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院内感染対策の費用効果分析

必見!諸外国の医療経済事情
2004年発行
掲載内容は、情報誌「Ignazzo(イグナッソ)」発行時点の情報です。

このシリーズでは、感染制御に関する医療経済のトピックを米国の文献や事例をもとに紹介していきます。
 少子高齢化が加速するなか、国民経済における医療費、介護費などの負担は重大な課題として取り上げられています。現在、日本の医療制度は、日本版DRG/PPS(診断群別包括支払方式)導入に向かっていますが、包括払いに伴い、資源(人材、時間、施設、機器など)が限られた場合には施策を選択する必要性が生じるため、ヘルスケア領域における理論的分析や実証的な研究が必要となります。世界的に広く読まれている“Drummond, M. F. 1987. Methods for the Economic Evaluation of Healthcare Programmes(Oxford University Press)”では、臨床経済学にもとづいた意思決定の手法として、「2つのうちどちらか1つを選ぶ」と「費用と結果をともに検討する」を挙げています。
 臨床経済分析とは、単に選択肢の費用の多寡だけを比較するのではなく、その施策によって得られる効果を金銭的価値として算出し、施策に必要なコスト効果と比較し、施策の有効性を検討するものです。欧米では、医療技術の進歩により医療費が増大した結果、いかに効率的に医療資源を利用するかが求められており、この際に費用効果分析が用いられています。米国では、院内感染対策などの投資を評価するにあたり、主に上のような計算式を用います。

では、これらの計算式を実際に2つの研究にあてはめてみたいと思います。

手洗いの費用効果分析

Boyce, J. M. 2001. Antiseptic technology: Access, affordability, and acceptance. Emerging Infectious Disease 7(2): 231-233.

 Boyceらは、この文献の中で、いくつかの手指消毒の方法と費用効果について考察しています。その際、院内感染による入院期間の延長を例にあげ、コスト増加との関連について言及しています。


この文献をもとに、血流感染を例にとって、院内感染対策に最も重要な手洗いの費用効果分析を行うと、次のようになります。
 つまり、手洗いのための出費が年間30,000ドルであれば、手洗い投資は費用効果的であると考えられます。

カテーテル専門の看護師採用の費用効果

Slater, F. 2001. Cost-effective infection control success story: A case presentation. Emerging Infectious Disease 7(2); 293-294.
 
 Slaterらは、中心静脈カテーテル使用による血流感染を防ぐためにカテーテル管理を専門とした看護師を採用することの費用効果分析を実施しました。

 この例においても、カテーテル管理を専門とした看護師の採用は、費用効果的であると考えられます。

院内感染による血流感染と入院費用及び死亡率との関連


Diekema, D. J., et al. 2003. Epidemiology and outcome of nosocomial and community-onset bloodstream infection. J. Clin. Microbiol. 41:655-3660

 次は統計手法を用いた費用効果分析です。Diekemaらは、血流感染について、入院期間、中心静脈カテーテル使用の有無など、いくつかの変数にが入院費用にどのように影響するかを検討しました(表1)。

 さらに、多重ロジスティク回帰分析を用いて、血流感染から死亡に至った事例について、院内感染、低血圧、中心静脈カテーテルなどの変数を分析し、以下のオッズ比を得ました(表2)。オッズ比とは、簡単に言えば、ある条件(因子)に当てはまる人が、その条件に当てはまらない人に比べて何倍ある結果(疾患など)を来たす可能性が高いかを示す指標です。つまり、オッズ比が高いほど、その条件と結果との因果関係が強いといえます。

 以上の費用効果分析より、Diekemaらは、院内感染による血流感染は入院費用及び死亡率を高める要因であると結論づけています。
 
 今回は、費用効果分析と統計手法をもとに院内感染対策の意義を検討しました。日本版DRG/PPSの導入に向けて、医療の効率化は避けては通れない課題であり、その中で院内感染対策は医療費削減のための必要投資として考慮されるべき分野と言えるでしょう。