることを考慮しての③感染源・感染経路の探求である6)。接触者の中でも、表1に示したような感染時の発病リスクが高い対象者は「ハイリスク接触者」に分類される。接触期間・頻度・接触の密度において濃厚な接触があると判断された対象者は「濃厚接触者」となる。残りの対象者を「非濃厚接触者」と「非接触者」に分類し、前二者を中心に健診を実施する。
 接触者健診に利用されるのは、Interferon gamma release assay (IGRA; インターフェロンγ遊離試験)と呼ばれる免疫検査法である。健診対象者の血液を結核菌特異抗原に曝露し、検体中に含まれるT細胞が放出するインターフェロンγの量を定量し、その多寡によって結核感染の有無を診断する方法である。一般に高感度・高特異度であるが、対象者の基礎に免疫不全が考えられる場合、感度が低下するおそれがある。また、過去の感染と最近の感染を区別できないため、発病の可能性が既に低下している既感染者のおよそ1/3〜1/4で陽性化する可能性がある。例えば、現在80歳代の人では過去の結核高まん延による既感染が70%程度あると推定される。加齢による反応性の低下を考慮しても、1〜2割はIGRA陽性になる可能性があるので、注意を要する7)
 既感染による誤診を回避するには、健診対象者のIGRAに対する反応性が既知であることが望ましい(「ベースライン」検査の実施)。院内感染を想定してIGRAを利用する場合は、ベースラインを事前に検査しておき、ベースライン陰性の対象者が「陽性化」していれば最近の感染であることが確実となる。IGRAは感染から陽性化まで2〜3ヵ月かかるので、曝露が最近であれば、接触者となった時点での検査をベースラインとして利用することも可能である。
 接触者健診で結核に感染していると診断(潜在性結核感染症)された場合、先の発病リスク等も考慮し、発病を防止するための治療を推奨する。一般にイソニアジドを使用して6〜9ヵ月の治療を行うが、感染源の患者でイソニアジド耐性が明確な場合はリファンピシンを使用して4ヵ月治療とする場合もある。発病予防効果は6割程度とされている。
 前述のように接触者健診の対象者は「高発病リスクが高い者」「濃厚接触者」が基本であるが、IGRA検査で予想外に高頻度に陽性が認められた場合(一般に集団の15%以上)は、対象を非濃厚接触者まで拡大する6)。
 もしも接触者健診で既に発病している患者が発見された場合は、すべての患者を対象に分離された結核菌について遺伝子型別解析を実施する。現在よく利用される型別法はVNTR (Variable Number of Tandem Repeat)法と呼ばれる方法であり、主に地方衛生研究所で実施可能である。これにより、結核菌の「異同」を判別することが可能であり、それにより真の感染なのか、偶発的患者発見なのかを区別することができる。これは感染経路の解明上重要な情報である8)

耐性結核に遭遇した場合はどうするか

 活動性結核患者から分離された結核菌については、すべて薬剤感受性試験を実施することが医療基準上定められている。これは耐性結核の治療及び感染防止を円滑に実施するために必須である。特に、主要な抗結核薬であるイソニアジドあるいはリファンピシンに耐性が認められた場合は、いわゆる標準治療から外れることになり、治療内容も期間も変更が必要となる。もしも両方の薬剤に耐性であれば「多剤耐性結核感染症」となり、カナマイシンやフルオロキノロンなどの二次的な薬剤も使用することになるが、標準治療ほど効果の確実性が期待できない。
 幸い近年新しい抗結核薬の開発が進んでおり、日本国内ではデルティバ®(大塚製薬・一般名デラマニド)が利用可能となっている。ただし、デルティバ®の使用に当たっては同薬剤への耐性の発生を予防するため、適正使用の評価が事前に行われる仕組みとなっている9)。また、現在ベダキリン(ヤンセンファーマ)に対する臨床治験が実施されており、2018年頃には利用可能になるものと考えられる。

おわりに

 日本の結核は低まん延化に向けて着実に進んでいるが、社会的弱者や外国出生者の増加を考えると、10〜20年後も必ずしも安易に絶滅状態にはならないと考えられる。一方、その頃には結核の専門家はほぼ絶滅しており、現在のような個別対応は難しくなっているであろう。結核対策は(他の感染症でも同様だが)、確としたサーベイランスに基づくシステム対応化されていなければならないと考える。

引用文献

1. 結核予防会結核研究所疫学情報センター. 結核登録者情報調査月報報告 2016年12月
http://www.jata.or.jp/rit/ekigaku/toukei/geppou/
2. 日本結核病学会抗酸菌検査法検討委員会. 抗酸菌検査ガイド2016 南江堂 2016.
3. 廣岡徹久, 樋口武史, 田仲奈加子, 小倉 剛. 抗酸菌検査における採痰指導の有用性. 結核 2004; 79: 33–37.
4. 日本結核病学会予防委員会. 潜在性結核感染症治療指針. 結核 2013; 88: 497–512.
5. Sehulster L, Chinn RY; CDC; HICPAC. Guidelines for environmental infection control in health-care facilities. Recommendations of CDC and the Healthcare Infection Control Practices Advisory Committee (HICPAC). MMWR Recomm Rep. 2003; 52(RR-10): 1-42.
6. 阿彦忠之, 他. 感染症法に基づく結核の接触者健康診断の手引き(改訂第5版).
http://www.jata.or.jp/rit/rj/2014.3sessyokusya1.pdf#search=%27
7. Mori T, Harada N, Higuchi K, Sekiya Y, Uchimura K, Shimao T. Waning of the specific interferon-gamma response after years of tuberculosis infection. Int J Tuberc Lung Dis. 2007; 11: 1021-5.
8. 前田伸司, 御手洗聡. わが国の結核対策の現状と課題5「結核菌の分子疫学研究の現状と課題」. 日本公衆衛生学会雑誌 2009; 56: 48–51.
9. 日本結核病学会治療委員会. デラマニドの使用について. 結核 2014; 89: 679–682.